この記事は日経トレンディ12月号(2016年11月4日発売)から転載したものです。内容は基本的に発売日時点のものとなります。

日産自動車は、エンジンで発電してモータで走行する、まったく新しいタイプのエコカー「ノート e-POWER」を発売した。充電を気にすることなくどこまでも走れる「電気自動車(EV)の新しいカタチ」を探る。

ガソリンエンジンで発電し、常に電気モーターで走行する

 日産自動車からまったく新しいタイプのエコカー「ノート e-POWER」が登場した。e-POWERは、電気自動車(EV)の楽しさと、エンジン車の便利さを融合した、新しいパワーユニットの名称だ。モーターとエンジンを融合したパワーユニットとしてはこれまでハイブリッドシステムがあった。e-POWERも広い意味ではハイブリッドシステムの一種と捉えられるが、従来のハイブリッド車では得られなかった走る楽しさと環境性能を、高い次元で両立しているのが特徴だ。

「ノート e-POWER MEDALIST」。写真は特別塗装色のプレミアムコロナオレンジで、e-POWER MEDALISTとe-POWER Xに用意される
「ノート e-POWER MEDALIST」。写真は特別塗装色のプレミアムコロナオレンジで、e-POWER MEDALISTとe-POWER Xに用意される
e-POWERのカットモデル。これだけのユニットをコンパクトカーに収めるために様々な工夫をした。バッテリーは前席下部に配置
e-POWERのカットモデル。これだけのユニットをコンパクトカーに収めるために様々な工夫をした。バッテリーは前席下部に配置

 それではe-POWERは何が違うのか。従来のハイブリッドシステムは、エンジンとモーターを協調させ、エンジンの効率の低い領域では、モーターを積極的に活用することで燃費を向上させていた。これに対し、e-POWERの最大の特徴は、電動化をさらに進めて、駆動力はモーターだけで生み出し、エンジンを発電にしか使わない点にある。このため、走る楽しさはまさにEVそのものだ。それでいて、充電が必要、充電に時間を要するというEVのお決まりはなく、便利さはエンジン車そのものだ。

パワートレイン形式の比較
パワートレイン形式の比較
e-POWERは、エンジンを発電だけに用い、常にモーターがドライブシャフトを駆動する仕組みがわかる

e-POWERが目指した4つの目標とは?

 e-POWERの走りの魅力の一つは、エンジン車では実現できない圧倒的な静粛性だ。滑らかな回転を実現できるモーターは、市街地を巡航しているときで、1クラス上の中型車種、発進加速時は2クラス上の高級車種に匹敵する静粛性を実現できる。もう一つ、e-POWERの大きな魅力は、低速から高いトルクを生み出す、モーターならではの力強い走りだ。

 エンジン回転数を上げないと高いトルクが得られないエンジンと異なり、モーターには回転数ゼロで最大のトルクを生み出すことができるという特徴がある。このため、発進からの加速力は2リッターターボ車に匹敵するという。ノート e-POWERは大型高級車並みの加速性能と静粛性を備えたコンパクトカーだといえるだろう。

■EV並みの静粛性の実現
 空気と燃料の混合気が燃焼するエンジンではなく、モーターを駆動に使っているので、発進時の騒音レベルは2クラス上のアッパークラスの車種、市街地巡航時の騒音も1クラス上のミドルクラスの車種並みに抑えている。エンジンは、ロードノイズにエンジン騒音が目立たなくなる速度に達したタイミングで始動する。
発進時もクラスを超えた静かさ
発進時もクラスを超えた静かさ
ノート e-POWERと、上級車種の騒音を比べたデータ。ノート e-POWERは上級車種に匹敵する静粛性を実現した

■力強く上質な加速性能を実現
 パワフルでスムーズな加速を実現できた大きな理由は、100%モーター駆動であることだ。エンジンの場合は、スロットルバルブを開けて吸入空気を増やすとともに燃料噴射量を増やすことで、燃焼圧力が上がって加速するが、どうしてもメカの遅れ、空気の動きの遅れなどにより、すぐには加速できない。

 一方、モーターの場合は、アクセル操作に対応して電流を増やすことで瞬時にトルクが発生する。つまりアクセル操作に対する加速レスポンスが格段に早くなるのだ。

 またリーフで培ったモーター制御技術も、スムーズな加速に貢献している。モーターは低回転から最大トルクを発生するため、そのままタイヤを回転させるドライブシャフトに伝達すると、シャフトがねじれて振動を起こしてしまう。これを防ぐために緻密な電流制御をおこなうことでトルクを制御し、力強く上質な加速を実現している。
発進加速、中間加速ともにスポーツカーをしのぐ
発進加速、中間加速ともにスポーツカーをしのぐ
アクセル操作に対する反応がよく、スムーズに加速していく。繊細なスピードコントロールは市街地走行では特に便利だ


 加えてノート e-POWERは、これまでのクルマになかった新しい運転感覚を備えている。それが、アクセルだけで車両の動きを自在にコントロールできる「ワンペダル運転」である。EVではアクセルから足を離すと、モーターを発電機として活用して、車両の運動エネルギーを電気エネルギーとして回収する。このとき車両には最大でエンジンブレーキよりも3倍以上強力な制動力を発生させることができる。この特性を利用すれば、アクセルの踏み具合を調節するだけで、加速だけでなく、減速もできる。つまりアクセルペダルをブレーキペダルとしても活用できるわけだ。このため本来のブレーキペダルを踏む頻度が大幅に減少するという。一旦この感覚に慣れると、アクセルだけで自在に速度を調整できる便利さを手放せなくなるだろう。

 もちろん、燃費性能も優れている。エンジンを発電専用に使うe-POWERでは、基本的にエンジンの効率が最も高い2500rpm前後で運転する。このため、日常的によく使う時速70km程度までの領域では、競合する他社のハイブリッド車よりも燃費性能で上回るという。

■EVならではのワクワクする新運転感覚
 ノート e-POWERでは「ノーマル」「ECO」「S」の三つのドライブモードを用意した。「ECO」「S」モードでは、アクセルペダルから足を離すと、従来のガソリン車のエンジンブレーキよりも強い減速力が働き、これを活用するとアクセルだけでクルマの速度を自在にコントロールできる。アクセルを踏み込んだ場合、「ECO」モードでは燃費を重視した穏やかな加速に、「S」モードではより力強い加速が得られる。
モードに応じて、加速・減速特性が変えられる
モードに応じて、加速・減速特性が変えられる
ノート e-POWERは力強い加速の「ノーマル」、さらに力強い加速の「S」、燃費を重視した緩やかな加速の「ECO」の三つのドライブモードを備える

■トップレベルの省燃費
 e-POWERは、エンジンを発電専用に使い、駆動力はすべてモーターで得るのが特徴だ。通常のエンジン車では、加速時や低速走行時など、エンジンの効率の悪い領域で燃費が悪化するが、e-POWERでは、主に2500rpm程度の効率の高い領域を主に利用することができるので燃費が向上する。

 競合する他社のハイブリッド車と比べても、競合車はエンジンとモーターを協調させて走行する方式なので、モーターだけで走行するノート e-POWERは、特に市街地走行において、競合車を上回る燃費性能を発揮するという。

e-POWERの開発、新ノート搭載に至る経緯は?

 このように様々な優位点を備えたe-POWERだが、どうしてこれまで実用化されなかったのか。実は中型車以上ではe-POWERに似たシステムを実用化した例はある。しかし、駆動力をすべてモーターで得るe-POWERは大型のモーターやバッテリーが必要になるため、コストや搭載性の面で、ノートのような小型車に積むのは難しかった。こうした困難を承知のうえで、日産の技術者たちはなぜe-POWERの開発に挑戦したのか。

当初は定時後に開発、EVならではの運転感覚

 「当社は2010年に世界初の量産EVであるリーフを商品化したわけですが、その前から航続距離の課題は認識していました。もちろん現在もバッテリーの改良は進めていますが、航続距離の懸念に対する別の解の一つとしてレンジエクステンダー(発電専用補助エンジン付きEV)の開発も並行して進めていたのです。オフィシャルには当社の本流技術はEVなので、当初は限られたメンバーで、定時の後に検討をスタートしたのが開発のきっかけです」と語るのは新型ノートの開発責任者である小宮哲氏である。

 ノート e-POWERの走りの魅力の一つであるアクセルだけで自在にコントロールできる特性は、当初からe-POWERの特徴と位置づけられていたようだ。「今までEVは、静かだねとか、レスポンスがいいよね、と言われてきたのですが、もう一歩踏み込んで、何か新しい運転感覚を実現できないかということで、リーフの部分改良モデルで『Bレンジ』というモードを作りました。これはモーターでのエネルギー回生を強めて、アクセルを緩めたときの減速度を高くしたモードで、これで運転するとアクセルだけで加減速ができるので、かなり運転が楽だなと感じました。そこで、こういう特性を拡大して、アクセルペダルだけでクルマを停止できるようにしたら面白いのではないかという発想で開発したのがe-POWERのドライブモードです」(ノート e-POWERのシステム開発を担当した羽二生倫之氏)。

日産自動車 Nissan 第一製品開発本部 Nissan 第一製品開発部 第一プロジェクト統括グループ チーフビークルエンジニア(V-platform) 小宮 哲氏
日産自動車 Nissan 第一製品開発本部 Nissan 第一製品開発部 第一プロジェクト統括グループ チーフビークルエンジニア(V-platform) 小宮 哲氏
高級車種ではなく、最量販車種の一つに搭載することで、一気にe-POWERの良さを広げていきたい。モータードライブのよさを幅広いお客さまに伝えたいという思いを皆が持っていました
日産自動車 EV・HEV技術開発本部 EV・HEVシステム開発部 EV・HEVシステム開発グループ 次長 羽二生倫之氏
日産自動車 EV・HEV技術開発本部 EV・HEVシステム開発部 EV・HEVシステム開発グループ 次長 羽二生倫之氏
ノート e-POWERのアクセルだけで自在な加減速の制御ができるという特徴は、我々が蓄えてきた、どんな入力をしてもブルブルガタガタしないというきめ細かなモーターの制御の技術がベースになっています

 ドライブモードは、加速度の強さや減速度の強さの組み合わせによって設定した3つの走行モードで、好みや走行シーンによって選ぶことができる。開発で苦労したのは、先程も触れたようにノートの車体サイズに収まるシステムの小型化である。特にバッテリーは他社の同クラスのハイブリッド車に比べて1.5~2倍近く積んでいる。

 このバッテリーを、居住空間や荷室に影響を与えないように、前席の下に配置しているのだが「コンパクトカークラスにしてはバッテリーが大きく、シート下に収めるのには苦労しました」とノート e-POWERのバッテリーを担当した松葉暢男氏は振り返る。

日産自動車 EV・HEV技術開発本部 EV・HEVバッテリー開発部 バッテリーシステム開発グループ 課長 松葉暢男氏
日産自動車 EV・HEV技術開発本部 EV・HEVバッテリー開発部 バッテリーシステム開発グループ 課長 松葉暢男氏
リチウムイオンバッテリーを担当しました。バッテリーはこれまでトランクに置かれることが多く、荷室を狭くしていたのですが、ノートe-POWERでは前席の下にコンパクトに収めるのに苦労しました
日産自動車 Nissan 第一製品開発本部 Nissan 第一製品開発部 第一プロジェクト統括グループ 課長 高橋誉志隆氏
日産自動車 Nissan 第一製品開発本部 Nissan 第一製品開発部 第一プロジェクト統括グループ 課長 高橋誉志隆氏
フロントシートの下にバッテリーを搭載しているのですが、そのままでは運転者の着座位置が高くなってしまう。座り心地に影響しないようにしながら着座位置を変えないようにするのに苦労しました
日産自動車 パワートレイン技術開発本部 パワートレインプロジェクト部 電動パワートレインプロジェクトグループ 課長 木村 誠氏
日産自動車 パワートレイン技術開発本部 パワートレインプロジェクト部 電動パワートレインプロジェクトグループ 課長 木村 誠氏
社内の人に試作車に乗ってもらうと、最初は「アクセルペダルだけでクルマをコントロールするなんてイヤだよ」と言っているのに、降りたときには「いいね、これ」となっている。それが印象的でした
愛知機械工業 開発調達本部 製品開発部 課長 内山茂樹氏
愛知機械工業 開発調達本部 製品開発部 課長 内山茂樹氏
ベースは通常のノートと同じ3気筒のエンジンですが、燃費が向上する技術を盛り込むと同時に、お求めになりやすい価格を実現するため、ファンベルトなどのいらないものを外すように工夫しています

 発売にあたり、小宮氏は改めて気持ちを引き締める。「まずはノートを成功させてe-POWERの良さをユーザーに理解してもらいたい。それで良い評価を得られれば、採用を拡大していくことができます。その意味で、先陣を切った我々の責任は重大です」。

e-POWERは電気自動車の普及を後押しするか?

■発電機に特化したエンジンがEVのよさを伝える

 「e-POWERの開発にあたってはEV(モーター駆動)のよさを幅広い方々にお届けしたい、というキーメッセージをメンバーで共有していました」(小宮氏)。ガソリンエンジンよりも繊細なスピードコントロールが可能なのは「デジタルならではの高い分解能のおかげ。アクセルペダルがより重要になり、足を載せてもスネが痛くならないペダルの角度(中立点)を探すところから開発をスタートしました」(羽二生氏)。
低燃費運転のポイント
低燃費運転のポイント

■クルマが電動化・知能化に向かうわけ

 日産自動車は現在、クルマの「電動化」と「知能化」を二つの大きな研究開発テーマとして取り組んでいる。電動化技術の代表的なものがEVであり、知能化技術の代表的なものが自動運転だ。

 なぜこの二つの技術が大きなテーマとなっているのか。それはこの二つが、自動車が抱えている大きな課題の解決につながる技術だからだ。日産は、自動車の抱える大きな課題として「エネルギーの枯渇」「地球温暖化」「渋滞」「交通事故」の四つがあると認識している。このうち自動運転技術は「渋滞」「交通事故」の解決につながる技術と位置づけて開発している。

 一方の電動化技術は「エネルギーの枯渇」「地球温暖化」の二つの課題解決につながる技術と位置づけられる。電動化により、クルマで化石燃料を消費しなくなれば、化石燃料の枯渇問題の解決につながり、またCO2を排出しなくなるので地球温暖化の進行を食い止めることにも貢献する。
クルマの電動化・知能化によるメリット
クルマの電動化・知能化によるメリット
e-POWERは電動化技術において、EV、モータードライブのよさを伝播させる技術と位置づけられる。知能化技術では、新型「セレナ」から「プロパイロット」と呼ぶ自動運転技術を搭載し始めた

(文/日経トレンディ)

1
この記事をいいね!する