軽井沢で、京都で、竹富島で、「一度は泊まってみたい」と思わせる個性豊かなホテル・旅館を次々にプロデュースする星野リゾート。その最新ホテルは、東京のど真ん中、大手町フィナンシャルシティの一角にある「星のや東京」だ。
東京都内に開業する新しいホテルは、ほとんどが大規模な複合施設の一部にあるが、星のや東京は、独立した1棟の建物を占有する。掲げるコンセプトは、「塔の日本旅館」。小さな日本旅館が塔のように重なるという意味だそうだが、はたして「日本旅館」といえるのだろうか。寝床はベッドだし、食事は別。宿泊費は1室7万8000円からで、土日となると10万円近く。日本が好きな海外ビジネスセレブ向けの“なんちゃって日本旅館”ではないだろうか。雰囲気を確かめるべく取材に行ってきた。
「ここが旅館?」と戸惑うほど、玄関が小さい。青森ヒバの一枚板でできた扉がおごそかに開くと、上がり框(かまち)と畳敷きの廊下が目に入り、ほのかに樹木とイグサの香りが漂う。出迎えてくれる「お玄関さん」に靴を預けると左側の靴箱に入れてくれて、このあとは靴もスリッパも履かずに過ごすのが何とも新鮮だ。奥には季節の野花がそっと生けられていて、華美すぎない出迎えが印象に残る。
畳のエレベーターに乗って2階のロビーへ。現代アートのような赤いオブジェのフロントと大きな越前和紙の飾りが独特の雰囲気を作っている。2階の奥には畳敷きの舞台があり、週末に雅楽の演奏が行われることもあるそうだ。
「一番先に予約が埋まることが多い」(星野リゾート)という、定員3人の居室「菊」。ダイニングテーブル、仕事ができるデスク、ウオークインクローゼット、横にもなれる大きなソファがあり、長期滞在にも向く。といっても、ぜいたくでなんだか落ち着かない。定員2人の居室「桜」を覗いてみると……。
こちらは絶妙な“おこもり感”! 「布団の寝心地を得られる、星のや東京だけのマットレスを作りました」と、星のや東京広報の岩岡大輔氏は自信を見せる。実際に寝てみると、弾力のあるマットレスとはたしかに違い、グッと沈み込んで体を支えてくれる感覚がある。また、座布団ではなく正座と同じ目線で話せる畳ソファを設置。家具職人の集団「ヒノキ工芸」が星のやのために作った、青森ヒバを利用した曲線美のあるソファだ。全体的に家具が低い位置にあるので、天井は高く感じられる。
居室の浴室は一段と現代的な印象だ。通常はガラス張りだが、ボタン1つで白い曇りガラスになる瞬間調光ガラスを採用。深めの黒いバスタブに体を沈め、滝のように幅広く注がれる湯を眺める……。非日常とはこのことか! 星のや東京だけの特注の今治タオルは、軽くて扱いやすく、すみずみまで機能を追求している様子が分かる。
典型的な日本旅館の和室と全く違うのは、床の間がないこと。掛け軸と花を拝見し、亭主のもてなしの心に礼を述べる、という日本旅館での作法を気にする必要がなく、畳のくつろぎが機能的なホテルに加わったという印象だ。
真骨頂は部屋の“外”にある!?
「星のや東京」の真骨頂は、部屋のなかにはない。同じ階にある「お茶の間ラウンジ」に行くと「お茶の間さん」がほうじ茶を焙じて香りを立て、和菓子と一緒にサーブしてくれる。国産の紅茶とウーロン茶、コーヒーも用意し、さらに夜は、厳選した日本酒や焼酎のサービスも。朝は、おにぎりとお味噌汁。豪勢な朝食は食べられないという人にはちょうどいいだろう。
このお茶の間ラウンジは各階に1つあり、仕事ができるデスクや横になれる大きなソファも用意されている。さらに東京・神楽坂の書店「かもめブックス」が選定したブックコーナーがあり、普段は手に取らない本に出合える。6室に1つあるセミプライベートの喫茶室が使えるとなると、1人3万4000円からという宿泊料もリーズナブルに思えてくる。
日本旅館という背筋が伸びる響きからは正統派の抹茶と茶菓子が欲しくなる向きはあるが、星のや東京はほうじ茶やコーヒーを傍らに、寝転んで本を読めるリラックス感を重視したようだ。
日本旅館というより、ぜいたくな“オレんち”!?
最上階には、2014年に湧出した大手町温泉が引かれた大浴場。やや褐色を帯びた湯は、塩分が強くてかなり温まる。内湯のなかを歩いてトンネルを抜けると、視界が開けて縦に長い露天風呂が出現。目まぐるしく人が行き来する世界有数のオフィス街のなかで、温泉につかり、小さく切り取られた東京の空を眺めるというのもまた、新しい非日常の形である。
東京に初開業した星野リゾートの「日本旅館」というイメージとはやや違う印象を受けた。木といぐさの香りのなか、畳の上を靴下とジャージ素材の着物で歩き回り、好きな場所で横になったり本を読んだりする。時折りおいしいお茶をサーブしてもらい、おなかが空いたら近郊に着物のまま出かける……そんな、すこぶるぜいたくな“オレんち”が手に入る稀有なホテルなのだ。
(文/三谷弘美=日経トレンディ、写真/稲垣純也)