ブラジルでは人気番組にも出演し、Facebookのフォロワーは約20万人。街を歩けば声を掛けられ、一緒に写真を撮らせて欲しいというリクエストを受けることも日常茶飯事。ブラジルで今、“最も有名な日本人”と言われているのが、シンガーソングライターの今村つばさだ。しかし、その生活の拠点はあくまでも地元・石川県。ブラジル不在中も、FacebookやYouTubeを通して現地に発信を続けるのも現代的である。彼女はいかにして、ブラジルでの活動を広げていったのか。異国を舞台にユニークな創作活動を続ける彼女の思いを聞いた。

音楽活動はブラジル、生活拠点は石川に置く理由

――そもそも、ブラジルで音楽活動を始められたきっかけを教えてください。

つばさ: 2009年にアルバムをリリースした際、プロモーションの一環でサンパウロのフェスティバルに出演しました。その時に現地の方にとても気に入っていただき「来年も来て!」が毎年連なって今に至っています。その後、2013年にブラジルでCDを出しました。ブラジルの「七夕フェスティバル」や「ジャパンフェスティバル」には、ほぼ毎年出ていますね。

――Facebookのフォロワーは約20万人、YouTubeの登録者は11.5万人。コメントもポルトガル語が多いのですが、ぶしつけながらどの程度有名でいらっしゃるのでしょうか?

つばさ: 昨年も、日本でいうと「ミュージックステーション」くらいの番組に2~3回出させてもらいました。よく“ブラジルで一番有名な日本人”と呼んでいただくのですが、街で声をかけられることも多いです。一度、ブラジルの空港の出国審査の方に「一緒に写真を撮らせてくれ!」と言われて写真を撮ったのですが、日本に着いてからブラジルの出国のハンコがないことを指摘され…写真に夢中でハンコを押し忘れていたようです。ありえないですよね(笑)。

――それはすごい(笑)。そこまでの知名度を得るきっかけは何だったんですか?

つばさ: 今から5~6年前にポルトガル語の歌のカバーを始め、MVも出しました。その時、その曲のオリジナルを歌っている大物歌手の方が、私のカバーを気に入って紹介してくださったのが大きいかもしれません。テレビでも取り上げていただく機会があったので。

ブラジルのテレビ番組「the noite」出演の模様
ブラジルのテレビ番組「the noite」出演の模様

――完全にブラジルに拠点を移されたわけではなく、今も石川県に住んでいらっしゃるのもユニークです。

つばさ: 私、石川県が好きなので(笑)。基本的にブラジルへ行くのはツアーの時だけで、だいたい7~10月、長い時で半年くらい。それ以外は石川で曲作りをしたり、ブラジルに向けての音楽コンテンツや、日本のマナーや文化を紹介する番組を作って、YouTubeで発信しています。私のファンの方で一番多いのが20代半ばから30代の女性。ブラジルの若い人って、自分の住んでいる街しか知らない人も少なくありません。外の文化に触れる機会がないので、日本の文化を紹介すると、反響がとても大きいんですよ。皆さんが知らない日本を伝えられることがうれしいです。

非日系のファンが求める“日本人女性らしさ”

――ブラジルの若い女性たちの心をつかんだのはどんな部分だとお考えですか?日系の方が多いのでしょうか?

つばさ: 実は、非日系の方が多いんです。黒髪のロングヘアもそうですが、“日本人らしく”ということは意識しています。ブラジルの女性って、強くて主導権を握るようなイメージですが、私はその真逆なイメージなのかなと思います。そこが私自身のシンボルと言いますか。ファンの方には、私をきっかけに日本を好きになってくれた方も多いようです。

――今は、FacebookやYouTubeでもポルトガル語を使われていますよね。

つばさ: 毎年行くうちにブラジル人の知り合いも増えたのですが、だんだん「え? ポルトガル語話せないの?」的な圧力を感じ始めて、それもまずいなと(苦笑)。あと、石川にいる間もネットを使ってファンの方との距離を縮めたいとなると、ポルトガル語は必須でした。今はライブのMCも最初から最後までポルトガル語です。

――実際に関わって知った、ブラジルの魅力はどんなところですか?

つばさ: 想像以上に、みんなが音楽に親しんでいました。バーでは真夜中に音楽をかけて騒いでいるのが当たり前。隣の部屋からもラジオの爆音が聴こえてきたりして、この環境は素敵だなと思いました。あと、必要以上のモノがなく質素です。家もお店も、人々の対応も。悪く言えばあまり愛想がよくないのですが(笑)、私は好きです。ただ治安は悪いので、「絶対に一人で出かけないで」と言われています。私の知人は車もお金も身分証明書もすべて盗られました。過去に3回も強盗被害に遭った子もいます。身近で起きているので怖いですね。

――ブラジルでの活動の様子を教えてください。

つばさ: サンパウロを拠点にし、ライブがあると飛行機で他の都市に飛んでいます。ツアーではフェスも含めて十数カ所を巡ります。一番大きい会場がリオ・デ・ジャネイロで、200~300人のライブハウスで2日間。ライブの後にサイン会を開くのですが、20万人くらい集まる「ジャパンフェスティバル」だと、2時間くらいずっとサインをして一緒に写真を撮っていますね。田舎からバスを乗り継いで来てくれる小さい男の子もいるんですよ。

ブラジルが抱える問題に外国人が関わる意味

ジャパンフェスティバルでのサイン会では長蛇の列
ジャパンフェスティバルでのサイン会では長蛇の列

――つばささんが使っている石川県のスタジオにブラジルのミュージシャンが来ている写真を見ました。

つばさ: ブラジルではレベルの高いスタジオだと、日本の3倍くらいの使用料がかかるんです。飛行機代を出しても日本に来た方が安く上がるし、さらに日本でレコーディングしたという箔も付くので宣伝効果もあるそうです。現地のミュージシャンなどとのつながりが広がり、だんだんパイプが強くなってきたなと感じます。ブラジルは貧富の差が大きいこともあり、趣味の延長や片手間に音楽をしている人は多くありません。逆に音楽をされている方は、プロとして高い実力をお持ちなので、日々刺激を受けています。

――現在、制作中のアルバムはどんな内容になりそうですか?

つばさ: ブラジルの曲のカバーとオリジナル、さらに日本の歌をポルトガル語でカバーした曲も入る予定です。オリジナルの1曲は、ブラジルの女性を取り巻く問題をテーマにしたもの。カバー曲も社会問題を歌ったシリアスな内容が多く、メッセージ性の強い作品にすることを考えています。日本で活動していた頃は、自分がそういう歌を歌うとは考えてもみませんでしたが、ブラジルという国と関わって意識が変わったし、ブラジル人ではない日本人が歌うことで、意味のある発信になると思っています。

――将来的な夢や目標は?

つばさ: 実は大きな目標があるんです。ブラジルには、すごい才能がありながら、貧困のために勉強できない環境にいる子どもたちがたくさんいます。彼らがITや音楽などを学べるセンターを作りたいんです。現地でのパイプを生かして実現させたいです。

――知名度と培った人脈があるから、できることがありますよね。

つばさ: 現地でもうひとブレークしたら、もっといろんな扉が開くと思います。今、ブラジル政府によるプロジェクト支援にエントリーしています。大物のミュージシャンの方々とブラジル3都市でコンサートをし、私のドキュメンタリー映像を作るという企画で提出しています。ブラジルに進出している日本企業の方にもご協力いただけるとうれしいですね。日本とブラジルをつなぐかけ橋になれればと思います。

――改めて今後のご予定を教えてください。

つばさ: 来春のアルバム発売を機に、またブラジルでツアーを行いますが、今回は日本での展開も予定しています。日本でもライブハウスなどに出ますので、ぜひお越しください。

シンガーソングライター
今村つばさ
石川県金沢市生まれ。金沢市在住のシンガーソングライター。1999年、SONYディスク&テープ大賞にてベスト作詞作曲賞受賞。2009年「雨のよるに」でデビュー。同年、日本全国ツアーも行いながら、韓国やブラジルなどのフェスティバルにもゲスト出演を果たす。以降、ブラジルにはほぼ毎年渡り、「七夕まつり」や「ジャパンフェスティバル」に出演する。国内では、10年、金沢市文化ホールでワンマンコンサートを開催し、その模様を映像化したDVDリリース。12年に石川県観光特使就任。13年から活動をブラジルにシフトした。MPB(ブラジルポピュラーミュージック)の大胆なアレンジや、一部日本語にしてYouTubeに公開したことで話題となり、ブラジル大物アーティストからの支持も高い。以降、全国ツアーや国民的番組への出演を通して知名度を上げ、「ブラジルで最も有名な日本人」と呼ばれる。2017年、ブラジルのPressAwardにてMPBの部で大賞を受賞。公式YouTubeチャンネル「Tsubasa Imamura Brasil」は総視聴回数731万回以上(2017年9月)。
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(文/横田直子、写真/志田彩香)

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