これまで郊外を中心に出店してきたニトリ(札幌市)が、都心エリアの開拓に攻勢をかけている。2017年3月に東京・池袋の東武百貨店池袋本店と、東京・目黒のアトレ目黒店に相次いで出店。6月30日には東京・渋谷で「渋谷公園通り店」が営業を始めた。

 これらの都心店ではスマートフォンを使って、手ぶらで買い物を楽しめる新しいサービスの導入を進めている。このサービスの開始によって、渋谷公園通り店では、1度の会計で20商品以上を買い上げるような顧客が現れている。「当社は3~4月が繁忙期だが、その時期でもそれほど多くの商品を1度に買うような顧客はこれまでいなかった」と執行役員営業企画室の小林秀利室長は語る。なぜ、手ぶらで買い物をできるサービスが、買上げ点数の増加という効果をもたらしているのか。

 渋谷駅から渋谷消防署方面へ歩くこと約10分。ニトリ渋谷公園通り店は「ファイアー通り」と呼ばれる大通りに面して店を構える。9階層に渡り全フロアがニトリと、その規模は都心で最大級。とはいえ、1フロア当たりの面積は200坪程度と、1000坪を超えることも多い郊外の店舗と比較すれば狭い。また、大型の駐車場を併設しているわけではないため、自動車では来店しにくい。そのため、持ち帰られる商品数には限りがあるはず。そう考えるのが普通だろう。

 この常識を打ち破ったのがスマホ向けアプリだ。ニトリは渋谷公園通り店の開店に併せて、スマホ1つで手ぶらで買い物ができるサービス「手ぶら de ショッピング」を本格的に始めた。これは、スマホアプリ「ニトリ公式スマートフォンアプリ」に追加された新機能で、文字通り店舗で買い物かごを持たずに手ぶらで買い物を楽しめる機能だ。「渋谷公園通り店はエスカレーターの幅もそれほどないため、買い物かごを持って、9階層に渡るフロアを上下するのは難儀する。スマホ1つあれば、何も持たずに買い物できるため、顧客にとっても大きなメリットになる」(小林氏)と考えて開発した。

ニトリは店舗でもスマホで買い物できる「手ぶら de ショッピング」を開発。対応店舗を順次拡大している
ニトリは店舗でもスマホで買い物できる「手ぶら de ショッピング」を開発。対応店舗を順次拡大している

全商品にバーコードを掲示

 新サービスに対応するために、渋谷公園通り店では陳列されている多くの商品に、値札と併せて個別のバーコードが掲示されている。バーコードを手ぶら de ショッピング機能を使って読み込むことで、アプリ上の買い物リストに追加される。こうして、欲しい商品のバーコードを次々と読み込んでいく。このアプリの買い物リストが、そのまま店舗での買い物かごにもなる。リストに追加された商品一覧にはすべて個別のバーコードが表示されている。この画面を店舗のレジで提示して、画面上のバーコードをレジで読み取るだけで会計できるのだ。

サイズの大きい家具などは配送ニーズが高い
サイズの大きい家具などは配送ニーズが高い
渋谷公園通り店では商品の値札にバーコードが印刷されている
渋谷公園通り店では商品の値札にバーコードが印刷されている
「手ぶら de ショッピング」の買い物リストに商品を追加したい場合、値札のバーコードをアプリで読み取る
「手ぶら de ショッピング」の買い物リストに商品を追加したい場合、値札のバーコードをアプリで読み取る

 店舗では購入する商品を決めきれず、家でじっくり検討してから購入したいーー。そんなニーズにも対応している。店舗で作成した買い物リストは、そのままネットショッピングにも利用できる。リストの中から不必要な商品を削除して、必要な商品だけを残した状態で「ネットショップで購入」ボタンをタップすると、リストの商品がすべてカートに入った状態でニトリのECサイトが開くので、そのまま注文を完了できる。ネットショップ上で商品を探したり、1個ずつカートに入れたりといった手間が省ける。

バーコードを読み取った商品はアプリ上でリストとして管理できる
バーコードを読み取った商品はアプリ上でリストとして管理できる
「ネットショップで購入」ボタンをタップすると、すべての商品がカートに入った状態でECサイトが表示される
「ネットショップで購入」ボタンをタップすると、すべての商品がカートに入った状態でECサイトが表示される

 このように店舗で見て、ネットで購入するといった消費行動は、店舗がまるでショールームのように利用されることから「ショールーミング」と呼ばれる。このショールーミングが広がることを危惧する流通企業は少なくない。だが、そういった意見に対して小林氏は異を唱える。「世の中の流れ的に、消費者がそういった買い方をすることは止められない。企業は逆にそういった消費行動をしやすい環境を提供していくべきだろう」。

アプリで店舗の従業員の負担も低減

 むしろ、ニトリは都心の店舗においてはショールーミング推奨派だ。従来、展開してきた郊外型の店舗は自動車での来店客が過半を占める。そのため、店舗で購入した後に自分で持ち帰る客が多い。一方、都心の店舗はその逆。多くの来店者が電車などの公共交通機関で訪れる。そのため、自宅への配送を希望する顧客が想像以上に多かった。都心の店舗は郊外店と比較して規模が小さいため、すぐにレジのカウンターに商品が山積みになってしまう。ニトリでは配送を希望する顧客に対しては、ネット通販の倉庫から商品を配送しているため、この山積みになった商品を陳列棚に戻す作業が発生する。「複数階層に渡る店舗の場合、この作業が非常に手間になっていた」(小林氏)。

 手ぶら de ショッピングの利用が広がり、アプリが買い物かごとして定着すれば、レジのカウンターに商品が山積みになるようなことが避けられる。そうすれば従業員の負担の低減につながり、効率的な店舗オペレーションが可能になる。だからショールーミングが広がることは、店舗運営に有益に働くと見る。現時点でこの手ぶら de ショッピングに対応している店舗は渋谷公園通り店、アトレ目黒店など都心の4店舗にとどまっているが随時、「中目黒店など、都心の店舗を中心に拡大をしていく」(小林氏)方針だ。

 対応店舗を増やす一方で、アプリ機能の改善にも取り組んでいく。例えば、同じ商品を複数購入したい場合には、バーコードを2回読み込む必要がある。また、配送にした場合、どれぐらいの日数で届くのかもアプリ上では分からないといった、不便な点がアプリの提供後に浮かび上がってきた。これらの課題を解決することで、アプリの利便性を高めていく。

 流通企業が自ら店舗をショールームと位置付ける。このようなニトリの思い切った戦略は、流通業界の今後を占う重要な試金石となりそうだ。

(文/中村勇介=日経トレンディネット)

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