[画像のクリックで拡大表示]

 初版1万3000部がはければ十分に合格点。それが、決して一般層向けではない堅い歴史新書である『応仁の乱』(呉座勇一著、中公新書)の当初の目標だった。なのに2016年10月の発売後、わずか8カ月で37万部を突破するなど、誰が予想できただろうか。

『応仁の乱』(呉座勇一著、中公新書)
[画像のクリックで拡大表示]

 名前だけは有名だが、メジャーな偉人も登場せず、詳細は知らない人が大半。著者の呉座氏がテーマに選んだ応仁の乱は、そんな戦乱だ。「わかりやすさのために構図を単純化することは、あえて避けた」と語るように、巻末に並ぶ登場人物一覧は実に300人に及ぶ。そして戦乱の勃発と拡大の経緯も、誰か特定の人物が主導したわけではない。多人数の思惑が交錯する、誤算だらけの成り行きによるもので、全体像をつかむのは一苦労だ。

 さらに、京都の戦乱なのに、当時の社会背景を描くために奈良・興福寺の僧の視点が採用され、全く無名の僧の説明に冒頭で多くのページが費やされる。肝心の応仁の乱が始まる前に挫折してもおかしくない構成だ。呉座氏も刊行時点ではほぼ無名。「コアな歴史ファンである2万人程度が読んでくれれば満足と思っていた」(同氏)

複雑な歴史、複雑なまま理解する

 それがなぜ、ここまでヒットしたのか。まずは歴史ファンの間で、「複雑な歴史は複雑なまま理解する」というトレンドが育ちつつあったことが大きい。「例えば関ヶ原の戦いも、徳川家康が石田三成を挑発し計算通りに勝ったというより、多くの幸運に助けられたことがわかってきている」(同氏)。よく知られた史実も、実はそれほど単純な構図ではなかった──。近年、そんな研究成果が相次ぎ、歴史の新たな真相をひもとく楽しみが広がっていた。また、「グダグダな展開」で進む歴史が、EUの混乱やトランプ政権誕生など、混迷を極める現代の世界情勢に通じる面があったことも見逃せない。

[画像のクリックで拡大表示]

 応仁の乱が出版界の「空白市場」だったことも注目だ。「新書に限れば、応仁の乱を扱った本が前回出版されたのは30年前」(中央公論新社)。名前の知名度だけは高いにもかかわらず、題材として弱いと思われていたため類書が極めて少なかった。これによる潜在ニーズが、まずは1カ月で計4万部まで増刷される快挙につながった。