水道工事メンテナンスを行う会社が現場作業員の目線で開発した服。そのキャッチフレーズは「スーツに見えますが、作業着です。」で、コンセプトは「デートにそのまま行ける作業着」だ。男性用の商品を2018年3月下旬に発売したところ、直後1カ月の売り上げは単月の目標の5倍というバカ売れ。品切れが続くほどのヒットになった。人気の理由を探ってみよう。
アパレルメーカーの服づくりとの大きな違い
作業着なのにスーツに見える服――なんて、ありそうでなかった。マンションやビルの給水管洗浄と設備メンテナンスを行う水道工事業のオアシスソリューションが、現場作業員の声を生かして開発したスーツ型作業着「ワークウェアスーツ」がそれだ。作業に適した機能性と、主婦相手が多い仕事先での“きちんと感”を両立させたのが特徴だ。
「通常、アパレルの業界ではスーツを着る人と作業着を着る人を分けて考え、スーツはスーツ、作業着は作業着として服を作りますよね。そうした状況で、スーツと作業着を同じワークウエアというひとくくりで考え、スーツの形と作業着の機能を融合した商品を開発したこと自体、これまでにない発想です」。こう語るのは、同商品の販売を専門に手がけるグループ会社オアシススタイルウェアの代表取締役・中村有沙さんだ。
実際、どんな人に売れているのだろうか。スーツ型作業着をECサイトで購入する個人の需要には2つのタイプがあるという。
1つは、もともと作業着を着る職場だが接客や打ち合わせの多い現場監督、工事責任者など。もう1つは、普段はスーツを着ているが搬入・搬出作業にも関わる営業職や、電線の布設で服が汚れやすいITエンジニアなど。
「あとは意外と記者さんにも好評なんですよ」(中村さん)――と聞いて、やっぱりそうかと合点した。男性用のリリース後、大きな反響があり、続けて商品化した女性用は営業職に就く人の購入が中心という。
「あくまで水道工事の現場目線で作った」のが強み
スーツ型作業着の開発は、元はといえば自社の男性作業員が着る制服のリニューアルがきっかけだった。従来、市販の服を着ていたが、作業員とはいえ清潔感のあるパリッとした服で他社との違いをアピールしたい。良いイメージで人材の採用にも役立てたい――。そんな狙いもあり、独自に開発を始めたのだという。
面白いのは、「当初は社外に販売する意図はなく、社内向けの作業着として開発していた」というウラ話。社外でも需要が見込めるとの判断から、販売専門のグループ会社を立ち上げたのは発売3カ月前の2017年12月。それでも、「個人の方に“作業着”がこんなに売れるとは正直、驚いている」と中村さん。そして、売れる理由をこう分析する。
「オアシスとしては、あくまで作業着の観点で作っている。しかも、水回りの仕事を担う現場作業員の目線で開発した。それがアパレルメーカーにはない強みかな、と思っています」(中村さん)
水回り作業の効率を上げるため、防水・はっ水・速乾・伸び縮みといった素材機能を従来品よりも高いレベルで求めた。生地サンプルを100種類以上、全国から取り寄せて吟味し、採用したのはスポーツウエア向けのもの。試作品をスタッフに着せて作業してもらい、修正を何度か加えながら1年近くをかけて開発したのだという。
「特に、毎日洗って清潔な状態で着られるのは絶対条件です」(中村さん)。現場での作業は汗をかくし、汚れやすい。作業着はどの会社も基本的に毎日洗うことを推奨している。家庭の洗濯機で洗える点は、既存の洗えるスーツと同じだが、ワークウェアスーツはわずか2~3時間で乾くという。
「毎日洗って毎日着るTシャツと同じ感覚です」(広報担当の岩見祐香さん)。この言葉に説得力を感じる。
生地に触れてみると、思いのほか、しなやかな手触り。なんとなくゴワゴワと硬そうな作業着のイメージが一変した。着心地を尋ねると、「軽くてめちゃくちゃ楽です!」。こう話す技術スタッフの素原勇人さんは、休みの日にこのズボンをはいて過ごすこともあるそう。着心地はジャージに近いのかもしれない。
動きやすさをスーツの形が邪魔しない
生地を厳選し、服の設計も“現場仕様”にこだわった。「スーツ型になることで作業着としての機能が劣ってしまっては意味がありませんから」(中村さん)。多様な仕事道具を携帯できるポケットをたくさん取り付け、腕まくりしやすいそでや、ひざを曲げやすいズボンの工夫など、作業員のニーズを基に開発を進めた。
「服」は人や職業の印象を容易に変える
ワークウェアスーツのカラーは現在はネイビーのみだが、黒(7月発売予定)のほか、チャコールグレーとダークネイビーも年内の展開を予定。同社はデザインの選択肢も増やしていく意向だ。今年度の売上高は1億円を目指す。
“スーツ姿”に身を包んでマンションの給水管洗浄に行くと、奥さま方から「あなたが作業してくれるの!?」と驚かれるらしい。スーツ型の作業着になって「髪形にまで気を使うようになった」(中村さん)のは興味深い。“自分の全体の印象”を意識する客観性を作業着がもたらしているのだ。
現場作業員の制服としてワークウェアスーツを採用する企業もちらほら現れた。「服」は人や職業の印象を容易に変える。スーツ風の作業員が増えたら都市の風景をも変えるかもしれない。建設業や清掃業など人手不足の業界にも同社は積極的に採用を提案していくという。
(写真/稲垣純也)