重責から解放された初日の銀メダル

 「今回こそは、メダルを取りたい……いや、取らなければいけない」

 2度目のパラリンピックは、そんな強い思いで臨んだという村岡。競技初日の滑降(ダウンヒル)のスタート前、4年前とは比べものにならないほどの緊張感に襲われていた。

 「最もスピードが出るダウンヒルは、ただでさえ命がけと言っても過言ではないくらいの怖さがあるのですが、それに加えて『あぁ、(滑降においては)この1本ですべてが決まるんだな』と思ったら、怖くて怖くて……。転倒すればそこでおしまいですし、滑り切ったとしても結果がついていればいいけれど、ダメでもやり直しはきかない。そうだった場合のことを考えると、怖くて仕方なかったです」

 しかし、4年間積み上げてきたものが、そんな村岡を救ったのかもしれない。スタートすると、いつの間にか恐怖心は後退し、前面に出てきたのは目の前の難解なコースをどう滑るかという集中力だった。そうして滑り終わったとき、村岡は「よし、自分の攻めのスキーがまずまずできた」と感じた。

 結果は2位。村岡は、平昌2018冬季パラリンピックでの日本人第一号のメダリストとなった。実は、これが非常に大きかった。村岡はこのとき、安堵し、それまでの緊張感から少し解放されたという。

 「ソチのときよりは、メダルへの期待があった中で、最初の種目で取れて、本当にほっとしました。『あぁ、これで私の役目は果たしたな』と。あとは男子の先輩たちが何とかしてくれるだろうと(笑)」

 その後、スーパー大回転、スーパー複合でも銅メダルを獲得した村岡。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いでメダルを量産する彼女に、周囲は最も得意とする大回転(GS)での金メダルへの期待が膨らんでいた。

 そんな周囲の盛り上がりとは裏腹に、実は村岡の体は疲弊しきっていた。

 「毎朝4時、5時の起床で、睡眠時間は4~5時間しかとることができませんでした。しかも、大回転の日は、本来ならばアルペン競技はない予定で、オフのつもりでいたんです。ところが、天候のために日程が変更となり、結局練習も含めて6日連続滑走の6日目が大回転という体力的にも精神的にも最も厳しい日となってしまいました」

 スタート直前まで疲労感が取れず、なかなか集中できなかったという村岡だが、それでもスタートラインに立った瞬間、疲労感は消え去り、代わりに襲ってきたのは言葉に表せないほどの緊張感だった。

 「日本の自宅にとまでは言わないから、せめてホテルに帰してくれと本気で思いました(笑)。正直、その場から逃げ出したかったです」

 それでも彼女は1本目でトップに立つ見事な滑りをしてみせた。

 「金メダルを取る」

 その気持ちだけが、疲労がピークに達し、さらには逃げ出したくなるほどの恐怖心に襲われた彼女の体や心を支えていたのだ。

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