外国人観光客が、全国各地で爆発的に増えている。東京ではこれまで人気だった浅草・銀座からもう一歩深いエリアに人気が移っている。なかでも東京・新宿は、いま最も人気の高いエリアの1つとして、多くの外国人観光客で賑わっている。日本人観光客もあまり足を踏み入れないディープなスポットが、各国のガイドブックやネットで紹介され、注目を集めている。そこで、外国人観光客が先取りする見所をヒントに、日本の魅力を満喫できる“ディープ・シンジュク・ツアー”に出かけてみた。

表の顔、新宿末廣亭、紀伊国屋から徐々に奥深くへ

 JR新宿駅の東口から徒歩数分の新宿末廣亭は、外国人観光客自身よりも「外国人観光客をもてなしたい日本人」に人気だ。40代以上の大人の落語ファンはもちろん、最近は20代、30代の客も多いので、初心者でも気楽に楽しめるエンタメ空間となっている。

 近くに数多あるお店で早めの昼食をすませて、趣深い木戸をくぐる。一般3000円、学生2500円で、正午から午後9時まで、ゆったりたっぷり日本の話芸を楽しめるのだが、ツアーは始まったばかりなので、ここは昼の部の4時間半でひと区切りとしよう。

 新宿末廣亭を出て少し新宿駅へ戻るように歩いていくと、新宿通りの向かい側に次の目的地が現れる。本好きの聖地「紀伊國屋書店 新宿本店」が入っている「紀伊國屋ビル」だ。

 7階の半分を占める「洋書」エリアでは、外国人観光客の姿もよく目にする。ただ、全国的に有名なこの書店を“素人には敷居の高いディープな観光地”とは呼べないだろう。今回の外国人がやってくる“ディープ・シンジュク・ツアー”のお目当ての場所は、ほかにあった。

 紀伊國屋ビルの1階、通路を進んだ1番奥にある小さな店、1962年からこの場所で商いを続けてきた由緒正しい喫煙具専門店「Kagaya」だ。主力商品の手巻きのプレムアム・シガー(葉巻)は、1本230円の安価なものから1本9300円の最高級品まで20ブランドを揃えており、ビギナーからベテランまでの幅広いニーズに応えている。開店当初から定番商品のパイプも、1本2000円の初心者向けから63万円の有名作家の作品まで、500本がずらりと並べられている。

 ほかにも、最近若者に人気の巻きタバコが100ブランド近く並び、「かみタバコ」や「嗅ぎタバコ」、「スムーズ」など、日本では珍しいタバコの数々や、ブランドもののライターなどの喫煙具も充実している。

 また、通路を挟んで向かい側に2015年2月にオープンした「kagaya 2nd」では、ここ数年、若者や外国人の間で流行している「電子タバコ」や「シーシャ(中東の水タバコ)」が豊富な品揃えで販売されている。

外国人の爆買いの対象にもなっている
外国人の爆買いの対象にもなっている
若者や外国人に人気の電子タバコ専門店
若者や外国人に人気の電子タバコ専門店

 7~8年に1億数千万円だった売り上げは、右肩上がりに増え、現在、2店舗の年商は約3億円にもなる。1日の来客数の2割程度が外国人で、そのうちの3分の1ほどが観光客だという。「昔から欧米系のお客様は多かったのですが、最近はアジア系、ここ1~2年は特に中国からのお客様が増えました」(中西猛店長)。

 先日も、香港からの観光客が「ダンヒル ウィークリー・パイプ 7本セット」を税込12万9600円で買ったという。「先ほども中国のお客様が、1箱10万円の葉巻を2箱、電話で予約されました」と中西店長が話すように、こんなにディープな趣味の世界でも中国人の爆買いが起こっていた。

Kagaya 新宿店の中西猛店長
Kagaya 新宿店の中西猛店長

歌舞伎町の奥深くに外国人絶賛スポットが

 嗜好品の殿堂「Kagaya」を出ると、もう午後6時を過ぎていた。

 夕食は、震災に遭った熊本をほんの気持ちだけでも応援したいということで、本場熊本ラーメン「桂花ラーメン 新宿 東口駅前店」に。外国人観光客にも一度は試してほしい“ディープ・ジャパン”なテイストだ。

 腹ごしらえがすんだら、いよいよディープなシンジュクの極め付け「歌舞伎町」に足を踏み入れよう。 靖国通りを渡った歌舞伎町の入り口には「Tax Free Shop」と大書された看板を掲げる「ドン・キホーテ 新宿東口本店」がそびえている。

 中に入ると、商品を物色している客のほとんどが、アジア、南米、欧米などからの外国人観光客だった。ジャングルのように入り組んだ通路に迷いながらも、なんとか外に脱け出せたら、さらに歌舞伎町の中心街を目指す。

桂花ラーメン 新宿 東口駅前店。看板メニューの桂花ラーメンは濃厚なスープとコシのある麺。30年以上も変わらない
桂花ラーメン 新宿 東口駅前店。看板メニューの桂花ラーメンは濃厚なスープとコシのある麺。30年以上も変わらない
ドン・キホーテ 新宿東口本店
ドン・キホーテ 新宿東口本店

 2015年4月にオープンした「TOHOシネマズ新宿」が入っている新宿東宝ビルに向かって歩いていると、突然、あたりに耳をつんざく雄叫びが響き渡った。視線を上げると、ビルの向こうから巨大なゴジラが顔をのぞかせ、口から白い煙と青い閃光を吐いていた。

 午後7時から1分間ほど行われるアトラクションだった。ガイドブックを片手に、外国人観光客が懸命にスマホで動画を撮っていた。海外にも、この1日1回の雄たけび情報が伝わっているのだろう。

 静かになったゴジラをあとにして、さらに歌舞伎町の深部へと足を運ぶと、周囲の雰囲気は徐々に怪しげになってくる。「DVDどう?」と声をかけてくる見るからに怖そうなお兄さんたちの誘いを無視しながらどんどん歩き続け、四方八方がイケメンホストの巨大な写真群で埋め尽くされたコーナーを左に曲がるとすぐ、お目当ての博物館が現れた。

 外国人観光客に絶大な人気を誇る「SAMURAI MUSEUM」だ。

新宿東宝ビルの屋上のゴジラヘッド
新宿東宝ビルの屋上のゴジラヘッド
「SAMURAI MUSEUM」の入り口
「SAMURAI MUSEUM」の入り口

英語に堪能なスタッフがおもてなしする博物館

 鎌倉時代から江戸時代の侍文化を中心に日本の歴史と文化を紹介するこの博物館は、日本人観光客にはほとんど知られていないが、世界最大の旅行者のコミュニティーサイト「トリップアドバイザー」のランキング(2016年6月7日現在)では、東京の2151カ所の観光スポットのなかで、「根津美術館」「銀座」「東京駅丸の内駅舎」「渋谷駅前スクランブル交差点」などを抑えて堂々の14位、新宿に限れば「新宿御苑」「東京都庁舎」に次いで3位の人気観光スポットだ。

 なぜそこまで外国人観光客の支持を集めるのか、大人1800円の入場料を払ってライトアップされた甲冑を眺め始めてすぐ、その理由がわかった。

 係の人が笑顔で話しかけてきて、目の前の甲冑やその歴史的背景について、情熱こめて語り始めたのだ。豊富な知識もさることながら、侍や日本文化に対する熱い思いが伝わってきて、思わず聞き入ってしまった。

 外国人客たちも、つきっきりで流暢な英語で解説してくれる担当者とのやりとりに大満足の様子で、展示物を見終わると、担当者の名前を尋ねたり、一緒に写真を撮ったりしていた。

「世界中からのお客様に侍を知っていただくだけでなく、日本の“おもてなしの文化”に少しでも触れていただけるよう心がけています」と野口銀次朗サブマネージャーは胸を張る。

 昨年9月にオープンした当時、ほとんど客はいなかったが、口コミで評判が徐々に広がり、今では1日120人から130人、多いときには150人の入場者があるという。その6割が欧米やカナダ、オーストラリアからの観光客で、3割がフィリピン、インドネシア、タイ、シンガポールなど東南アジアの裕福な旅行客、あとの1割は香港、韓国、その他の国や地域からの観光客だ。

 そんな外国人観光客たちを心ゆくまで楽しませるために、英語が堪能な正社員も含めて常に8~9人が待機する体制を整えている。有料で戦国武将やお姫さまのコスプレ&写真撮影のできるコーナーや、プロの俳優によって1日に何回か催される殺陣のショーなどもあり、お土産品も充実している。ちなみに人気のお土産2トップは2500円の戦国武将フィギュアと6500円から75万円の模造刀だ。

 その徹底した「おもてなし」ぶりをみると「『どの博物館よりも楽しかった』とか『日本の旅行で一番いい思い出ができた』というお言葉をよくいただきます」という野口サブマネージャーの話もうなずけた。外国人観光客をこれほどフレンドリーな気分にさせてくれる博物館は、他にないだろう。

「SAMURAI MUSEUM」の展示物
「SAMURAI MUSEUM」の展示物
野口銀次朗サブマネージャー
野口銀次朗サブマネージャー

新宿らしい懐の深さが魅力の花園神社

 いかめしい甲冑に見送られながら、イケメンホストたちの看板に囲まれた角まで戻ると、ゴジラヘッドと反対の左方向に向かって歩いていく。

 新宿区役所通りを渡って数十メートル進んだら、一方通行の狭い道を右に曲がり、靖国通りへと戻るように歩いてゆけば、“ディープ・ジャパン・ツアー”の最後を飾るエリアに到着する。

 まずは、左側に現れた急な階段を上る。

 多くの外国人観光客が訪れる「東京新宿鎮座 花園神社」だ。

 花園神社は、徳川家康が江戸幕府を開く以前から新宿の総鎮守として重要な位置を占めてきた歴史あるパワースポットだ。また、唐十郎率いるアングラ劇団「状況劇場」の公演や「見世物興行」などに境内を提供するなど、いかにも新宿らしく、柔軟で懐の深い神社でもある。

東京新宿鎮座 花園神社
東京新宿鎮座 花園神社

“ディープ・シンジュク”といえばゴールデン街

 外国人観光客たちの手本となるよう、二礼二拍手一礼の正しい作法でお参りをすませたら、もと来た道を戻って、階段を降りる。

 道の反対側、右手に広がっているのが、今回の“ディープ・シンジュク・ツアー”の最終目的地であり、ここ数年、外国人観光客が大挙して訪れているインバウンドの超人気スポット「新宿ゴールデン街」だ。

花園神社と道を挟んで隣の地域に広がる「新宿ゴールデン街」
花園神社と道を挟んで隣の地域に広がる「新宿ゴールデン街」

 この街は、終戦直後にできた闇市が、1950年頃から「青線」と呼ばれる非合法の歓楽街となり、1958年の売春防止法の施行により飲食街へ変貌したという独特の成り立ちを持っている。昔から、作家や編集者、演劇や映画関係者などの文化人が集まることで知られ、客同士のけんかも多く、ぼったくりバーも少なくなかった。そのため一般人には敷居の高い危険なイメージで語られた時代もあった。

 現在はけんかやぼったくりバーはほとんど姿を消し、おしゃれで健康的な店もたくさん増えた。およそ2000坪ほどのエリアに2~3階建ての木造の長屋ひしめき合い、約280軒もの店が深夜あるいは朝まで営業する街の熱気は変わらなかった。

 ところが、ここ数年で、ゴールデン街の風景は一変した。筆者は20年前からこの街に通っているが、ほんの数年前まで、入り口にあるスタンディング・バー以外で、外国人の姿を見かけることはほとんどなかった。2009年、フランスで発売された『ミシュラン 日本版観光ガイド』で「新宿ゴールデン街」が二つ星を獲得した頃から、欧州の観光客の姿をぽつぽつ見かけるようにはなったが、物珍しそうに街の写真を撮るだけで、彼らが店に入って飲むことはなかった。

 ところが、今では道行く人のほとんどが外国人観光客という状況にもよく出くわす。外国人観光客だけで店が満員になっている光景も珍しくなくなった。

 外国人のお客さんは「3~4年くらい前から来はじめ、去年くらいからものすごいことになった」。このエリアの商店会である新宿三光商店街振興組合の高宗謙三理事は分析する。「ガイドブックやネットにも載っているようですが、実際に来た人の口コミが影響しているみたいです」。高宗氏は今年で13年目を迎える「KENZO’S BAR」のマスターでもある。

新宿三光商店街振興組合の理事で「KENZO’S BAR」のマスターの高宗謙三氏
新宿三光商店街振興組合の理事で「KENZO’S BAR」のマスターの高宗謙三氏

 外国人観光客は「街全体の売り上げにもかなり貢献してくれています。海外のテレビの撮影もずいぶん増えました」。しかし、常連客がメインだったのに、日本語の話せない一見客への対応には相当困ったのでは?と尋ねると、高宗氏は「外国人観光客の接客方法のコツ」を教えてくれた。「外国人観光客は、よく“もらいタバコ”を頼んでくるので、それをきっかけにしてコミュニケーションが生まれることは多いですね。あとは音楽かな。日本人が知っているメジャーなミュージシャンなら、外国人はたいてい知っているので、曲をかければすぐに一体感が生まれます」。昔からゴールデン街につきものだった「酒とタバコと音楽」があれば、たとえ言葉が通じなくても“ノープロブレム”というわけだ。

 そうなると、逆に、ゴールデン街に興味はあるけど、ボラれはしないかと心配で二の足を踏む日本人はどうしたらいいのかも、知りたくなった。プロならではのアドバイスを求めると、高宗氏は優しい笑みを浮かべて言った。「信頼できるマスターやママに紹介してもらうのが一番だけど、せっかくゴールデン街に来たんだから、気になる店のドアを思いきって開けてみてほしい。それで、チャージがいくらで1杯いくらか、値段を聞けばいい」。ちゃんと答える店には入ればいいし、「『とりあえず飲みなさいよ』なんてうやむやにする店には入らなければいいんです」。

 そうか、いきなり値段を確かめても、失礼じゃないのか。それなら初心者でも安心して、自分に合った店を気軽に探せそうだ。

 こうして、インターナショナルな雰囲気のなかで夜は更けてゆき、やがて“ディープ・シンジュク・ツアー”は終焉(しゅうえん)を迎えた。

 今回、外国人観光客に人気のディープなスポットを回ってみたら、今まであまり意識していなかった“日本や日本人の魅力”に改めて気付かされることとなった。これからもインバウンドを盛り上げていくためには、まず、日本人の私たち自身が、新たな視点から日本の文化や風習と向き合い、その長所や魅力を新鮮な気持ちで感じとることが必要なのかもしれない。

(文・写真/佐保圭=フリーライター)

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