ゴールデンウイーク終盤の5月6日、7日、神戸で「078(ゼロ・ナナ・ハチ)」と呼ぶイベントが開催された。078とは神戸の市外局番で、そのネーミングからも神戸を代表するイベントに育てたいという関係者の思いが伝わってくる。

 ネーミング以上に078がユニークなのはその理念で、「市民、クリエーター、エンジニアが集い、交わる」ことにあるという。そのため、078のテーマはエンタメである音楽、映画、最新技術を紹介するインタラクティブを中核に、子どもや食、ファッションなど幅広い。これだけ広いとイベントを説明するのに困ってしまうのではないかと心配になる。

 実は078が幅広いテーマを掲げているのは世界的に成功している前例を意識してのこと。それが078が目標とする国際フェスティバル「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」だ。毎年3月に米国テキサス州のオースティンで開催されるSXSWは、音楽、映画、インタラクティブをメインテーマにして、世界中から音楽・映画関係者はもちろん、IT業界関係者、投資家、起業家などさまざまな人を集めている。しかも、オースティンの中心部ほぼ全域が会場といっていいほどの規模で、コンベンションセンターをハブに、近隣のホテル、レストラン、倉庫、空き地までもが会場になるのだ。

 ちなみにテーマを幅広くしてイベントの規模を拡大させる試みは078だけに限らない。札幌でも同様に映画、音楽、インタラクティブを中核にしたイベント「No Maps-Sappro Creative Convention」が10月5日から開催される。地方都市が主体ではないが、テクノロジーと音楽のフェス「J-WAVE INNOVATION WORLD FESTA 2017」も6月3日に開かれる。今後もジャンルを超えたテーマを掲げるイベントは日本全国で増えそうだ。

 では、“日本版SXSW”を目指す078は実際どうだったのか? 期間中に現地を訪れてみた。

078の会場の一つである「みなとのもり公園」。来場者は、開放的な空間で音楽ライブを楽しんでいた
078の会場の一つである「みなとのもり公園」。来場者は、開放的な空間で音楽ライブを楽しんでいた

家族連れが最新テクノロジーを楽しむ

 078は「神戸ITフェスティバル」や「ウェアラブルデバイスって何だ?フェスティバル」など最新テクノロジーを紹介するイベントが母体。これにすでに音楽フェスとして実績のある「COMIN'KOBE'17(カミングコーベ)」など多くの団体や企業が協力することで、幅広いテーマのカンファレンス、ライブ、展示会が実現した。

 会場は大きく「東遊園地」「みなとのもり公園」「デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)」の3つに分かれている。とはいえ、簡単に歩いて行き来できる距離にあるので、3会場を渡り歩くことは苦にならなかったし、会場間の要所でスタッフが道案内をしていたので、初めてでも迷うことはなかった。

 まずはカンファレンスと展示会の中心であるデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)の様子から。この会場は従来、神戸ITフェスティバルが開催されていた場所である。

 カンファレンスでは、『ポケモンGO』の開発元であるナイアンティックの日本法人社長・村井説人氏やロボティクスファッションクリエーターのきゅんくんの登壇が注目された。特にAKB48のステージ衣装にも採用されたウエアラブルロボットアーム「METCALF(メカフ) stage」を開発したきゅんくんのカンファレンスでは、10代後半から20代前半の女性の姿が目立ち、一般的なIT関連のカンファレンスとは異なる雰囲気に包まれていた。また、ウエアラブルの伝道者として有名な神戸大学の塚本昌彦教授もいつも通り(?)スマートグラスを装着して登壇するなど会場を盛り上げた。

「ウェアラブル・AR・位置情報と、まち・みらい」に登壇した神戸大学大学院工学研究科教授の塚本昌彦氏(左)と、ナイアンテック日本法人の社長・村井説人氏。『ポケモンGO』とAI(人工知能)の連携について聞かれた村井氏は、「(ユーザーと一緒に歩く)相棒ポケモンがAIを備えてユーザーをサポートするようになるかもしれない」と今後の構想を語った
「ウェアラブル・AR・位置情報と、まち・みらい」に登壇した神戸大学大学院工学研究科教授の塚本昌彦氏(左)と、ナイアンテック日本法人の社長・村井説人氏。『ポケモンGO』とAI(人工知能)の連携について聞かれた村井氏は、「(ユーザーと一緒に歩く)相棒ポケモンがAIを備えてユーザーをサポートするようになるかもしれない」と今後の構想を語った
小さいころの思い出など、自分のルーツを語った、きゅんくん
小さいころの思い出など、自分のルーツを語った、きゅんくん
きゅんくんが制作したウエアラブルアームロボット「METCALF」。ザックのように背負って装着し、スマホのアプリから操作する
きゅんくんが制作したウエアラブルアームロボット「METCALF」。ザックのように背負って装着し、スマホのアプリから操作する

 カンファレンスの内容が、最新テクノロジーだけでなく多岐にわたっていたのも印象的だった。スタートアップ企業の代表者にビジョンや夢を聞くものや、テレビというマスメディアが今後どのように変化していくのか、といったカンファレンスがあり、熱い議論が展開された。ほかにも子育てや地域リノベーションに関するカンファレンスも開催された。

 展示は最新のテクノロジー関連が中心で、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、AI関連のほかに、スタートアップ企業のプロトタイプなどが目を引いた。来場者が実際に体験できるものも目立った。

スタートアップ「トリプル・ダブリュー・ジャパン」が開発した排泄予知ウエアラブル機器「DFree」。センサーで膀胱内の状態をモニタリングすることで排尿を予知する。排泄に悩みを抱えて生活する人々の生活の質を上げることを目指している
スタートアップ「トリプル・ダブリュー・ジャパン」が開発した排泄予知ウエアラブル機器「DFree」。センサーで膀胱内の状態をモニタリングすることで排尿を予知する。排泄に悩みを抱えて生活する人々の生活の質を上げることを目指している
「神戸デジタル・ラボ」が展示したAIを活用したECサイト向けの検索システム。気に入った服を見つけたら、画面右下のチャットエリアにドラッグ&ドロップすると、似たような服を表示する
「神戸デジタル・ラボ」が展示したAIを活用したECサイト向けの検索システム。気に入った服を見つけたら、画面右下のチャットエリアにドラッグ&ドロップすると、似たような服を表示する
スマホから“通訳さん”を呼び出せる「クラウド通訳」(ケイ・オプティコム)。ビデオチャットで翻訳をしてもらえる
スマホから“通訳さん”を呼び出せる「クラウド通訳」(ケイ・オプティコム)。ビデオチャットで翻訳をしてもらえる
「iPRESENCE 合同会社」が開発した“リモート上司”。これを使うと、経営者はどこにいても社員の様子を確認したり、話しかけたりすることができる
「iPRESENCE 合同会社」が開発した“リモート上司”。これを使うと、経営者はどこにいても社員の様子を確認したり、話しかけたりすることができる

 市役所の脇に位置する東遊園地では、昼間はジャズのライブで盛り上がり、日が沈むころからオープンシアターで映画の上映が始まった。篠原哲雄監督の初劇場作品『草の上の仕事』などが上映されたのだが、屋外で映画を鑑賞するのはなかなか貴重な体験だと多くの来場者が感じたはずだ。上映の合間のトークショーでは、篠原哲雄監督、本広克行監督らが登壇した。

 また、上映は夜12時までだったが、夜9時以降は来場者に簡易的なFMラジオが配られ、音声はヘッドホンで聞くというスタイルに変わった。条例などで定められているのかもしれないが、近隣住民への配慮が行き届いていた。

東遊園地では、昼間はジャズのライブで盛り上がった
東遊園地では、昼間はジャズのライブで盛り上がった
来場者にとって、屋外での映画鑑賞はなかなかできない体験になったはず
来場者にとって、屋外での映画鑑賞はなかなかできない体験になったはず
トークショーに登壇した本広克行監督
トークショーに登壇した本広克行監督

 最後のみなとのもり公園は、音楽ライブが多数開催された開放的な公園。会場はさながら音楽フェスの様相で、ステージ前で盛り上がる人、テントを持参してお酒を片手に聞き入る人など、それぞれが思い思いのスタイルで楽しんでいた。内容は昼間はロックが中心で、80年代後半のバンドブームをけん引したZIGGYや、セックス・ピストルズの楽曲を多数作曲したグレン・マトロック氏が登場。夕方からはジャンルがテクノに変わり石野卓球氏などがステージに上がり、DJプレーを披露した。

思い思いのスタイルで音楽ライブを楽しむ来場者
思い思いのスタイルで音楽ライブを楽しむ来場者
夜7時から登場した石野卓球氏
夜7時から登場した石野卓球氏

さらに来場者が交わる施策を進める

 こうして2日間の078は無事に終了したのだが、その手ごたえはどうだったのだろうか?

 来場者数は、3会場、2日間合計で約3万6500人。これについては実行委員会でも驚くほどの数字だったようだ。単純計算にはなるが、ITデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)の来場者数は約8500人で、昨年まで同じ場所で開催されていた神戸ITフェスティバルは1500~2000人だったので、規模は4倍以上に拡大した。特に同会場では、子育て関連の企画があった影響か、家族連れの姿が目立った。そうした家族連れが最新テクノロジーの展示を体験するなど、まさに冒頭で説明した078の理念が現実となった姿を実感できたという。

 また、078を開催する主旨のなかで「若者の集積とその力の活用」という点があったのだが、こちらも成功していたのではないだろうか。前述した通り、若い世代の女性がテクノロジー関連のカンファレンスに足を運んでいたし、なによりボランティアの若い世代のスタッフが笑顔で仕事に取り組んでいた。しかも来場者に「こんにちは」と積極的に声をかけるなど、気持ちのいい会場づくりに大きく貢献していた。

 初回としては成功といえる今年の078。「『神戸の街×078』のポテンシャルの高さを感じた」という声も実行委員会から聞かれた。そのなかで来年以降の課題も浮き彫りになった。5月7日17時過ぎからのクロージングカンファレス「078-2017の総括と展望」では、神戸市長の久元喜造氏から、「会場を超えてそれぞれの来場者にクロスオーバして見せることのできる企画を考えたい。例えばライブステージの合間に最新技術のデモを行うなど。それから三宮の中心部だけでなく、サテライト会場を設置してネットでつなぐなど“オール神戸”で発信する事業にしていけないか」という提言があった。

 ジャンルを超えて来場者がさらに交わるには、さまざまな施策が必要になるだろう。久元市長の提言に加えて、078の多岐にわたるコンテンツの情報を分かりやすく発信する078案内アプリなどの必要性も提言された。ほかにも、学生の参加を促すピッチやハッカソンといった企画や、078が公認するミートアップ(会合)を増やそうというアイデアも出たようだ。

 こうした課題を一つひとつクリアしていけば、078が神戸を代表するイベントになる日も遠くないだろう。SXSWは1986年からその構想がスタートし、約30年を経て現在の規模になった。今後078が歴史を重ね、どのように発展していくのか楽しみだ。

078とタイアップして開催された三宮センター街の街バル「ヨルバル」。078の来場者も数多く訪れ、お酒や料理、音楽を堪能した。その様子は、SXSWの夜の盛り上がりをほうふつとさせるものだった
078とタイアップして開催された三宮センター街の街バル「ヨルバル」。078の来場者も数多く訪れ、お酒や料理、音楽を堪能した。その様子は、SXSWの夜の盛り上がりをほうふつとさせるものだった

(文・写真/渡貫幹彦=日経トレンディネット)

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