お台場で2016年4月16日に開催される「東京かき氷コレクション 2016春」というイベントをご存じだろうか? 話題のかき氷店を広く紹介する目的で、2012年にスタートした知る人ぞ知るイベント。今回は名古屋市の「あんどりゅ。」、静岡県浜松市の「果報」、神奈川県三浦郡の「霧原」が出店する。実はこのイベントのチケットは入手困難でプラチナ化している。2300円のチケット約250枚は発売後すぐに完売してしまったという。

 かき氷は夏の風物詩というイメージを持っている人も多いはず。だが実は昨今、このイメージは完全に崩れている。通年でかき氷を提供するお店が増えているからだ。人気店ともなれば、真冬でも行列ができる。

 イベントチケットのプラチナ化、真冬に行列――、今なぜこんなにかき氷がブームなのか? その背景を探ってみた。

かき氷のイメージといえばに夏。ところが、最近はこのイメージが崩れているという。いったい何が起きているのだろうか? kaka/PIXTA(ピクスタ)
かき氷のイメージといえばに夏。ところが、最近はこのイメージが崩れているという。いったい何が起きているのだろうか? kaka/PIXTA(ピクスタ)

蒼井優がブームにひと役買っていた?

 かき氷が一般に普及するのは、明治に入ってから。中川嘉兵衛なる人物が、函館の五稜郭外濠の天然氷(詳しくは後述)を横浜に輸送することに成功したのがきっかけだ。この天然氷は「函館氷」と呼ばれ、1874年ころには市場に十分に出回るようになり、飲食にも適していたことからかき氷が庶民の味として定着したという。その後は、ご存じの通り、日本の夏にはなくてはならないスイーツとして現在に至るまで楽しまれている。

雑誌「サライ」(小学館)の1998年7月16日号。天然氷の特別企画が掲載されている
雑誌「サライ」(小学館)の1998年7月16日号。天然氷の特別企画が掲載されている

 そのかき氷に再びスポットライトが当たり、ブームとなった発端は1990年代に遡る。埼玉県秩父郡にある天然氷の蔵元「阿左美冷蔵」がかき氷の販売を始めたのだ。フワフワの氷に果汁感のあるシロップなどを組み合わせた、こだわりのかき氷はすぐに評判となり、テレビや雑誌で取り上げられて話題に。お店には長蛇の列ができた。同じころ栃木県日光市にある天然氷の蔵元「松月氷室」でも、果汁感のあるかき氷の販売を開始した。1998年の雑誌「サライ」(小学館)では、阿左美冷蔵と松月氷室の天然氷が紹介されている。

 2000年代に入ると、首都圏でもこだわりのかき氷が食べられるお店が登場する。有名なのは神奈川県藤沢市の「埜庵」だろう。ほかにも埼玉県熊谷市の「慈げん」、世田谷区の「しもきた茶苑大山」、北区の「だるまや餅菓子店」などが有名だ。こうしたお店がマスコミに紹介されたことで、かき氷が冬でも食べられるスイーツとして認知され始めた。その後も、こだわりのかき氷を提供するお店は徐々に増えていった。とはいえ、かき氷を食べ歩くようなマニアはまだまだ一部だった。

多くのかき氷ファンを生み出したと言われる蒼井優の「今日も かき氷」(マガジンハウス)。2011年7月に初版が発行されている
多くのかき氷ファンを生み出したと言われる蒼井優の「今日も かき氷」(マガジンハウス)。2011年7月に初版が発行されている

 ブームが加速したのは2011年の夏。その要因は2つある。まず女優の蒼井優が「今日も かき氷」(マガジンハウス)を出版したこと。この本は、雑誌「カーサ ブルータス」の連載をベースにした内容だが、こだわりのかき氷が食べられるお店が全国にたくさん存在することを多くの人に印象付けた。加えて、自然体で活動を続ける彼女のキャラクターは、若い女性からの好感度が高く、彼女と同じようにかき氷を食べ歩く女性を増やしたであろうことは言うまでもない。

 もう1つの要因は東日本大震災である。2011年の夏は、全国的に電力不足が叫ばれ、省エネが推奨された。自宅のエアコンにスイッチを入れることに罪悪感があったことは記憶に新しい。そんな中、手軽に涼を取れるものとしてかき氷が見直されたのだ。これも現在のかき氷ブームにつながっている。また、同じころ台東区の「ひみつ堂」が店舗をオープンし、その後も世田谷区の「和キッチンかんな」、港区の「yelo(イエロ)」など現在の人気店が次々に続いた。

 現在は首都圏だけでなく関西や中部にも通年でこだわりのかき氷を提供するお店が増えている。ブームは全国に広がっている。

■変更履歴
初出では「阿左美冷蔵」を「阿佐美冷蔵」と記載しておりました。お詫びして修正いたします。

氷を“ゆるめる”ことがおいしさの秘密?

 ブームの流れを時系列に紹介してきたが、かき氷そのものに進化がなければこれほどまでのブームにはならないだろう。昔のかき氷との違いはどこにあるのか?

 一番の違いは、フワフワで口どけがいい氷の食感かもしれない。“かもしれない”と書いたのは40代以降の年配の方からすると「懐かしい」と感じる可能性があるからだ。実は、かつてかき氷の多くはこの食感に近いものだった。ただし、せっかくフワフワに削った氷をこぼさないようにとお店の人や親に手でつぶされた記憶のある人も多いのではないだろうか。一方、30代よりも若い世代では、フワフワの氷を生まれて初めての食感と感じることが多いらしく、人気店の店内では「なにこれ!」と目を丸くしている人を見かける。

 世代間で食感のとらえ方が違うのは、かき氷の作り方にある。40代以降なら、現在の人気店と同じように、幅や高さが10センチ以上あるブロック氷を回転させて刃物で削って作ったかき氷を記憶しているはずだ。ところが1970年代以降、一般家庭の冷蔵庫でも作れる幅数センチの角氷(キューブ氷)でもかき氷が作れる機械が浸透した。こちらは氷を削るというよりも細かく砕いているので、食感としてはフワフワではなくサクサクしたものになる。若い世代にとっては「かき氷=サクサクした食感」というイメージになっているのだろう。

フワフワの食感のかき氷は、ブロック氷を刃物で削ってつくる。sasaki106/PIXTA(ピクスタ)
フワフワの食感のかき氷は、ブロック氷を刃物で削ってつくる。sasaki106/PIXTA(ピクスタ)

 また、最近は口どけを考慮して、氷の温度に気を使っているお店がほとんど。氷の温度は冷凍庫から取り出した状態では、冷凍庫の温度とほぼ同じという。一般に冷凍庫の温度はマイナス18度前後で、このままかき氷を作ると氷が冷たすぎて口どけが悪い。そこで、冷凍庫から取り出したブロック氷を一度、冷蔵庫に移すなどしてマイナス3度前後に“ゆるめる”作業が必要になる。こうして温度管理された氷でかき氷を作ると、口どけがよく頭がキーンとなり難いのだ。

 ちなみにかき氷店が使う氷には、大きく天然氷と純氷の2種類がある。天然氷とは、文字通り自然の力で作った氷だ。冬場に専用の池に水を張り、徐々に凍らせていく。厚さが15センチ前後になったら池から切り出して、大切に保存する。一方の純氷は機械で作る氷。ただし、製法は時間をかけてゆっくり凍らせるなど、家庭用冷蔵庫で角氷を作るのとは大きく異なっている。

 天然氷と純氷の違いは主に味に出る。純氷はほぼ水だけを凍らせるので無味無臭なのに対して、天然氷はミネラル分を含む沢の水や湧水をそのまま凍らせるので甘みを感じる人が多いらしい。シロップをかけないで氷だけを食べ比べれば、多くの人が天然氷と純氷の違いを認識できるレベルという。とはいえ、シロップをかけてしまうとその違いは分からなくなってしまうケースも多いようだ。

多種多様なシロップが楽しめる!

 氷の食感に加えて、かつてのかき氷と決定的に違うのがシロップだ。

 かつてのシロップといえば、イチゴ、メロン、レモンなどフルーツ系がメインだったが、実は無果汁のものが多かった。こうしたシロップも十分おいしいのだが、例えば人気店のイチゴのシロップを食べてみると、その果汁感・果実感に驚くはずだ。新鮮なフルーツをおいしく味わっているという感覚。まるで高級なジャムを食べているようで、スプーンを持つ手が止まらなくなってしまう。

 ティラミスなどドルチェ系のシロップも主流になっている。食べてみると分かるが、これが驚くほどティラミスなのだ。このほかお店によっては、ヨーグルトを使ったシロップやお酒を加えた大人のシロップを用意しているところもある。野菜で作ったユニークなシロップを提供するお店もある。シロップはお店によって違うので、これが食べ歩きの楽しさを倍増させている。

ティラミスのかき氷(左)と、いちごヨーグルトのかき氷(撮影協力/和キッチン かんな、撮影/中村宏)

 通年でかき氷を販売している人気店では、食べごろの旬の食材を使ったかき氷が食べられるのも魅力だ。こうした食材を期間限定のメニューとして提供しているお店はとても多く、こちらはリピーターを増やすのに貢献している。

 最近はホイップやエスプーマといったシロップが流行っているという。ホイップやエスプーマは軽いので、フワフワの氷を崩すことなく盛り付けられるのがメリット。さらにかき氷というより氷菓と呼ぶほうがふさわしいかもしれないが、外見がケーキに見えるかき氷なども登場している。

 シロップの工夫によってもかき氷は進化を続けている。それがブームをけん引していることは明らかだ。その一方で、前述した昔ながらのシロップを使ったかき氷を用意しているお店もまだまだ多数ある。かき氷という一言ではくくれない多様性が、現在のかき氷には存在している。これが多くの人をかき氷に走らせているのだ。

海外も注目する日本のかき氷

 氷の食感とシロップの工夫で、現在ではすっかり定着した感のあるかき氷ブーム。今後もユニークなかき氷が登場するなどして、人気は加速するだろう。例えば昨年、台湾の人気かき氷店「アイスモンスター」が上陸して表参道に大行列を作った。アイスモンスターをきっかけにかき氷に興味を持った人も増えたのではないだろうか。

 冒頭のかき氷コレクションを主宰する、イベントの企画・製作などを手がけるフィッシュレコードの代表取締役、小池隆介氏は、「現在のかき氷の多様化をしっかりと受け止めて、さらにかき氷を広めていきたい」と語る。日本のフワフワ食感のかき氷は外国人にも人気で、フレンチやイタリアンのデザートとしても注目されており、実際に輸出も始まっている。その一方で、地方の製氷業者などが設備投資ができずに廃業するケースもあるという。「かき氷に関わるすべての業界を盛り上げるために、今後は国や地方自治体の支援が不可欠になる」(小池氏)。

 明治以降、庶民を楽しませてきたかき氷。「日本からかき氷がなくなることはないでしょう」と小池氏。今年の夏はどんなかき氷が話題になるのだろうか? 今から楽しみだ。

天然氷の蔵元「松月氷室」を訪ねて
 まだまだ肌寒い3月上旬、栃木県日光市にある天然氷の蔵元、松月氷室を訪れた。自然の力で凍らせた天然氷を食べたいという人々の興味が現在のかき氷ブームの背景のひとつにあるのは間違いない。
明治27年創業の松月氷室。夏場にはかき氷を求める人で行列ができる
明治27年創業の松月氷室。夏場にはかき氷を求める人で行列ができる


 お店は営業していると聞いていたが、「こんな寒い日に日光までかき氷を食べに来る人がいるのだろうか?」と思っていた。だが実際にお店に入ると先客がいた。若い女性のグループで、かき氷を口に入れるたびに「オイシー!」と叫んでいる。そんな彼女たちを笑顔で接客していたのが、今回取材に応じてくれた松月氷室の代表取締役、吉新昌夫氏だ。実は日光には天然氷の蔵元が3カ所もある。

 「昔は日光を観光して、そのついでにかき氷を食べにきていたが、今は逆転してしまった。日光でかき氷を食べて、そのついでに日光を観光していく」と、昨今のかき氷ブームの盛り上がりを冗談交じりに話す。

 全国に数カ所しか蔵元がないのになぜ日光に集中しているのだろうか。

 「日光は氷を作るのに適した土地。関東平野の山沿いは雪や雨があまり降らないのに寒い。これが天然氷を作るのに理想的」(吉新氏)と解説してくれた。

 実は天然氷にとって雪や雨は天敵。せっかくの天然氷に不純物が混じってしまったり、透明度が低くなる原因になるからだ。

 天然氷作りは9月下旬から始まる。専用の池とその周囲の掃除、氷室の修繕、水源の整備など準備段階から忙しい。12月に入ると水が凍るようになるが、まだまだ寒さが安定しないため割って捨ててしまう。そして12月下旬のクリスマスのころから寒さが安定する。ここからが勝負だ。

 「無風で池が全面結氷する日をひたすら待つ。なぜ無風かというと木の枝などが池に落ちていないから。落ちていたらやり直し。割って捨てるしかない」(吉新氏)。

 氷は1日に約8ミリ~1センチ程度成長する。数日経って、厚さが4センチから5センチになればしめたもの。ここまで厚くなれば、人が氷の上に乗ることができる。乗れれば雪や木の枝などを掃いて掃除できるようになる。それでも途中で大雨が降ったりすれば割って捨てるしかないという。無事に15センチまで氷が成長したら切り出して、氷室や冷凍庫に保存する。
天然氷を切り出しているところ(写真提供/松月氷室)
天然氷を切り出しているところ(写真提供/松月氷室)
冷凍庫に保管されている天然氷
冷凍庫に保管されている天然氷
 実際には一つの池で2回切り出す場合が多い。1回目に切り出した天然氷を一番氷、2回目を二番氷と呼ぶという。例年であれば1月10日前後に1回目を切り出し、1月下旬から2月上旬に2回目の切り出しを行う。

 「今年は1月22日に1回目を切り出した。いつもよりも10日くらい遅かったけど、2月に無事2回目も切り出せた。これだけ取れれば、十分に夏の需要にも応えられる」(吉新氏)。

 今年の夏も松月氷室の天然氷が楽しめそうでひと安心した。

 取材の後半にかき氷をごちそうになった。フワフワの食感と口どけがたまらない。しかも温度管理された氷なので、次々口に運んでも頭がキーンとしないどころか、体がまったく冷えないのに驚いた。
松月氷室のかき氷。「きな粉とホイップミルクのかき氷」(左)、「生メロン」(写真提供/松月氷室)。このほか吉新氏が「かき氷の本来の姿」と話す、昔ながらの駄菓子屋のかき氷も提供している

(文/渡貫幹彦=日経トレンディネット)

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