つぎつぎと新しい手土産やスイーツが生まれる東京の原宿・表参道エリア。そんな注目のエリアでじわじわと話題になっているスイーツが、2018年2月に発売された「RingoRing(リンゴリング)」だ。輪切りにしたりんごに衣をつけて揚げており、見た目はドーナツのよう。だが、口に入れるとりんごの酸味が広がり、想像よりもさっぱりとした味わいだ。

 リンゴリングを扱うカフェ「the AIRSTREAM GARDEN(エアストリームガーデン)」の小野正視氏は「売り上げは当初の想定の5倍ほど。手土産用に数個まとめて買っていく人も少なくない」と話す。だが、リンゴリングという商品そのものよりも注目を浴びているのが、商品をプロデュースした大学生・辻愛沙子氏だ。

「RingoRing」(税込み350円)。輪切りにして紀州梅入りのフルーツビネガーとはちみつに漬けたりんごに衣をつけて揚げている。表参道ヒルズの裏手にあるカフェ「the AIRSTREAM GARDEN(エアストリームガーデン)」(東京都渋谷区神宮前4-13-8)で販売
「RingoRing」(税込み350円)。輪切りにして紀州梅入りのフルーツビネガーとはちみつに漬けたりんごに衣をつけて揚げている。表参道ヒルズの裏手にあるカフェ「the AIRSTREAM GARDEN(エアストリームガーデン)」(東京都渋谷区神宮前4-13-8)で販売

 リンゴリングの味付けは食に関するプロが行ったものの、りんごを揚げたスイーツというコンセプトやロゴを考えたのも辻氏だという。昨今は“インスタ映え”する食べ物やスイーツが増えているが、「フォトジェニックであることはたしかに重要。でも、『1回写真を撮ったら2回目はもういい』というスイーツではなく、もう一度食べたくなる商品をつくりたいと考えた」と辻氏は語る。

 辻氏は大学に通う現役の大学生ながら、企業向けのブランディングや店頭プロモーションなどを企画する会社に勤務している。インターンやアルバイトではなく、正社員として採用されており、肩書は「デザイナー/アーティスト」。実は、辻氏は2017年夏に話題になった「ナイトプール」など人気スポットの空間デザインを手がけただけでなく、ハッシュタグを駆使してSNSでの拡散に成功した“女子大生仕掛け人”なのだ。

辻愛沙子(つじ あさこ)。1995年、東京都出身の22歳。慶應義塾大学環境情報学部に籍を置く現役大学生ながら、企業向けのブランディングや店頭プロモーションなどを企画するエードット(東京都渋谷区)に勤務するデザイナー/アーティストでもある
辻愛沙子(つじ あさこ)。1995年、東京都出身の22歳。慶應義塾大学環境情報学部に籍を置く現役大学生ながら、企業向けのブランディングや店頭プロモーションなどを企画するエードット(東京都渋谷区)に勤務するデザイナー/アーティストでもある

現在の辻愛沙子氏の情報は、関連記事「辻愛沙子が考える未来 「自分の軸を持って“越境”する」をご覧ください。

小6で留学情報を集め、中2で単身渡欧

 辻氏が“女子大生仕掛け人”となったきっかけは、幼少期にさかのぼる。小学生の頃から海外に強い興味を持ち、「小6のとき、インターネットで情報を集めて、親に留学したいと懇願した」(辻氏)。

 2010年、中学2年生で単身渡欧。英国の全寮制語学学校を経てスイスの全寮制アメリカンスクールに入学する。その後渡米し、ニューヨークで高校生活を送った。もともと絵を描いたりするのは好きだったそうだが、このころからウォールアートなどのアート制作にも積極的に取り組み始めた。2014年9月、大学に入学するために帰国。当初は学生生活を満喫していたというが、「海外留学時の友人のアグレッシブさに影響を受け、課題を発表するだけの学生生活に物足りなさを感じるようになった」と辻氏は振り返る。

留学時代の辻氏。2009年、スイスの全寮制アメリカンスクール時代の友人と撮影
留学時代の辻氏。2009年、スイスの全寮制アメリカンスクール時代の友人と撮影

 今の自分にできることはないか。そう考えた辻氏は、学業のかたわらアパレル企業でプレスとして働き始める。思い立ったら即実行する。そうした行動力は、留学を決めた幼少期から芽生えていたのだろう。ファッションだけでなく、映像制作に興味を持った時期もあったというが「積極的に見ようとしていない人にまでメッセージが届く広告という業界に次第に興味をひかれるようになった」(辻氏)。

 そんななか、現在の勤務先であるエードットに出合ったという。当初はインターンとして働いていたが、辻氏の姿勢に共感した同社が、学生でありながら正社員として採用する「学生社員」という枠を新設。2017年4月に正式に入社したという。

ハッシュタグをさりげなく「誘導」

 辻氏が手掛けた代表的なプロジェクトが、2017年夏に東京・お台場で開催された期間限定のプールイベント「お台場ウォーターパーク」の空間デザインだ。ここ数年、夜間にライトアップされたプールが「ナイトプール」と呼ばれ、若い世代を中心にフォトジェニックなスポットとして人気を集めている。「プールは写真を撮りに行く場所」(辻氏)と考え、イベント会場に設置されたコンテナをフォトブースとしてデザインした。

2017年7月15日~8月31日まで東京・お台場で開催された期間限定のプールイベント「お台場ウォーターパーク」。辻氏はフォトブースの企画、デザイン、アートディレクションを担当
2017年7月15日~8月31日まで東京・お台場で開催された期間限定のプールイベント「お台場ウォーターパーク」。辻氏はフォトブースの企画、デザイン、アートディレクションを担当

 中に入った人が自由に撮影できるように、無人型の設計に。鏡の前に「#Selfie(自撮り)」というハッシュタグを入れて撮影を促したり、コンテナの隅のデッドスペースにバスタブを置いて空間を無駄なく使ったという。「ハート形の鏡は、斜めから撮影したときに瞳の中にハートが写り込むように計算した」(辻氏)という。コンセプトや下絵は自ら描き、ブース内に置いた家具もインターネットや量販店を回って探した。

辻氏がデザインしたハート形の鏡
辻氏がデザインしたハート形の鏡
フォトブースの一部でポーズを取る辻氏
フォトブースの一部でポーズを取る辻氏

 ここでも辻氏はSNSでの拡散を意識。インスタグラム投稿時に大量のハッシュタグをつけるというのが若い世代のトレンドになっているが、「それぞれが自由に好きな言葉を入れてしまうので、何かを提案する必要がある」と辻氏は考えたという。だが、「#〇〇を付けて投稿してください」といった呼びかけは、押し付けと取られ、かえって敬遠される可能性がある」(辻氏)。そこで、お台場ウォーターパークの頭文字を取った「#OWP」というハッシュタグを提案。いろいろな場所に書き込み「投稿時にはこのタグを付ければいい」と観客に刷り込むことで、さりげなく誘導した。

コンテナの外壁に描かれた「#owp」の文字。フォトブースの外壁にもイラストを描き、中に入らなくても撮影を楽しめるようにした
コンテナの外壁に描かれた「#owp」の文字。フォトブースの外壁にもイラストを描き、中に入らなくても撮影を楽しめるようにした

 また、ハッシュタグは投稿の内容を検索する際にも役立つ。検索すべきハッシュタグを一つに絞ることで、イベントを主催する側も来場者の反応を簡単に検索して見ることができるのだ。辻氏によると、2カ月半のイベント期間中、「#OWP」のハッシュタグを使ったSNSへの投稿数が約2万件に上ったという。

ハマったアプリでアイドルのMV製作も

 次々と話題のスポットや商品を手がけ、拡散時の誘導も積極的に仕掛ける辻氏。そんな彼女が今、ハマっているのが動画撮影・投稿アプリ「Tik Tok(ティックトック)」。中国で2016年にリリースされ、2017年夏に海外での展開がスタートした。15秒間の“口パク”動画が作れるアプリで、撮影時間も視聴時間も短いという手軽さから10代を中心に支持されているという。

 Tik Tokを自らも使いこなすという辻氏は、2018年3月にリリースされたアイドルのミュージックビデオも制作。プランナーとして企画や演出を手がけた。メンバーそれぞれの自撮りや、辻氏が自ら撮影するなど、iPhone一台で作り上げたという。「現在も新しい映像の仕事を企画中」と辻氏は話す。

辻氏が撮影したアイドルユニット・夢見るアドレセンス「桜」のミュージックビデオ



 新しく開業する商業施設や映画館、イベント会場などにもフォトスポット、フォトブースは増えている。そこにさりげないけれど妙に目につくハッシュタグを見つけたら。それは辻氏の“仕掛け”かもしれない。

■変更履歴
辻愛沙子氏の勤務するエードットからVRアトラクション「バハムートディスコ」に関する記述について事実認識に齟齬があったとの申し出があり、「バハムートディスコ」に関する記述を削除いたしました。[2018/04/13 22:59]

(文/樋口可奈子)

■変更履歴
記事のタイトルを「「女子大生仕掛け人」辻愛沙子が語るSNSの仕掛け方」から「「現役女子大生仕掛け人」辻愛沙子が語るSNSで拡散させるコツ」に変更しました[2019/12/16 17:30]
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