人気のクラフトビールをけん引役として、ビールが若者の間でも再評価され始めている。その背景には、100種近くから自分好みを探す、一期一会を味わう、カクテルとして楽しむ、既存銘柄の潜在的な魅力を引き出すなど、「ビールの楽しみ方の多様化」があった。

酒屋の店頭で気楽に飲める安上がりな「角打ち」

 ビールの楽しみ方が、これまでにないほど多様化している。

 以前、居酒屋などで「ビール」を飲もうとすれば、大手ビールメーカー数社の銘柄から選ぶしかなく、バーなどでも、選択肢にいくつかの海外ブランドが増えるだけだった。しかし、数年前からのクラフトビールのブームを契機として、飲み手のビールの選択肢は一挙に広がった。

 この「ビールの選択肢」を最大限に広げる飲み方が「角打ち」だ。

 「角打ち」とは、酒屋で購入した酒をそのまま店内で飲むスタイル。東京都渋谷区恵比寿西の酒屋「山本商店」は、代官山の近くという場所柄、おしゃれな大人の男女が集う「角打ち」である。同店の山本善一氏は言う。「角打ちを始めたのは、二代目社長の父が店を改装した10年ほど前からです」

 駒沢通り沿いの持ちビルの地下1階の店舗には、禁煙の店内に10人弱のカウンター席があり、店の前、階段下の吹き抜けのスペースにも机が並べられ、喫煙可の立ち飲みエリアとなっている。

山本商店の山本善一氏
山本商店の山本善一氏
地下1階の店の前は、吹き抜けの立ち飲み空間。たばことビールを一緒に楽しめる
地下1階の店の前は、吹き抜けの立ち飲み空間。たばことビールを一緒に楽しめる

 1日の客数は10組から20組。人気が高く、満席も珍しくないので、予約する客も多い。

 メニューは、生ビールやホッピー、ハイボールなどが安価で提供されているが、集う客たちのお目当ては、店内で購入し、その場で飲めるビールやワインだ。クラフトビールを含む世界各国の輸入ビールは100種類近くあり、価格も200円から800円と幅広いラインアップから自分好みのビールを探すことができる。

店の奥にある陳列棚の上2段すべてが、100種類近くの輸入ビールで埋め尽くされている
店の奥にある陳列棚の上2段すべてが、100種類近くの輸入ビールで埋め尽くされている

 「聞かれればアドバイスしますが、それぞれの好みや目的があるので、順番にいろんな銘柄を飲まれたり、ラベル買いしたりと、ご自身で選ばれるお客様が多い」(山本氏)という“選び方”もさまざまなら、ビールの“楽しみ方”もいろいろだ。

 ボトルのまま飲む人もいれば、グラスに注ぐ人もいる。冷えたのを好む人、常温が好きな人。焼き鳥の缶詰を温める人、そのまま食べる人。たばこを吸いながら外で楽しむ人、店の中で飲んで、吸いたくなったら外に出る人など、まさしく多種多様な楽しみ方ができる。

 ビールはもちろん、スナックから乾き物、缶詰まで、おつまみも店の売価で購入できて、「スポーツバーで飲むときの半値以下で飲める」(山本氏)という“安さ”も大きな魅力だ。

軽めの味わいのボストンの地ビール「SAMUEL ADAMS」とエンジンオイルのように真っ黒な「OLD ENGINE OIL」。つまみは、生ハムとピスタチオと温めた焼き鳥の缶詰
軽めの味わいのボストンの地ビール「SAMUEL ADAMS」とエンジンオイルのように真っ黒な「OLD ENGINE OIL」。つまみは、生ハムとピスタチオと温めた焼き鳥の缶詰

 広がりつつある「角打ち」の魅力について、山本氏はこう語る。「うちを『大人の駄菓子屋さん』とか『自分ちの冷蔵庫』と言う人もいます(笑)。気張らないで、自由に、自分の好みと予算に合った飲み方のスタイルを探してもらえればいいんじゃないですか」

製造所直送、週替わりでまったく違う味わいのビールが飲める店

 マイクロブルワリーで醸造されたビールとの「一期一会」を楽しむ店も増えつつある。東京都調布市のジャクソンホールもそんな店の一軒だ。

 「お一人様から大人数、若い方からお年を召した方まで、お客様はバラエティーに富んでいますが、今も『NANA』のファンの方がいらっしゃいます」と新井克至店長が言うように、同店は1999年に開店してまもなく「行列のできる店」となった。理由は、矢沢あいの大ヒット漫画『NANA』に実名で登場し、ファンの聖地となったからだ。

甲州街道沿いにあるワイオミング・バー「ジャクソンホール」
甲州街道沿いにあるワイオミング・バー「ジャクソンホール」
ジャクソンホールの新井克至店長
ジャクソンホールの新井克至店長

 2008年、現在の甲州街道沿いに移転した頃から、クラフトビールを充実させ始め、瓶10種類、たる生3種類のクラフトビールをそろえる今は、おいしい酒と料理を求める客層がメインだ。そんな舌の肥えた客に人気なのが、同店オリジナルの自家醸造ビール「セント・ロビンソン」だ。

瓶詰めされた「セント・ロビンソン」と漫画『NANA』にも登場した一番人気のフード「ジャクソン・バーガー」
瓶詰めされた「セント・ロビンソン」と漫画『NANA』にも登場した一番人気のフード「ジャクソン・バーガー」

 この自家醸造ビールの誕生について、ジャクソンホールのオーナーの池森薫氏は「『クラフトビール』という言葉がまだなかった頃、日本の『地ビール』はおいしくなかった。『アメリカのクラフトビールのようにラベルがかわいくて、中身がおいしいビールをつくりたい』と思って挑戦しました」と当時を振り返る。

 2015年、池森氏は栃木県のマイクロブルワリーで3カ月間修業して、ビールの醸造に必要な免許を取得し、同年6月、ジャクソンホールから徒歩15分ほど新宿側に寄った甲州街道沿いにマイクロブルワリー「調布ビアワークス」をオープンした。

 この醸造所には、200リッターの醸造タンクが2本あり、「以前は料理人、今は醸造家です」という池森氏によって、それぞれ別々の味で、オリジナルのビールが醸造され、「セント・ロビンソン」の名でジャクソン ホールで提供される。

「セント・ロビンソン」のマイクロブルワリー調布ビアワークス
「セント・ロビンソン」のマイクロブルワリー調布ビアワークス
醸造タンク2本では、それぞれ別の味の自家ビールが醸造されている
醸造タンク2本では、それぞれ別の味の自家ビールが醸造されている

 工場には5人ほどが並べるカウンターも併設され、週4日の営業時間内は始終満席。1つのタンクはほぼ1週間で飲み切られるため、例えば、5種類のモルトがブレンドされた「ルビーエール」、3種のモルトとホップにラベンダーを漬け込んだ「ラベンダーハーブエール」、ひのきの香りを抑えてホップを強調した「檜のセッションIPA」など、毎回、個性豊かに醸造されたビールは、たとえどんなに気に入ろうとも、基本的に2度と同じ味には出合えない「一期一会」の味わいとなる。

 「私は自由が好きなんです。ビールはお酒づくりの中でも最もフリースタイルですし、飲み方もフリースタイル」と言う池森氏の店は、それぞれで違う。「“お酒とたばこを楽しめる”という雰囲気も好きなので『ジャクソン ホール』は喫煙、『調布ビアワークス』はビール専門で、香りも大事なので禁煙です」(池森氏)

 最後に、これからの展望について尋ねると、池森氏は笑顔で答えた。「みなさん、ワインみたいに味わうおいしいビールの魅力をあまりご存じない。これからも、スタッフが本心から『うちの店のビールは世界一うまい』と思えるようなビールをつくるために、もっと勉強したいですね」。

バナナやチョコレートと出合ってビールが生まれ変わる

 ビールが苦手な人にもビールを楽しんでもらおうという店もある。2011年8月にオープンした東京都目黒区の中目黒ビヰルキッチンだ。

 カウンターも合わせて30席で、ディナーだけの営業で、1日40人から80人、土日には100人超の客でにぎわう。その名の通り「ビール」と「料理(キッチン)」のおいしさが自慢の店で、2017年1月からは料理を500円と1000円というリーズナブルな価格に統一した。そのとき、同時に始めたのが、ビールが苦手な人にも楽しんでもらうための「ビア・カクテル」の充実だった。

東京都目黒区の「中目黒ビヰルキッチン」
東京都目黒区の「中目黒ビヰルキッチン」

 同店では、世界各国のクラフトビール24種類をそろえ、700円、800円前後の価格で提供している。

「中目黒ビヰルキッチン」の店内。冷蔵庫の中にはヨーロッパを中心としたクラフトビールがずらりと並んでいる。店内喫煙可
「中目黒ビヰルキッチン」の店内。冷蔵庫の中にはヨーロッパを中心としたクラフトビールがずらりと並んでいる。店内喫煙可

 中目黒ビヰルキッチンの川村芳大店長は言う。「中目黒という土地柄、芸能人や美容師、夢を追いかけている人など、クリエイティブ系やアーティスト系のような『お酒も自分のファッションの一部』というお客様が多い」。同店の料理やドリンクなどをプロデュースしている重光則和ディレクターも続ける。「30代から40代半ばの女性が6、7割で、欧米人の旅行者や常連もかなり多く、お客様の感度は高い」

「中目黒ビヰルキッチン」の川村芳大店長(写真左)と飲食店のプロデュースやコンサルティングなどを行う「WILD LIFE」の重光則和ディレクター
「中目黒ビヰルキッチン」の川村芳大店長(写真左)と飲食店のプロデュースやコンサルティングなどを行う「WILD LIFE」の重光則和ディレクター

 そんな客層にもっとビールを楽しんでもらうために、同店では、レッド・アイ、シャンディ・ガフ、ビアスプリッツァー、ブラック・ベルベット、トロイの木馬などといった定番のビア・カクテル7種類に加えて、新たに9種類(うち1種類は日替わり)のオリジナルを開発し、合計17種類のビアカクテルがメニューに並ぶ。ベースとなるビールは、ハートランド、スタウト、セッション・エール、ゴールデン・エールの4種類。

 「チョコとバナナは合うから、キャラメル香がする黒ビールの『スタウト』がいいね、という感じで、味覚と色合いと感覚で決めていきました。女性にはバナナとチョコレート、色がきれいなライチとグレープが人気で、夏にはマンゴーとパインのビアカクテルが出ると思います」(重光氏)

オレンジジュースで炊き上げたオレンジパエリア(1人前、1000円)とオリジナル・ビア・カクテル。左から、スパイシーなイタリアンレッドアイ、夏にぴったりのマンゴーパイン、女性人気ナンバーワンのカカオバナナ、ビールの苦手な女性にも好評のライチグレープ
オレンジジュースで炊き上げたオレンジパエリア(1人前、1000円)とオリジナル・ビア・カクテル。左から、スパイシーなイタリアンレッドアイ、夏にぴったりのマンゴーパイン、女性人気ナンバーワンのカカオバナナ、ビールの苦手な女性にも好評のライチグレープ

 重光氏は言う。「ビールカクテルは、苦手な人もビールが好きになる可能性を秘めていて、その多様性は無限大ですから、これからもチャレンジしていきたい」

注ぎ方の違いでスーパードライの味を変化させる達人技

 銘柄の選択肢はただ1種類、既存銘柄なので自家醸造のような味の変化はなく、カクテルのように他のものと混ぜるわけでもない。なのに、驚くほど多様なビールの飲み方が楽しめる店が、東京都中央区銀座の「ピルゼンアレイ」だ。同店で出される酒は「アサヒ スーパードライ」だけ。では、どのようにして多様な楽しみ方ができるのか。その答えは、オーナーの佐藤裕介氏の「注ぎ分け」にある。

東京都中央区銀座の「ピルゼンアレイ」
東京都中央区銀座の「ピルゼンアレイ」
「ピルゼンアレイ」オーナーの佐藤裕介氏
「ピルゼンアレイ」オーナーの佐藤裕介氏

 佐藤氏が注ぎ方を変えるだけで、たる生の「アサヒ スーパードライ」は3つの全く違う味わいを表現する。そのうまさと不思議さが噂を呼び、「アサヒ スーパードライ」の好き嫌いは問わず、都内からの常連はもちろん、全国から“ビール好き”が訪れる。

 2014年2月、佐藤氏は、酒と料理が楽しめる60席の1号店『ブラッセリー ビア ブルヴァード』を新橋にオープンした。経営が軌道に乗ると、佐藤氏は「王道のビールの楽しみ方」を探求するべく、2015年12月、「ピルゼンアレイ」をオープンした。「銀座の1階という条件で、注ぎたてをお客様の前にぽんと置ける店をコンセプトにしました」(佐藤氏)という同店は、カウンターのみで、10人も入れば満席となる。

カウンターでは、すべての客が佐藤氏と彼の注ぐビールに対峙することになる。店内は禁煙
カウンターでは、すべての客が佐藤氏と彼の注ぐビールに対峙することになる。店内は禁煙

 佐藤氏が注ぎ分けを始めたきっかけは、前職の広告会社勤務時代、世界中のビールの注ぎ方を研究したことだった。

 「チェコ、ドイツ、オーストリア、オランダのラガー、イギリス、アイルランドのエール、アメリカのクラフトビールなど、世界にはそれぞれにビール文化がありました。日本のビールメーカーは1つの注ぎ方しか教えないけれど、実際にはいろんな注ぎ方があり、すごく面白かった。1つのビールを1つの注ぎ方に縛るのは、その本質を知らせる手段としてはどうかと思い、注ぎ分けを始めました」(佐藤氏)

 実際、どんな注ぎ方でどのような味わいになるのか、解説してもらった。

佐藤氏は3つの注ぎ方を丁寧に解説してくれた
佐藤氏は3つの注ぎ方を丁寧に解説してくれた

 1つ目は、日本の標準的な注ぎ方。まずグラスに液体だけを注ぎ、そこにクリーミーな泡を乗せる。「液体に強い炭酸感が残るのが特徴で、『シャープ注ぎ』と呼んでいます。喉越しを重視した注ぎ方で、アルバイトやパートの人でも簡単に覚えられますが、おなかの中で炭酸が出るため、げっぷが出やすく、おなかが張るデメリットもあります」(佐藤氏)

 2つ目は、佐藤氏がチェコで見た方法を洗練させた「佐藤注ぎ」。初めにグラスにクリーミーな泡を少しだけ入れ、それに反応させて泡を立てながら液体を一気に注ぐ。「そうすることで、ふんわりとした泡ができ、適度な炭酸の抜けでビールの味が感じやすくなり、げっぷも出にくく、おなかも張りにくくなりますが、炭酸感は多少落ちます」(佐藤氏)

 3つ目は、新橋のビアホールレストラン「ビアライゼ'98」の名サーバー松尾光平氏に敬意を表して「松尾注ぎ」と呼ばれる注ぎ方。泡立てながらグラスに注ぎ、時間をかけて炭酸を抜きながら、2回に分けて注ぐ。「液体のビールから炭酸ガスをしっかり抜くことで、味を何倍にも引き出せますが、喉越し感は弱くなります」(佐藤氏)

 ビールに喉越しを求めるなら「シャープ注ぎ」、味わいを求めるなら「松尾注ぎ」、両方の絶妙なバランスを楽しみたいなら「佐藤注ぎ」と、同じスーパードライでも、注ぎ分ければまったく異なる楽しみ方ができた。佐藤氏は言う。「ビールを飲む人が年2%以上減っている近年、『ビールはおいしい』と思ってもらえる体験がないと、その先はありません。

 クラフトビールの幅の広さに多様性があるように、スーパードライのなかにも多様性があります。フローズン生やビアカクテルもいいですが、世界の7、8割を占める金色のラガータイプの『ピルスナー』を王道の飲ませ方でおいしいと思ってもらいたい……その方法の1つが『注ぎ分け』です」

 酒屋で飲む、一期一会の出合いに酔う、フルーツやフレーバーとマッチングする、注ぎ方で味わいを変える……これほど多様化したビールの楽しみ方を堪能できる今こそ、ビール好きはもちろん、ビールが苦手だった人にとっても、ビールの魅力を再確認できるチャンスといえるだろう。

(文・写真/佐保圭=フリー・ライター)

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