『おそ松くん』は、まったく同じ顔をした6つ子のおそ松、カラ松、チョロ松、一松、十四松、 トド松が主人公の、赤塚不二夫による名作ギャグマンガだ。6つ子のほか、一世を風靡した「シェ―」でおなじみ、出っ歯のイヤミや、チビ太、デカパンなど強烈なキャラを覚えている昭和生まれの人も多いだろう。

 そんな昭和の時代に「おそ松“くん”」だった彼らが、時をへて全員ニートのダメな大人「おそ松“さん”」になって平成の現代に帰ってきたという設定で、赤塚不二夫生誕80周年記念として制作されたアニメ『おそ松さん』が、現在10~30代の女性を中心に大ブームになった。2015年10月に第1クールがスタートし、2016年3月29日に第2クールが終了。早くも“おそ松ロス”現象が起きている。

 『おそ松さん』で表紙や付録、特集を組んだアニメ誌『アニメディア』(学研プラス)、 『PASH!』(主婦と生活社)、『アニメージュ』(徳間書店)は軒並み完売。重版がかかるほどの人気になった。キャラクターグッズは、作中でおそ松たちが着ているものと同じパーカーから、定番のキーホルダー、ポーチやスマホケースなど、全種類を把握するのは不可能なほど数多く製作されており、どれも非常によく売れているという。数量限定販売の商品は瞬時に完売となることも多い。

 野球日本代表「侍ジャパン」とコラボした3月5日(土)、6日(日)の「日本通運 presents 侍ジャパン強化試合 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」では観戦席チケット「おそ松さんシート」が即完売。池袋ナンジャタウンや渋谷のタワーレコード、渋谷パルコ、東京スカイツリーなどとコラボしたカフェでは、キャラクターをイメージしたメニューやここでしか買えないグッズを求めて連日長蛇の列 ができた。2016年2月23日~3月14日まで行なわれたファミリーマートとのコラボ企画による、クリアファイルのプレゼントキャンペーン「ファミリーマート×おそ松さん ファミリーマートのホワイトデー プレゼントキャンペーン」は、午前7時の開始とともに早朝からクリアファイルを求める人が続々来店し、当日の午前中にはほとんどの店舗で品切れとなったという。

  かわいらしくはあるが、わかりやすいイケメンの絵柄ではないし、何がそんなに女性たちを惹きつけるのか疑問に思う人も多いだろう。子どものためにグッズ集めに走り回る親世代の中には、そこまで熱中する気持ちが分からないという人もいると思う。

声優の魅力、すぐれたキャラクターデザイン、SNSに支えられる人気

 おそ松さんの魅力のひとつは非常に豪華な声優陣だ。6つ子の声優はおそ松を櫻井孝宏、カラ松を中村悠一、チョロ松を神谷浩史、一松を福山潤、十四松を小野大輔、トド松を入野自由が務めている。それぞれが主役を張れるほどの人気と実力の持ち主で、製作発表の段階からファンの間では大きな話題となっていた。売れっ子の彼らが1つの作品で顔を合わせること自体、ハリウッドを代表するトップ俳優が集った超大作『オーシャンズ11』なみに奇跡的なことなのだ。ちなみに『オーシャンズ』シリーズ同様、『おそ松さん』もキャスト同士の仲がいいこともファンにとっては楽しめるポイントだ。

 ヒットの要因のひとつに先述した“イケメンではない絵柄”もじつは大きく関係している。シンプルで洗練された線で描かれるキャラクターデザインは、いわゆるアニメ絵が苦手な人にも抵抗なく受け入れられ、ふだん熱心にアニメを見ない層も取り込んだ。また、イラストやマンガを真似て描くのにチャレンジしやすく、自分の「好き」という気持ちを表現しやすい。TwitterやPixiv(イラスト投稿に特化したSNS)には日々、刻々と作品が投稿されている。 SNS特有の即時性のあるつながりは、新たな情報や「好き」という気持ちの共有に一役買っており、さらなる熱を生み出す。公式発表される新着情報や画像は瞬時に拡散され、広くファンの知るところとなる。また、すぐれた作品はどんどんリツイートされ多くの人に読まれ、多数の「いいね!」を集めていく。番組の公式Twitterアカウントのフォロワー数は42万を超え、Pixivで『おそ松さん』タグのついた作品数は10万を超えており、尋常ではない人気の高さがうかがえる。

“ニートでクズ”の持つリアリティーが人を惹きつける

 『おそ松くん』では全員同じ顔で見分けがつかず、それゆえのギャグやストーリーが成立していた6つ子が、みんな強烈な個性を持ったことが『おそ松さん』の大きなポイントだ。 それぞれメンバーカラーがあり服の色でも見分けることができるが、性格はもちろん、顔つきや姿勢、細かいセリフに至るまで特徴があるので、ひときわ愛着の湧く「推し松(6つ 子のうちのお気に入り)」ができる。これまで数多く作られてきたイケメンが甘い言葉をささやくようなアニメに食傷気味だった女性ファンにとって、6人全員がニートでクズというリアリティーのある設定が新鮮だったこともある。それぞれキャラの立った6つ子たちが、よく練られた脚本と一流の声優の演技によっていきいきと動き回るさまに多くの女性が心掴まれているのだ。

アニメ『銀魂』を手がけた藤田監督×松原氏がシリーズ構成

 では、女性ばかりに向けたアニメなのかと言えば、そうではない。監督を務めるのは、アニメ『銀魂』でも攻めたギャグで話題になる回をたびたび世に送り出した藤田陽一氏だ。藤田監督は、コント番組やバラエティー番組に対しての敬愛の念をたびたびインタビューなどで語っている。 また、シリーズ構成を担当している松原秀氏は、以前はナインティナインのラジオ番組に ネタハガキを送る“ハガキ職人”で、その後、芸人の道にも進んだのだという。この二人が紡ぐテンポのよいギャグやシュールなストーリー、そして絶妙な“間”は、アニメというよりもコント番組を見ているかのようだ。人間が演じるコントでは制約がある部分も、アニメなら制約を超えて描けるぶん、いっそう振り切れている。内容も、たびたびダウンタウンなどのコントネタやとんねるずなどのバラエティー番組の雰囲気が散りばめられているほか、お笑いの極意について熱く語る回(第20話「イヤミの学校」)があるなど、男性やお笑い好きの人もおおいに楽しめる。

パッケージ版の売れ行きの良さで第3シーズンに期待

 また、おそ松たちが探偵になったり、イケメンアイドルになったり、ニートなはずなのに企業の面接官になったりと、赤塚原作でも多用されていたスターシステム(※2)を使用してコントを演じることで、キャラの魅力がいっそう引き立ち、深まっていく。例えば『8時だョ! 全員集合』の中で志村けんをひいき目に見ていたような気持ちで、推し松を見つけて楽しむこともできるだろう。 ストーリーのバリエーションも多彩で、多数のショートストーリーで構成されるもの(第3 話、第17話、第19話)、6つ子は一切登場せず、デカパンとダヨーンだけが登場するシュールなロードムービー(第7話)などのほか、ギャグ話の後にとつぜん「恋する十四松」(第9話)のように感涙必至の物語が組み込まれるため、毎回予想もつかない展開となっている。さらに最終回目前の24話では、“クズでニート”のはずの6つ子がそれぞれ実家を出るという衝撃の展開に。今までのギャグテイストから一転して描かれるシリアスな家族ドラマにTwitterなどネットは騒然とした。茶の間のちゃぶ台を囲んで描かれた家族の風景は、昭和の名作ドラマ『寺内貫太郎一家』をも彷彿とさせるとさえ思う。原作のイメージを壊さないまま、シュールさとギャグは現代に通じるアレンジを施した“昭和90年テイスト”でつづられる『おそ松さん』ワールド。少しでも気になった人には、一見の価値があるとはっきりいえる。

 現段階では1月29日に発売になった第1巻の初週の売り上げがオリコンチャートのアニメ部門で同時に首位を成し遂げており、また人気の高い第5話が収録されている第2巻も売れている。一般的にはDVD・BDの売り上げはその後のアニメ制作に大きな影響を与えると言われているが、今後新たなシーズン制作が発表されるかどうか。まだまだ「おそ松さん」から目が離せない。

おそ松さん 第一松
おそ松さん 第一松
2016年1月29日発売:ブルーレイディスク7344円(税込み)/DVD6264円
おそ松さん 第二松
おそ松さん 第二松
2016年2月26日発売:ブルーレイディスク7344円(税込み)/DVD6264円
おそ松さん 第三松
おそ松さん 第三松
2016年3月25日発売:ブルーレイディスク7344円(税込み)/DVD6264円

※5:赤塚不二夫公認サイトでは赤塚マンガでは「イヤミが水戸黄門になったり」するなどの「一回限りの設定が多く」使われており、「赤塚キャラは、マンガのなかでの役者と考えられていました。これを大きくは、スターシステムといいます」と解説している。


(文/榎本 志津子)

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