ここ数年、「若者は内向き志向だ」と言われている。しかしその実態をひも解いていくと、実に多くの海外挑戦者たちが存在する。グローバルで存在感を発揮する彼らの共通点は、日本流の「既成の枠」には収まらないこと。その“はみ出しっぷり”がとてつもなく魅力的なのだ。そこで今回、現在海外で活躍する日本人へのインタビューを試みた。紹介するのは、20代で日本を飛び出し、30代半ばにして海外で名をなした先達。ハリウッドで特殊メイクアーティストとして成功し、現在は芸術活動にいそしむ辻一弘さんだ。この度、辻さんは米国の第90回アカデミー賞でメーキャップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。
(※この記事は電子書籍『日経ビジネスアソシエ Special Issue 日経GLOBAL GATE 2015 Autumn』からの転載です。内容は発行当時の情報に基づいています。)

(写真提供:辻一弘、以下同)
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 子どものころに『スター・ウォーズ』の特撮に興味を持ち、その後、特殊メイクの世界に進んだ辻一弘さん。27歳で単身日本を飛び出し、ハリウッドで特殊メイクアーティストとしての名声を確立した。ところが渡米後15年にして芸術家に転身。現在は著名人のリアルな胸像で、見る者を驚かせている。日本が誇る特殊メイクの“奇才”は、なぜはみ出し続けるのか。

英語の先生の添削で海外へ自己PR

 辻さんが海外に“はみ出した”のは、自分自身の熱意に引っ張られたからにほかならない。

 特殊メイクに興味を抱いた高校時代、どうすればその世界で仕事ができるのかを知りたくて、アメリカの特殊メイクの巨匠ディック・スミス氏に手紙を送る。「アメリカにも学校はないので独学でやるのがよい」との返事をもらい、洋書などを手本にひとり学び始めた。1987年のことである。

 「高校の英語の先生に英文を添削してもらって、スミスさんとは月に1通か2通、7カ月ぐらいやり取りしたでしょうか。いまのようにメールなどない時代ですから、必死に手紙を書きましたね。自分の作品も見てもらい、アドバイスもいただいた。ついでに英語の成績も上がりました」

2001年公開の米映画『PLANET OF THE APES/猿の惑星』での、俳優ティム・ロスへのメイク風景
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 その後、スミス氏が日本のホラー映画の特殊メイクを手がけるために来日。稚拙だが熱心な手紙が功を奏したのか、スミス氏から直々に誘われ、辻さんもスタッフの一員として初めてプロの現場を体験した。「とても光栄でしたけど、当時はガチガチで、ディックさんと何を話したかも全然覚えていない」と振り返る。

 高校卒業後、日本の特殊メイクのスタジオに所属。キャリアを積みながら、本場、ハリウッドへの夢を募らせた。だが、ハードルは高かった。就労ビザが取れないのだ。会社勤めなら取得も可能だが、当時のアメリカで特殊メイクの人間を雇う会社はなかった。

辻さんは第79回、第80回(写真)のアカデミー賞にノミネートされた
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