これまで「電子レンジでチンするだけの食品」といえば、手軽だが味はもうひとつというイメージが強かった。しかしこの春を境にそのイメージが変わるかもしれない。
味の素冷凍食品は2015年8月から、小容量の冷凍総菜「きちんとおかず」シリーズ5品を、中京エリア(愛知県、三重県、岐阜県)限定で販売している。
「従来の冷凍食品は、工場で完成させたものを急速冷凍していた。『きちんとおかず』シリーズは、調理の途中段階で冷凍し、家庭の電子レンジで調理して仕上げるので、作りたての味が味わえる。冷凍食品に競合はおらず、総菜やチルド総菜がライバル」(味の素冷凍食品 家庭用事業部 商品開発グループ 金澤治氏)と自信を見せる。2016年2月18日より1都16県に販売エリアを拡大し、テレビCMを放映するなど、今後、本格的に販売を展開する。
マルハニチロは2015年から、新ブランド「ロングライフチルド」を関東・東北エリアの量販店で展開。冷蔵で流通・販売されるチルド食品は一般的に賞味期限が数日間前後だが、同ブランドの商品は45日間の保存が可能だという。2016年3月1日からはパッケージを一新し、3品を追加。“次世代チルド食品”と位置づけ、本格的に展開していくという。
「冷凍食品や缶詰などと違い、各食材を容器に入れ封をするシンプルな工程のため、素材の味や食感が調理したてに近い形で残る。特に野菜の食感は従来の長期保存食品とは一線を画すレベル」(マルハニチロ 加工食品ユニット ロングライフチルド事業推進室 副部長 宮下昌尚氏)だという。
これらの“レンチン食品”は、これまでのものとどう違うのか。またなぜ個食サイズなのか。また1人分200g前後の総菜が300円~400円と、やや割高に感じるが、勝算はあるのだろうか。
未完成のまま出荷して電子レンジで完成させる!?
味の素冷凍食品の「きちんとおかず」シリーズの大きな特色は、味付けを完成させてから冷凍する従来の冷凍食品と違い、電子レンジで調理しながら味付けを完成させること。新技術で調味料を固形化した“濃縮味しみキューブ”が電子レンジ調理のときに溶けて素材に染み込み、肉や野菜の食感や彩りが良く仕上がるそうだ。「従来の冷凍食品は保存状態であっても野菜の水分が出て食感が悪くなったり、色落ちしたり、揚げ物の衣がベチャベチャになってしまうことが多かったが、この方法で鮮やかな色味と食感、味を実現できた」(金澤氏)。
「とろとろ角煮 チンゲン菜添え」を食べてみた。角煮もさることながら、驚いたのはチンゲン菜の食感。一般的な冷凍野菜、特に葉物野菜は加熱すると水が出てクタッとなるもの。だが太い茎の部分はもちろん軟らかい葉先まで完全に火が通って味が染みているのに、シャキシャキした歯ごたえがある。味もよく、厚みのある角煮が3切れと意外にボリュームもあり、400円以下なら買い置きしておきたいと思った。
一方、「ぶた肉ミルフィーユ ぶた肉と白菜の重ね蒸し」は味こそよかったものの、ほぼ白菜ばかりで量も少なく、これで330円は正直、割高に感じられた。しかし同社によると、同品と「ロールキャベツ ポトフ仕立て」の2品はあえてボリュームを抑えているという。「野菜主体の2品は47kcal、91kcalと非常に低カロリー。ダイエット中でもおいしいものを食べたい人や、手をかけた野菜料理をほんの少量だけ食べたいシニアの方に好評」(金澤氏)とのこと。
ロングライフチルド食品の普及で、廃棄ロス問題が解消する!?
マルハニチロの「ロングライフチルド」シリーズを試食して驚いたのは、肉や野菜の食感が作りたてそのままのようだったこと。野菜、特にニンジンなどの根菜は冷凍にすると食感が損なわれる。レトルトや缶詰も高温殺菌が必要なので、食感や味が損なわれやすい。一方、「チルドの加熱調理は100℃未満なので家庭で調理するのと変わらない食感が味わえる」(同社)という。
総じてどれも野菜の食感がしっかりあり、家庭ではできないハーブやスパイス使いをしている料理が多い。言われなければ保存食とはわからないレベルで、“長期保存できるデパ地下総菜”と考えると、価格は納得できるような気がした。
魚介類の缶詰や冷凍食品のイメージが強いマルハニチロが賞味期限の長いチルド総菜を展開したのには、いくつかの理由がある。ひとつにはデフレの影響で量販店の加工食品の価格競争が進んでいて、他社との差別化が必要だったこと。もうひとつが、最近大きな問題となっている廃棄ロスへの対策だ。
食品流通業界では食品の製造日から賞味期限までを3分割し、「販売期限は賞味期限の3分の2の時点までを限度とする」などとした商習慣(3分の1ルール)があり、年間500万~800万トンという食品の廃棄ロスの原因のひとつとなっている。しかし、製造日から賞味期限までの期間が長くなれば、それだけ廃棄ロスを減らすことができる。
さらに総菜をメインにしたのは、総菜売り場は販売量の予測が難しく、廃棄ロスや「売り切れで買えなかった」という購買機会ロスが多いから。ロングライフチルドでこれらのロスを減らすことができ、総菜売り場の人手不足問題の解消にもつながるというわけだ。
チルド食品がまだ弱かった同社は、独自のロングライフチルド製法を確立するにあたり、フランス最大手のフローリ・ミション社と技術提携。高温殺菌も冷凍もせずに、長期間にわたって品質を保持するためには、製造時と流通時の徹底的な温度・衛生管理が不可欠だ。だが日本ではチルド食品の流通温度がフランスより低いことや、気候の差などから試行錯誤を繰り返したという。
シニアもDINKSもファミリーもみんな“個食時代”!?
以前は個食サイズといえば単身者がターゲットだったが、2社とも今回のメインターゲットは、シニア層と、共働き世帯。「食のクオリティの要求水準が高い」「自炊すると食材を使い切れずに困る」「少量で作ってもおいしくできない」といったニーズが共通しているのだろう。さらにファミリー層でも、子供がある程度大きくなるとそろって食事をする機会が減り、個々の好みも違ってくる。細かな要望が増えるなか、食事作りのストレスを軽減してくれるものが、価格が多少高くてもこれからは選ばれていくのかもしれない。
また2社とも同じように苦慮しているのが、新製法・新ジャンルであるがゆえの、「認知度アップのむずかしさ」。「新奇性の高い商品は、ただ置いておくだけでは認知されにくい。従来型の大量のCM放映ではなく、ていねいな説明が必要となる」(味の素冷凍食品の金澤氏)「まずは、専用の棚を確保してお客様に商品を知っていただくのが当面の目標」(マルハニチロの宮下副部長)と、時間をかけて浸透させたい考えだ。
(文/桑原恵美子)