「フリーズドライ」といえば、すぐに思い浮かぶのは卵スープやみそ汁、カップラーメンの具といったところ。だが最近ではカツ丼の具や1人用の鍋までが発売され、人気を集めているという。

 それらを作ったのは、1982年に世界初のブロックタイプのフリーズドライみそ汁を開発し、同カテゴリーでシェアトップを占める天野実業(以下、アマノフーズ)だ。同社はフリーズドライの「一人鍋」を2014年2月、「チキンカツの玉子とじ」を2015年10月に同社通販サイトから数量限定で発売。どちらも発売直後から飛ぶように売れたという。一時的に完売状態となったものの、要望が殺到したため、2016年1月25日より数量限定で再度販売を開始することになったとのこと。

 たしかにカップラーメンの具などで、フリーズドライ食品の質が向上しているのは薄々感じていた。しかしいくらなんでも、鍋物や揚げ物の味や食感がリアルに再現できるものだろうか。半信半疑で商品を取り寄せ、試してみた。

「チキンカツの玉子とじ(2食入り)」(税込み1000円)。こんがりと揚げた国産鶏のカツに、和風だしがしみた卵、トロトロに煮込んだ玉ねぎ入り
「チキンカツの玉子とじ(2食入り)」(税込み1000円)。こんがりと揚げた国産鶏のカツに、和風だしがしみた卵、トロトロに煮込んだ玉ねぎ入り
「フリーズドライ一人鍋 豚しゃぶ(2食入り)」(税込み1880 円)。しょうゆベースのつゆで、豚ロース、白菜、しめじなど6種類の国産具材入り
「フリーズドライ一人鍋 豚しゃぶ(2食入り)」(税込み1880 円)。しょうゆベースのつゆで、豚ロース、白菜、しめじなど6種類の国産具材入り

トロトロ卵の中からリアルなカツが出現!?

 まず試したのは、「チキンカツの玉子とじ」。パッケージを開けて中身を出すと、かなり大きめではあるものの、フリーズドライのみそ汁と同じようなキューブ形のブロックが入っている。本当にこれでカツ丼ができるのだろうか? 半信半疑のまま、湯をかけてから30秒ほど待つ。

 しばらくすると、全体が卵スープのようなトロトロのかき卵状態に。卵に包まれた物体にそっと箸を入れると、そこにはまさかのカツが出現!

 断面を見ると、たしかに「肉」「カツの衣」「卵」の層になっていて、食べるとまぎれもなくカツ煮そのもの。湯をかけているのでもちろんしっとりしてはいるが、単なる薄切り肉の卵とじではなく、カツの衣の食感があるのだ。肉の厚い部分をかむと、肉汁や肉の繊維も感じる。さっきまでカラカラに乾いたブロック状のものだったとは信じられない。

 同商品を開発したアサヒグループ食品 アマノ通販事業部 ABC+開発室の島村雅人室長によると、揚げ物は油が水をはじくため、これまで湯で戻すフリーズドライでは不可能だと考えられていた。成功したのは、みそ汁の油揚げのフリーズドライ化のノウハウがあったからだという。また最初はトンカツに挑戦したがうまくいかず、鶏ササミを使用。さらに肉に崩れが出ないようにあらかじめ食物由来のゼラチンなどを使い、成形の工夫を重ねたそうだ。

深めの器に入れ、120ccの熱湯を注ぐ。すぐに変化はないが、まず卵がふわふわにふくらんでくる
軽くかきまぜると、カツの卵とじが完成。しかし、カツはあまりよく見えない
軽くかきまぜると、カツの卵とじが完成。しかし、カツはあまりよく見えない
ご飯に乗せてみると、カツ丼らしくなった。濃いめの味付けだが、カツ丼にするとちょうどいい。この卵のふわとろ感は手料理でもなかなか出せない
ご飯に乗せてみると、カツ丼らしくなった。濃いめの味付けだが、カツ丼にするとちょうどいい。この卵のふわとろ感は手料理でもなかなか出せない
カツの断面。衣のリアルな食感は生パン粉を使用するのがポイントとのこと
カツの断面。衣のリアルな食感は生パン粉を使用するのがポイントとのこと

湯をかけ終わると、もう一人鍋ができている!?

 次に試したのは、「一人鍋」。一人用の土鍋にすっぽり入るサイズで、これだけ大きなフリーズドライ食品を見るのは初めてだ。おそるおそる湯をかけると、瞬時に軟らかく煮込まれた白菜が現れ、びっくり。規定量の湯をかけ終わると、そこにはまさに食べごろの一人分の鍋物ができている! 

 それだけでも驚きだが、食べてみてさらに驚いた。白菜、ネギ、シメジなどの野菜はシャキシャキで、生のものを調理したようなフレッシュな食感。豚肉もジューシーで、フリーズドライなのに肉汁さえ感じる。黙って手作りと言って出しても誰も疑わず、わが家なら「今夜は上出来」と家人にほめられそうなレベルだ。

 同社によると、湯を注いだときにフレッシュな質感を復元するために重要なのは、凍らせる前の料理にフレッシュな食感があること。だから肉は冷凍でなく生肉、野菜は旬のもので、かつ一番軟らかくてみずみずしい部位を使わないと、湯で戻したときにおいしく仕上がらないとのことだ。

 そのため一人鍋の白菜は可能な限り、一番外の葉を除いた下の肉厚な2枚と、軟らかい芯の部分だけを使用。ネギは上の2枚の皮を取り、みずみずしい真ん中だけを使用するように心掛けているとのこと。

中身のブロックは1人用の土鍋にちょうど入るサイズでかなり大きい
中身のブロックは1人用の土鍋にちょうど入るサイズでかなり大きい
あっという間につゆしゃぶ風の鍋が完成
あっという間につゆしゃぶ風の鍋が完成
肉のフレッシュな質感に驚いた
肉のフレッシュな質感に驚いた
昆布が大きいまま入っている。見た目のインパクトだけでなく、フリーズドライにすることで、熱湯を注いだときにだしが出る効果もあるとのこと
昆布が大きいまま入っている。見た目のインパクトだけでなく、フリーズドライにすることで、熱湯を注いだときにだしが出る効果もあるとのこと

 それにしてもいったいなぜ、フリーズドライで一人鍋やチキンカツ丼を作ろうと思ったのか。

通販だからインパクトのある商品ができた!?

 同社がこうしたユニークなフリーズドライ食品の開発を始めたのは、2013年以降。「今までにないフリーズドライ商品を作ってほしい」という、当時の社長直々の要望で新たな開発室ができたことがきっかけだという。その後、自由な発想の商品開発に本腰を入れ始め、「土瓶蒸し」「総菜」「皿うどんの餡」などの商品が発売されて好評を得たそうだ。

 また通販用だったので、比較的自由度の高い商品設計ができたことも、ユニークな商品を生み出せた理由のひとつ。「スーパーやコンビニ向けの商品の場合、社内から『100円でも高い』『もっとコンパクトなサイズにしないと置いてもらえない』など、さまざまな意見があった。しかし通販の場合、そうした制約は比較的少なかった」(島村室長)。

 一般的に通販でメインとなる顧客年齢層は60代。だが一般のフリーズドライ食品と異なり、今回再発売する2品はそれよりも若い世代が多く買っているという。意外性があるのでイベント用やプレゼント用などにも使われており、「通常のフリーズドライ食品とは別の価値を認めていただき、多少高額でも受け入れてもらえているようだ」(島村室長)という。

アサヒグループ食品 アマノ通販事業部 ABC+開発室の島村雅人室長。これまでに試食したフリーズドライ食品は、軽く1万食を超えるという。「良い意味での想像を超えるモノづくりを目指していきたい」という
アサヒグループ食品 アマノ通販事業部 ABC+開発室の島村雅人室長。これまでに試食したフリーズドライ食品は、軽く1万食を超えるという。「良い意味での想像を超えるモノづくりを目指していきたい」という

実は伸びているフリーズドライ食品

 実はここ数年、食品メーカーからフリーズドライ食品の新商品発売が相次ぎ、市場規模が急速に拡大している。2008年に141億円だった同社の売り上げは、2014年には約221億円に。特に通販が好調で、15年前は4億円程度だった売り上げが現在では約52億円にまで伸びているという。

 同社で現在、年間に製造しているフリーズドライ食品だけでもざっと、1億7000万食分(2014年度)。種類はにゅうめんやリゾット、シチューや総菜など200以上に上り、看板商品のみそ汁だけでも80種類を超えるそうだ。

 フリーズドライは、「少量の湯を注ぐだけで食べられる」「常温で長期保存が可能」「軽いので持ち運びに便利」なことから、すでに防災食として高い評価を得ている。同じ理由で、独居のシニア層にも受けそうだ。同社によると、忙しくて食事を作る暇のない一人暮らしの子供に送る親も多いそうだ。

 だが一方で、湯をかける前の状態があまりに小さく軽いため、それにたいして価格が高いと感じてしまう面もある。つまりメリットがそのまま、弱みにもなっているのだ。同社がこのようなインパクトのある商品を発売し続けるのは、フリーズドライ食品の再現性の高さをアピールし、高値感を払拭するためでもあるのだろう。

2014年の即席味噌汁の市場は2008年の約1.5倍の伸びにとどまっているなか、フリーズドライ味噌汁は約5倍に拡大(資料提供/アマノフーズ)
2014年の即席味噌汁の市場は2008年の約1.5倍の伸びにとどまっているなか、フリーズドライ味噌汁は約5倍に拡大(資料提供/アマノフーズ)

(文/桑原恵美子)

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