ハンバーガーなどのファストフード店の店舗数が減少を続けるなか、立ち食いを含む「そば・うどん店」は増加しているという(日本フードサービス協会調べ)。チェーンそば店の御三家といえば「名代 富士そば」「小諸そば」「ゆで太郎」だが、ここ数年、じわじわと存在感を増している新勢力がある。「いわもとQ」と「蕎麦 冷麦 嵯峨谷」(以下、嵯峨谷)だ。

 いわもとQは2005年9月、新宿歌舞伎町に1号店を出店。2012年以降は池袋店、高田馬場店、神保町店と、1年に約1店舗の割合で、着実に店舗数を増やしている。嵯峨谷は2011年に1号店をオープンし、現在は都内に7店舗(浜松町・池袋・神保町・渋谷・歌舞伎町(新宿)・小滝通り(新宿)・水道橋)を展開中だ。ドン・キホーテの隣にある渋谷店は、わずか12坪で月平均・約1000万円を売り上げている超繁盛店だという。

 いわもとQはもりそばが税込み330円、嵯峨谷は税込み290円。両店とも、かき揚げそばを頼んでもワンコインでお釣りがくる立ち食いそば価格でありながら、専門店並みのうまさと評判だ。なぜこの価格でそれが可能なのか。

2014年2月、神保町交差点近くにオープンした「いわもとQ 神保町店」は24時間営業。6席しかないが、立ち食いカウンターもある
2014年2月、神保町交差点近くにオープンした「いわもとQ 神保町店」は24時間営業。6席しかないが、立ち食いカウンターもある
(左)ドン・キホーテ隣にある「蕎麦 冷麦 嵯峨谷 渋谷店」は正月を除き無休、24時間営業。(右)「神保町店」はカウンター21席、テーブル18席とゆったりした店内。営業時間は月-金7~23時、土7~21時、日祝11~21 時

鮮度は熟練に勝る!? ゆでたて、揚げたてを提供

 いわもとQを運営する「ライトスタッフ」(埼玉県吉見町)の創業者で社長の岩本浩治氏は、セブン-イレブンで店舗指導員を務めたあと、そのノウハウを基に経営コンサルタントに転身。自身のビジネスを立ち上げたのは、「立ち食いそばの価格で本格的な専門店の味に近いそばが出せたらすごいだろうと思ったのがきっかけ」(岩本氏)だという。ラーメン店に比べて数が少なく、「めん、つゆ、天ぷら、ご飯、この4つのポイントを押さえて品質の高いものを目指せば、なんとかいけるのでは」(岩本社長)と思ったとのこと。

 そこからリサーチを重ね、2年半後に前身となる店を東京・麹町にオープンさせたが、ランチタイム以外はガラガラ。平均すると、想定客数の3分の1以下だった。その反省を踏まえ、「夜でもお客が入る立地が大事」と2店舗目に新宿・歌舞伎町を選んだ。だが歌舞伎町でもさびしい通りで昼でさえあまり人が入らず、こちらもまた苦戦。そうしたなかで工夫を重ね、注文を受けてから作る方法に変えたところ、来客数が増えた。このことから「鮮度は熟練に勝る」と実感。鮮度を何より大事にするスタイルになったという。

 例えばそばは、どんなに店が混んでいても一度に4食分ずつしかゆでない。かけそばのつゆは香りが飛ばないように、注文後に加熱する。天ぷらも注文を受けてから揚げている。歌舞伎町店などは、外国人のグループ客が大勢で一度に入店する場合があるが、そうしたときは「券売機を止めてもいい」と伝えているそうだ。

 こうした方針を徹底させているため、混雑時には客を待たせてしまうこともある。テーブルにアンケート用紙を置き、来店客に注文してから受け取るまでの時間を書いてもらったところ、4分以内が6~7割、8分以内が3割弱、8分以上が1割弱だった。今後の課題は、鮮度を保ちつつ、注文を受けてから提供するまでの時間を短縮すること。「4分以内で出すべく最善を尽くせと、スタッフに伝えている」(岩本氏)。

 なぜこうしたやり方で、立ち食いそば価格で提供できているのか。「食材のランクを上げたり、熟練の職人を使ったりすると原価が高くなる。しかし『注文を受けてから調理して鮮度を守る』のであれば、スタッフの手間は増えるが、原価に影響はない」(岩本社長)。またメニューを増やさず、そばと天ぷらに限定し、集中してクオリティを高めたこともポイント。さらに土日や夜でも客が入るように、複数の路線が乗り入れる駅に近い立地を選んで出店し、夜メニューとして天丼に力を入れているという。

いわもとQの人気メニュー「天ぷらセット」(税込み580円)。天ぷらはエビ、キス、イカ、カボチャ、インゲンの5点盛り。天丼に合わせて衣を薄くしているため、軽く上品な仕上がり
いわもとQの人気メニュー「天ぷらセット」(税込み580円)。天ぷらはエビ、キス、イカ、カボチャ、インゲンの5点盛り。天丼に合わせて衣を薄くしているため、軽く上品な仕上がり
いわもとQのそばはきりりとした細切りで腰が強い。のどごしの良さに驚いた
いわもとQのそばはきりりとした細切りで腰が強い。のどごしの良さに驚いた
そば湯はセルフで何度もおかわりできる。そばつゆ、生わさび、ユズ皮パウダーなども常備されている。生卵も無料
テーブルに塩が置かれているのが“塩そば”派にはうれしい。客の要望で取り入れたサービスとのこと
テーブルに塩が置かれているのが“塩そば”派にはうれしい。客の要望で取り入れたサービスとのこと

十割そばを立ち食い価格で出せる理由は?

 嵯峨谷の人気の最大の理由は、つなぎを使用せず、100%そば粉で作る十割そばを立ち食いそば価格で提供していること。十割そばは香りが高くおいしいが、まとまりにくいので、麺の状態にするのは熟練の職人でも難しいといわれている。同店では最新の押し出し式の製麺機を使用することで、十割そばの機械打ちを可能にした。

 さらに、そば粉ではなく殻付きの玄そばで仕入れ、店内の石臼でひいて店内で製麺している。店内で挽いたそば粉は、当日内に消費するようにしているそうだ。回転の良い池袋店などは、ひいてから約3時間程度でそばとして提供しているとのこと。「粉がひきたてでフレッシュであることが、麺のおいしさに直結しているのでは」(同社マネージャーの中川耕治氏)。

 また十割そばを打つのにもうひとつの大事な要素が「水」。詳しくは企業秘密とのことだが、都心で十割そばを作るためには特別な水質管理が必要とのこと。

 そうしたそばをこの価格で提供できることが不思議だが、スタート当初は製粉済みのそば粉より玄そばのほうが原価が安いというメリットがあったという。しかし「最近はそば粉が高騰して2年前の1.5倍にもなっているので、それでも苦しい」(中川マネージャー)とのこと。オペレーションを精査し、より効率化することで、現在の価格を維持しているようだ。

嵯峨谷はそば粉100%の十割そばの「もりそば」が税込み290円で食べられる。人気のかき揚げは税込み100円で、そばと合わせて390円(写真のそばは細打ち)
嵯峨谷はそば粉100%の十割そばの「もりそば」が税込み290円で食べられる。人気のかき揚げは税込み100円で、そばと合わせて390円(写真のそばは細打ち)
十割そばの風味を生かすため、幅が広めの平打ちが基本。つなぎを使っていないので、細いと団子状になりやすいのを防ぐ意味もある。手打ちの田舎そばのような香ばしさが感じられる
十割そばの風味を生かすため、幅が広めの平打ちが基本。つなぎを使っていないので、細いと団子状になりやすいのを防ぐ意味もある。手打ちの田舎そばのような香ばしさが感じられる
人気ナンバーワンの「かきあげ」(税込み100円)はふんわりと軽く揚げられていて、天ぷら専門店に劣らないクオリティだと感じた
人気ナンバーワンの「かきあげ」(税込み100円)はふんわりと軽く揚げられていて、天ぷら専門店に劣らないクオリティだと感じた
製粉前の玄そばを仕入れ、店内で製粉している
製粉前の玄そばを仕入れ、店内で製粉している
水道橋店を除く全店で店頭に電動石臼をディスプレイしている
水道橋店を除く全店で店頭に電動石臼をディスプレイしている
「細打ち」はよりのどごしが良く、筆者はこちらのほうが好みだった
「細打ち」はよりのどごしが良く、筆者はこちらのほうが好みだった

利益率が低く、大量出店は不可能!?

 実際に食べてみて、どちらの店もそばはもちろん、天ぷらもこれまでのチェーン店と一線を画すクオリティに驚き、「人気が出て当然」と納得した。同時に、この価格を維持するための企業努力の大変さも感じた。いわもとQの岩本社長は「利益率は低い。12年間で4店舗までしか増えていないのはそれほどもうかっていないから」だという。

 だが毎年、開店と同数の飲食店が閉店しているといわれるなか、どの店も潰れずに続けられているのは、熱心なファンが多くいる証しでもある。こうした店の固定ファンが増えていくことで、そば店に新しい流れができるのではないかと感じた。

いわもとQはメニューをそばと天ぷらに絞っている
いわもとQはメニューをそばと天ぷらに絞っている
嵯峨谷は生ビール(プレミアムモルツ)のジョッキが常時150円という驚きの価格
嵯峨谷は生ビール(プレミアムモルツ)のジョッキが常時150円という驚きの価格

(文/桑原恵美子)

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