素材そのものをシンプルに味わう――。コーヒー界に押し寄せるサードウエーブ(第3の波)ブームが、チョコレート界にも広がっている。カカオ豆(Bean)の状態から板チョコレート(Bar)になるまでの工程を職人が一貫して行う「Bean to Bar」チョコレートの人気が高まっているのだ。
そんななか、大手メーカーの明治がスーパーやコンビニ向けに販売しているBean to Bar「明治 ザ・チョコレート」も、1枚200円以上と大手の定番板チョコレートより高価格でありながら売れている。「目標値はかなり高く設定したが、発売直後からその約2倍も売れており、シリーズで1000万個を突破している。発売当初から食べた人がSNSなどで情報を拡散していた印象」(明治 菓子マーケティング部 スペシャリティチョコレート担当の佐藤政宏専任課長)という。
手作り感や希少性が受けているBean to Barに、大量生産のチョコレートを展開する大手メーカーがなぜ参入したのか。従来のBean to Barチョコレートとはどこが違い、なぜ売れているのか。
Bean to Barは一過性のブームを超えた?
まず大手参入の背景としては、Bean to Barがブームを超えて安定期に入りつつあることが挙げられる。ブーム以前の2010年にBean to Barチョコレート工房「エミリーズチョコレート奥沢」を立ち上げた澤村エミリ氏によると、首都圏だけでなく日本全国から注文が入るようになったのは、2012~2014年ごろ。その時期から増えた同業者との共同イベントで人気の高まりを感じたが、当時はどこかで「一過性のブームではないか」という不安もあった。しかし最近は食に対する感度の高い人を中心とした愛好家の広がりを実感しているという。
さらに、2016年2月11日には、Bean to Barの代表格とされる米国サンフランシスコ発「ダンデライオン・チョコレート」が日本1号店をオープンした(関連記事「サンフランシスコ発の“Bean to Bar”「ダンデライオン」が日本初上陸! チョコレートは3種類だけ!?」 )。
明治はBean to Barではなく“Farm to Bar”!?
昨今の消費トレンドも、大手がBean to Barに参入した理由として大きい。「日本ではシニア層が増えたことで、多少高くても良質で体に良いものを求める人が増えている。また世界的にも、原料がはっきり見えるもの、安心して食べられるものを求める風潮が強くなっている。シンプルで飾らず、徹底的に素材を磨き上げるBean to Barチョコレートはそのニーズにぴったり合致する」(明治 菓子商品開発部スペシャリティチョコレート担当の宇都宮洋之氏)
さらに宇都宮氏によると、日本のチョコレートの原料となるカカオは7~8割がガーナ産で、似たような味になりがち。Bean to Barはいろいろな土地の希少なカカオ豆からチョコレートを作ることができるので、個性的な味が作り出せることも受けている要因だという。半面、一工場あたりの取引量が少ないので割高になり、高価なチョコレートが少量しか作れないというデメリットもある。
たしかに、さきほど紹介したダンデライオン・チョコレートが店頭で販売している板チョコは1枚1200円程度、エミリーズチョコレート奥沢がイベントや自社サイトで販売している板チョコレートは1500円前後と、価格は大手の一般的な板チョコに比べると10倍近く高い。さらに、少ロット生産なので品切れになることも多い。
そうしたデメリットを解決するため、明治では2006年から「メイジ・カカオ・サポート(MCS)」という活動を開始。これは特定地域のカカオ農園をまるごと自社で抱え、社員が実際に現地の農家に出向いて高品質なカカオ栽培を支援・指導する活動だ。さらに生産地の住民に対する生活支援を行ったり、他社よりも高い価格で買い取ったりすることで農家との信頼関係を築き、まとまった量の良質なカカオを安定調達できる体制を整えたという。「直接取引なので中間マージンが不要。だから高品質なチョコレートを買いやすい価格で多くの人に提供できる。大手だから可能なコストメリットがあり、Bean to Barの上をいく “Farm to Bar”」(宇都宮氏)と胸を張る。ブームになってから始めたわけではないのだ。
大手だからできたことは、ほかにもある。Bean to Barで作ったチョコレートは、飾り気のないシンプルな形をしているものがほとんど。だが「明治 ザ・チョコレート」は1枚の小さな板チョコの中に、細かい山形、ドーム形、切り込みが入った形、細いスティック形と、4種類の形状になっている。「90年間、チョコレートを作り続けてきた明治には、口中の量で変化するチョコレートの味を長年にわたって研究してきた膨大なデータがある。そのデータを生かした型で成型し、同じ生地でも異なった味わいが感じられる新しい食べ方を提案したいと考えた」(明治 菓子商品開発部の山下舞子氏)。
同社が日本人の好むチョコレートの種類を調べたところ、60%がミルクチョコレート、20%がダークチョコレート、20%がホワイトチョコや抹茶チョコなどの味付きチョコレートという結果が出た。そこでミルクチョコレートの消費が拡大すればシェアも拡大すると考え、2016年のリニューアルでは従来のダークチョコレート2品に加え、ダークミルクチョコレート2品を加えた。「データ通りならダークチョコレートの売り上げが少ないはずだが、不思議なことに4品の差がほとんどない」(佐藤専任課長)。購入層の比率は女性が多く、30~40代が多いのは予想通りだったが、20代女性に想定以上に売れているのも驚いた点だそうだ。ちなみにミルク系の2品もカカオは通常のミルクチョコレートの約2倍使用し、砂糖を減らして甘さ控えめにしている。「甘さではなく、カカオとミルクを味わう『ダークミルクチョコレート』という新しいカテゴリーを日本に広めていきたい」(佐藤専任課長)。2016年12月13日からはシリーズに「ジャンドゥーヤ」「フランボワーズ」も加わり、こちらも好調だという。
大手の低価格チョコとBean to Barは何が違う?
一般的な板チョコとBean to Barの決定的な違いは何か。Bean to Barはカカオそのものの甘みを生かすために砂糖をできるだけ控えているため、成分表を見るとカカオが最初に表示されている。だが一般的な低価格帯の板チョコは、カカオの前に砂糖が表示されている。つまりカカオより砂糖の分量が多いということだ。またほとんどに、バニラなどの香料が入っている。試しにBean to Barチョコレートを食べた直後に、いつもおいしいと思って食べている100円の板チョコを食べてみた。すると、砂糖そのものの甘さと人工的な香料が強烈に口の中に広がり、その違和感に驚いた(少し時間を置いて食べたら、またおいしく感じられた)。食べ比べてみれば、Bean to Barの「カカオそのものを味わう」感覚が分かるだろう。
成分表示でもうひとつ気がついたのは、明治 ザ・チョコレートには「乳化剤」が表示されていたこと。ちなみに「ダンデライオン」「エミリーズチョコレート奥沢」のチョコレートには含まれていない。明治によると、「乳化剤は原材料の安定性を高め、ブルーミング(チョコの表面が白く変色してしまうこと)を起きにくくするために使用している」とのこと。
エミリーズチョコレート奥沢の澤村氏は「『余計なものは使いたくない、なくてもいいものは使わない』という方針なので乳化剤を使っていない。だから温度管理はシビアになるし、湿度の高い梅雨の季節は気を使う」とのこと。ちなみに同店のサイトで購入したチョコレートは気温の高い5~11月はクール便の冷蔵で送られ、購入後は冷蔵庫に密閉容器で保存することを勧めている。ダンデライオン・チョコレートの芹沢茉澄氏によると、「当店では2種類の原材料のみでチョコレートを作っているが、Bean to Barのチョコレートメーカーでもこのような作り方をしているブランドはそれほど多くない。大手でなくても乳化剤やカカオバターなどを含むBean to Barを作っている会社もある」とのこと。オールシーズン、コンビニでもスーパーでも手軽に買えるという条件を満たすためには、乳化剤は必要不可欠なのだろう。
こうした従来のBean to Barの作り手たちは、大手メーカーの参入をどう感じているのか。「私は子供のころから食べ続け、遠足や友人たちとの思い出がつまっている大手メーカーのチョコレートも大好き。ただ、本物のチョコレートの味を知ることも大切なことだと考えている。大手メーカーの参入でBean to Barの認知が高まり、生活者がある程度手ごろな価格でBean to Barを選べるのはいい時代になったと思う」(エミリーズチョコレート奥沢の澤村氏)。「大手メーカーの参入はシンプルなプロセスを身近に感じてもらえるいい機会。多くの人がチョコレートの本質的なおいしさに触れる機会が増えることはとてもうれしい」(ダンデライオン・チョコレートの芹沢氏)と、いずれも好意的に受け止めている。
(文/桑原恵美子)