「実は1日当たりの買取金額の上限を従来の1000万円から引き上げている。詳細な金額は明かせないが、我々のほうが圧倒的に多くの物を買い取っている」

 こう明かすのは、スマートフォン向けに即時買取アプリ「CASH」を展開するバンク(東京都渋谷区)の光本勇介社長だ。光本社長の言う「我々のほうが」、その比較対象はメルカリである。メルカリは11月27日、フリーマーケットアプリ「メルカリ」に即時買取サービス「メルカリNOW」を追加した(関連記事)。メルカリNOWは、1日に買い取る金額の上限を1000万円と設定している。

 CASHとメルカリNOW、いずれも売りたい物の写真をアプリで撮影するだけで査定額が提示されて、承諾すれば即入金されるサービスだ。売却後、アプリに登録済みの自宅に集荷にきた宅配業者に、売却した物を引き渡して取り引き完了となる。両者が買い取る商品はファッション関連の物が中心。CASHは加えて、iPhoneなどの一部の電化製品も買い取る。「ファッションについては、世の中にある大半のブランドは買い取り対象になる」(光本氏)。

 査定額はそれぞれ異なるデータから算出する。CASHは独自で構築したデータベースを基に、メルカリNOWはこれまでメルカリ上で過去に売買されたデータを基に適切な査定額を自動算出する。また、メルカリNOWは買取後に一旦、メルカリ内での買い物に使えるポイントとして付与するため、やや仕組みが異なる。ただサービスの本質は同じだ。

メルカリ参入に先駆け、買取金額の上限を増額した「CASH」
メルカリ参入に先駆け、買取金額の上限を増額した「CASH」

 この即時買取アプリという新しい市場において、「1日の買い取り金額の上限額が競争における1つのポイントになる」と光本氏は言う。メルカリはダウンロード数が国内だけでも6000万件を超えている。その6000万人の利用者に対して「1000万円の予算は一瞬で使い切ってしまうはずだ」(光本氏)。事実、メルカリNOWはサービス開始後、アクセス殺到によりわずか17分でサービスの一時停止に追い込まれている。

 実はCASHも以前は1000万円を、1日の買取金額の上限に設定していた。そのため、メルカリはこれを参考にした可能性が高い。しかし、バンクの光本氏は大手ネット企業の新規参入をにらみ、いち早く上限を増額する手を打っていたというわけだ。「十分に買い取り機会のあるサービスのほうが満足度が高いはずだ」(光本氏)。

70億円でDMM.comグループの傘下に

 バンクはプロモーションにおいてもアクセルを踏む。メルカリNOWの開始と同日、バンクはCASHの最低買取価格を1000円に引き上げるキャンペーンを始めた。どんな物でも、買い取り対象品であれば1000円以上の値がつく。「通常であれば1000円以下の査定額となる物でも、マーケティングコストと割り切って買い取る」(光本氏)。

 買取金額の上限の増額や、思い切ったマーケティング施策に踏み切れる理由は、同社が11月21日にDMM.comの傘下となったからだ。買収が明らかになった当日には、創業からわずか数カ月のバンクにDMM.comが70億円という巨額を投じたことが話題を呼んだ。光本氏は買収額として提示した70億円について「即時買取アプリの今後の市場規模も予測できないうえに、競合が表れるかも分からなかった。まったくロジカルな数字ではない」と率直に言う。だが、「感覚的には、それぐらいの資金がないと競合が現れたときに戦えない」(光本氏)ことを感じていた。

 というのも、CASHは初めてサービスを公開してから、わずか16時間34分で停止に追い込まれている。その理由は買い取りが殺到したからだ。その数なんと7万超。買取総額は3億6629万3200円に上った。このペースで買い取りを続けていては、資金が続かない。やむなくサービスの停止を判断した。

想定以上の買取品がオフィスに届いた。途方に暮れるバンクの光本勇介社長
想定以上の買取品がオフィスに届いた。途方に暮れるバンクの光本勇介社長
小さなオフィスは届いた買取品で溢れ返ってしまった
小さなオフィスは届いた買取品で溢れ返ってしまった

 この経験から光本氏は「今後、市場が広がる大きな可能性を感じるとともに資本力の勝負になる」ことを確信した。そんな時にDMM.comの創業者で取締役会長の亀山敬司氏から声がかかった。DMM.comグループは動画配信サービス、ソーシャルゲーム、オンライン証券会社など、さまざまなネット事業を展開。会員数は2700万人を超える。今年度の売上高は1969億円を見込む。この大手ネット企業の持つ資金力を武器とするために、光本氏は傘下に入ることを決めた。

 資金面だけではなく、プロモーションの強化にもDMM.comグループの資産を生かせる。CASHは11月からネット広告を活用した、アプリのダウンロード促進策を強化している。ネット広告は閲覧者数やクリック数、ダウンロード数など細かな数値を取得できる。この数値を基に広告を掲載するサイトや、配信対象者を改善するなどの運用によって、広告効率を高められる。

 ただし、それにはネット広告に関する豊富な知識を持つ人材を必要とする。ベンチャー企業であれば、そうした人材にまでは手が周りにくいもの。だが、バンクはDMM.comの広告運用部隊の協力を得ることができている。これにより、バンク側は「サービスの改善に注力できる」(光本氏)。こうした、DMM.comグループの資産をフル活用することで、メルカリの追随を振り切りたい考えだ。

6000万人の顧客基盤を武器に参入

 一方、急速に利用者を拡大させるCASHの勢いに慌てたのがメルカリだ。「CASHの着眼点は、我々の応えられていない消費者ニーズを捉えていると感じた」(メルカリ執行役員の伊豫健夫氏)。以前から買取サービスは検討はしていたものの、形にはなっていなかった。CASHの隆盛を見て早期参入を決断したのだろう。

メルカリのアプリ上で「メルカリNOW」のメニューを選び、ブランドや状態を選んで撮影する
メルカリのアプリ上で「メルカリNOW」のメニューを選び、ブランドや状態を選んで撮影する
筆者のバッグは「メルカリNOW」で790円と査定された
筆者のバッグは「メルカリNOW」で790円と査定された

 メルカリにとっての最大の強みは6000万という顧客基盤だ。メルカリNOWは個別のアプリではなく、フリマアプリ上の機能の1つとして追加した。新規のアプリでは、メルカリの既存利用者に改めてダウンロードしてもらう必要があり、顧客基盤を生かしきれない。既存のアプリへの追加機能として開発することで、サービスを開始した瞬間から6000万人の見込み客がいる。これがメルカリの強さだ。

 月間の流通総額が100億円超という流通網を持つことも強力な武器となる。買い取った商品は、子会社を通じてメルカリのフリマアプリ上に出品して販売する。こうして、メルカリで買い取り、メルカリで売る、そんな新しいエコシステムを構築しようとしている。サービス開始と同時に、まとめて3品を売却すると500円が上乗せされるキャンペーンなどを実施して、利用を促進。「初年度から黒字化を狙っていく」(伊豫氏)。

 このような買取サービスが続々と登場する背景には、少額融資ニーズの拡大がある。フリマアプリの登場によって消費行動が大きく変化している。誰もが簡単にネットを使って売買できるようになったことで、消費サイクルが加速。洋服を購入して何度か着たら、フリマアプリで売って、新しい洋服を買う。そんな消費行動が定着しつつある。メルカリでは出品された商品の半数が、24時間以内に売れるという。このように2次流通が身近になり、消費行動が変化する中で、少額融資のニーズの拡大を後押ししているようだ。

 しかし、メルカリでは商品を発送して、取り引きが完了した時点で売り上げとして反映される。さらに、振込申請をしてようやく入金される。「現金を必要としていても、手に入るまでには時間がかかる。しかも、(売れるかは分からないため)確実ではない」(光本氏)。とはいえ、消費者金融に足を踏み入れるのはハードルが高い。そこで消費者がメルカリの利用で慣れた物品を出品する手順を基に現金を手に入れるまでのプロセスを、さらにショートカットしたのが即時買取アプリというわけだ。

 フリマアプリの登場により、急拡大する2次流通市場。即時買取アプリは市場拡大の第2の起爆剤となるか。2018年はその行く末が注目を集めそうだ。

(文/中村勇介=日経トレンディネット)

■変更履歴
記事タイトルを「「CASH」対「メルカリNOW」 即時買取アプリ競争勃発」から「「CASH」対「メルカリNOW」 即時買取・現金化アプリ競争勃発」に変更しました[2020/3/4 12:30]
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