デルのPCといえば、地味で無骨、よく言えば質実剛健といったイメージを抱いている人が多いかもしれない。しかしここ数年はXPSシリーズに代表される、スタイリッシュなデザインのものが増え、イメージが変わりつつある。2017年10月には、13.3型液晶を搭載する2in1ノート「XPS 13 2-in-1」など5製品が2017年度グッドデザイン賞(主催:公益財団法人日本デザイン振興会)を受賞した。

 このデル製品の変化と、それらに通底するデザイン哲学について、米国本社でデザイン部門の責任者を務めるエドワード・ボイド(Edward Boyd)副社長に話を聞いた。

2017年度グッドデザイン賞を受賞した、13.3型2-in-1ノート「XPS 13 2-in-1」(左上)、ゲーミングPCとしても使える15.6型ノート「Inspiron 15 7000 ゲーミング」(右上)、27型液晶一体型デスクトップ「Inspiron 27 7000 フレームレスデスクトップ」(左下)、27型ディスプレー「Dell Sシリーズ S2718D 27インチワイド フレームレスモニタ」(右下)
2017年度グッドデザイン賞を受賞した、13.3型2-in-1ノート「XPS 13 2-in-1」(左上)、ゲーミングPCとしても使える15.6型ノート「Inspiron 15 7000 ゲーミング」(右上)、27型液晶一体型デスクトップ「Inspiron 27 7000 フレームレスデスクトップ」(左下)、27型ディスプレー「Dell Sシリーズ S2718D 27インチワイド フレームレスモニタ」(右下)
デルで全製品のデザインにかかわっているデザイン部門の責任者、エドワード・ボイド副社長。ナイキやソニーでデザインを手掛けてきた経歴をもつ
デルで全製品のデザインにかかわっているデザイン部門の責任者、エドワード・ボイド副社長。ナイキやソニーでデザインを手掛けてきた経歴をもつ

人材確保にはPCのデザインが大事

――デル製品全体に共通する、デザインポリシーについて教えてください

ボイド氏: デザインありきではなくユーザーのニーズを重視し、それを満たす製品を提供する。これが我々のポリシーです。ユーザーがどんなニーズを持っているのか、何を欲しいと思っているのか、それを正しく把握することにまず時間をかけ、それからデザインをスタートします。

――デルが日本でパソコンを販売するようになって長いですが、デルというと実用性重視で、デザインは二の次といったイメージの人も多いと思います、それがここ数年、デルのパソコンのデザインが大きく変わり、XPSシリーズに代表されるようなスタイリッシュなものが増えました。この変化はどこから来たものでしょうか?

ボイド氏: 私が入社した当初、マイケル・デル(デルの創設者、会長兼最高経営責任者)から、社内のデザイン哲学やデザイン戦略にテコ入れをして、もっとデザインに力を入れてほしいという意向がありました。

 デルは製品をカスタマイズしてユーザーの元に届けるという、パソコン販売で革新を起こした会社ですが、デザイン面ではそうした革新性はありませんでした。ユーザーが使っていて楽しいと思えるデザイン、欲しいと思ってもらえるデザインが必要でした。そこで、機能に対するユーザーニーズを満たすだけでなく、デザインに対するユーザーニーズをも満たせる製品にしよう、そうした考え方の変化が社内で起こったのです。

2in1デバイス「XPS 2-in-1」と「Inspiron 15 7000ゲーミング」。どちらも2017年度グッドデザイン賞を受賞した
2in1デバイス「XPS 2-in-1」と「Inspiron 15 7000ゲーミング」。どちらも2017年度グッドデザイン賞を受賞した

――なぜ変化が起きたのでしょう?

ボイド氏: コンシューマー市場でパソコンのデザイン性が重視されるようになり、それがビジネス向けパソコン市場にも波及してきたのが要因です。コンシューマー向けにデザイン性に優れたパソコンがあるのだから、ビジネス向けにもそうしたパソコンが欲しいというわけです。

 それが特に顕著なのは、ミレニアル世代(米国で1980年代半ばから2000年代初めにかけて生まれた世代。デジタルネイティブとされる)です。ミレニアル世代は就職先を探すとき、仕事用にどんなデバイスが支給されるかなどのIT環境を重視します。企業にとって、機能が優れているだけでなくデザイン性も優れたパソコンを提供できることが、優秀な人材を惹きつけて確保することにつながるのです。

デザイン分野のスタッフは170人以上

――社内のデザイン哲学を変えるというのは、大変なことのように思えます。そのためにどんな取り組みをして何を変えてきたのでしょうか。

ボイド氏: デザイン哲学を変えるというのは、私がデルに入る少し前に、マイケル・デルがCEOに復帰してから首脳陣によるトップダウンの形で行ってきたことです。当時のデルはパソコンメーカーから、システムの構築や運営を行うサービスを提供する企業に変わろうとしていた変革の時期で、トップダウンの形でエンジニアリング、調達、マーケティングなどすべての部門を変えようとしていて、デザイン部門もそのひとつでした。

 私が行ったことは、さまざまな強みをもった多様なデザイナー陣をそろえることでした。デザインセンターには、15~20の分野におよぶデザイナーを集めました。人間の行動パターンのリサーチ、素材科学、トレンドのリサーチ、色彩や仕上げなどの分析、工業デザイナーやソフトウエアデザイナーなど、さまざまな専門分野を持ったデザイナーがいます。世界中のトップ企業から集めた人材で、デザインセンターで使われている言語は20言語におよびます。人数にすると170人以上で、日本人もいます。

デルのデザインは、様々な分野の専門家によって作られている
デルのデザインは、様々な分野の専門家によって作られている

――それだけ幅広い分野の専門家が1つのデザインを作り上げていく、そのデザインプロセスはどうなっているのでしょう。

ボイド氏: デザインセンターはアジア、欧州、米国の3カ所にあり、その中で大きく2つのチームに分かれています。

 ひとつは中・長期的な観点でリサーチを行うチームです。5年先や10年先にはどうなっていくのかという将来の動向を掴み、それに対するビジョンをまず作り上げます。

 そのビジョンがある程度固まると、3年先といった短期を見据えたもうひとつのチームに引き継がれ、そこで実際の製品デザインに落とし込んでいきます。この引き継ぎは緊密に連携してスムーズに行われ、それぞれの分野のデザイナーが協力しあってデザインにあたります。将来のビジョンを作って、それを製品に落とし込んでいくため、最新の行動パターンの分析や素材科学の知識などを持った専門家が必要になってくるのです。

国ごとに情報収集を徹底的に行う

――米国と日本と欧州など、国ごとに好まれるデザインの傾向は違うと思います。ワールドワイドで製品を提供しているデルでは、そうした国による好みの違いをどう吸収したり、製品に反映させたりしているのでしょうか。

ボイド氏: 国や市場によって求められるものは違ってきます。そのため我々は、コンシューマー向け・法人向けを問わず、ユーザーが何を求めているかという情報収集を国ごとにしっかり行います。そして実際の製品をデザインするときに、市場を問わず共通して盛り込む仕様や、特定の市場にのみ設定する仕様を、情報に基づいて選択しています。

 XPS 2-in-1がグッドデザイン賞を受賞しましたが、このXPSシリーズは、実は研究開発段階から日本のユーザーの声がかなり反映されている製品です。薄型軽量であること、ディスプレーサイズはそのままでなるべく小型にすること、小型だけどバッテリー駆動時間は長くないといけませんし、使い心地のいいキーボードも求められます。日本はあらゆる意味で製品への要求が厳しく、妥協が許されない市場です。そうした厳しい要望を反映して作られたのがXPSシリーズなのです。

 他の国のモバイルパソコンでは、たとえば中国では薄型軽量のものが好まれます。日本に近いと言えるでしょう。米国ではキックスタンドがついたタブレットタイプの製品が人気でしたが、XPS 2-in-1のような360度回転するタイプの人気が上がってきました。

2017年度グッドデザイン賞を受賞した製品のひとつ、13.3型2in1デバイス「XPS 2-in-1」。ディスプレー部分が360度回転してタブレット型に変形する
2017年度グッドデザイン賞を受賞した製品のひとつ、13.3型2in1デバイス「XPS 2-in-1」。ディスプレー部分が360度回転してタブレット型に変形する

――XPSシリーズは、ディスプレーの周囲を狭くした狭額縁デザインが斬新でした。これはどうやって開発されたものだったのですか。

ボイド氏: 最初のXPSの開発には数年かかりました。ユーザーが求めるモバイル性を高めるため小型化したいが、ディスプレーの表示領域は小さくしたくない。そこでディスプレーの周囲の部分をそぎ落とすデザインになったわけです。ユーザーが求める没入感を高めるために、画質も妥協しませんでした。シャープとの共同開発で、色の再現度、色域、解像度などにもこだわりました。

ミレニアル世代にアピール

――デザインの変化は、売り上げにどれぐらいの影響をもたらしたのでしょう?

ボイド氏: デルはPC市場のシェアにおいて、18四半期連続で前年同期比が伸びています。これはさまざまなテコ入れやカスタマーサービスの強化などによるものと考えていますが、その中でデザインの強化が果たした役割も大きいと思います。今、パソコン市場は厳し状況にありますが、デルはその中で利益を確保しつつ売り上げを伸ばしています。いい立ち位置にいると言えるでしょう。

――ミレニアル世代の人たちの、デル製品への反応はどうですか?

ボイド氏: ミレニアル世代にはXPSシリーズは大変好評で、SNS上でも高い評価を得ています。ゲーミングPCも人気です。エイリアンウェアブランドのゲーミングPCや、InspironブランドのゲーミングPCがあり、売り上げを大きく伸ばしています。ミレニアル世代の人たちに訴求できていると考えています。

15.6型ノート「Inspiron 15 7000 ゲーミング」は、ゲーミングPCとして使えるスペックだが、派手さを抑えたデザインが特徴
15.6型ノート「Inspiron 15 7000 ゲーミング」は、ゲーミングPCとして使えるスペックだが、派手さを抑えたデザインが特徴

――ゲーミングPCのエイリアンウェアシリーズは、XPSシリーズとは全く違った雰囲気ですが、どういった考えでデザインしているのでしょう。

ボイド氏: ゲーマーは高い性能を求めます。だからまずそこからデザインをスタートします。たとえばゲームのレスポンスを高めるためにディスプレーは高いリフレッシュレートが重要になります。キーボードは激しいゲームプレーに耐えられる頑丈さが大事です。ボディーは発熱がゲームに影響しないように、冷却性能に気を配ってデザインしています。

ローカルとクラウドを橋渡ししていく

――日本では発売されていませんが、デルは360度スピーカーも手掛けています。IoT時代になってくると、デルが手掛けるデバイスの幅はさらに広がっていくのでしょうか?

ボイド氏: 将来のコンピューティングのあり方ですが、まずローカルのデバイスだけでなく、クラウド、データセンターも含めてコンピューティングを考える必要があります。我々はそれらを橋渡しする最適解を求めていきます。ローカルで行うのが最適な作業もあれば、深いデータ分析などクラウドで行うのが最適な作業もあるでしょう。それぞれ得意・不得意があるので、それらを橋渡ししてトータルで最適な環境を提供する、これが我々の基本的な考えです。それはコンシューマー向けでもビジネス向けでも同じです。世界最大のストレージ機器開発企業であるEMCの買収もそうした考えに基づいています。

 スピーカーの場合は、ローカルやクラウドを問わずトータルに使える環境を提供するにはスピーカーが不可欠と考えて開発が決まりました。360度スピーカーを部屋の真ん中に置いておけば、360度どの方向からでも通話やビデオ会議、音楽鑑賞などに利用できます。Blutooth接続でパソコンでもスマートフォンでも利用できます。今や、エンターテインメントをパソコンやスマートフォンで消費している人が大勢います。パソコンで動画や映画を見る、音楽聴く、その合間にSkypeを使って会議をするといったことが当たり前になってきました。そうした用途に対応できます。高い音質で、コンシューマー用途でもビジネス用途でも横断的に使えるようにとデザインにしたんです。

丸い形が特徴の360度スピーカー「Dell Wireless 360 Speaker System AE715」。日本では発売されていないが、2017年度グッドデザイン賞を受賞している
丸い形が特徴の360度スピーカー「Dell Wireless 360 Speaker System AE715」。日本では発売されていないが、2017年度グッドデザイン賞を受賞している

――10年先のパソコンのデザインはどうなっていくのでしょう?

ボイド氏: これまでのコンピューティングの歩みは3つの波に分けられるでしょう。まず最初の波は巨大なメインフレームの時代です。2つめの波はパソコン、スマートフォン、タブレットがそろった現在の状況です。個人がそれぞれ自分のデバイスを持ち、それぞれの中にデータをもっています。

 これから来る第3の波は、テクノロジーが生活や仕事全般に今日以上に浸透し、生活を豊かにしたり、仕事の生産性を高めるのに役立ったり、コミュニケーションやコラボレーションを促進するようになります。AI(人工知能)によりニーズを予測して対応するなど、これまでできなかったことができるようになります。機械学習やクラウドと連携したビッグデータ分析により、これまでより良い結果を導き出すことでできるようになるでしょう。

 我々はそうした流れを見越して研究開発しています。目の前の問題は、個人がさまざまなデバイスを持ち、データが各デバイスに散らばっていることです。それぞれのデバイスを細かく操作しないと思い通りの結果が得られません。デバイスがより賢くなり、ユーザーインターフェースの統合などにより、こうした問題を解決していくことがまず第一でしょう。

XPS13 2-in-1を手にするボイド氏。ユーザーニーズがどこにあるのかを常に大事にしているという
XPS13 2-in-1を手にするボイド氏。ユーザーニーズがどこにあるのかを常に大事にしているという

(文/湯浅英夫、写真/シバタススム)

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