ここ数年、ロボティクス事業での活発な動きが目を引くソフトバンクグループ。その成果を披露するイベントが11月21日、22日に開催された「SoftBank Robot World 2017」だ。前回まで「Pepper World」という名前だったのだが、海外の有力ロボティクス企業に対して買収や出資を発表したため、Pepper以外のロボットをアピールするために名前を変更したようだ。

3つのステップで進化するロボット

 イベント初日の10時からは、ソフトバンクロボティクスの代表取締役社長兼CEO・冨澤文秀氏に加えて、協業関係にある企業や買収を発表した海外企業の代表者を迎えて「Pepperと新たなロボットが生み出すロボット革命が始まる」と題した基調講演が行われた。

最初に登壇したソフトバンクロボティクスグループ代表取締役社長兼CEO・冨澤文秀氏
最初に登壇したソフトバンクロボティクスグループ代表取締役社長兼CEO・冨澤文秀氏

 トップバッターの冨澤氏が講演全体の概要を解説したあと、ソフトバンクのロボティクス事業に関する取り組みと今後の展望について、同社の代表取締役副社長兼COO・今井康之氏が具体的に語り始めた。

 それによると、ソフトバンクでは同社のロボットが3つのステップを踏んで進化を遂げつつあるという。

ソフトバンク代表取締役副社長・今井康之氏。同社はロボットの進化を3ステップで考えている
ソフトバンク代表取締役副社長・今井康之氏。同社はロボットの進化を3ステップで考えている

 ステップ1は「顔」。2015年に発売したPepperの法人向けモデル「Pepper for Biz」により、Pepperはキャラクター性と会話する能力を獲得したという。つまり「顔」を得て「人との対話を伴う仕事」が可能になった。

 現在では2000社を超える企業がPepperを導入し、商品案内やプレゼン、集客、アンケートの実施、整理券やクーポンの配布などに活用しているという。

 また、導入企業が増えたことでソフトバンクには利用履歴が蓄積され、それがPepperを大きく進化させているという。この結果、Pepperを仕事に活用するためのテンプレート集である「お仕事かんたん生成2.0」では、反応スピードや音声認識の精度が向上したほか、10業界100パターンにおよぶ業界別テンプレートが用意され、データの分析も高度になっているという。

 ステップ2は「脚」。Boston Dynamics社の買収や、ソフトバンクが出資するBrain Corporationの自動運転技術を得ることで、同社のロボットは2017年から「移動を伴う仕事」が可能になったという。

 特にBrain Corporationの技術を得た成果は非常に具体的だ。人工知能やセンサーを搭載した自動床洗浄機「ICE RS26」の販売を来夏から始めるという。人的なコスト負担の高い床掃除をロボットが代行するメリットは高く、商業施設や駅構内、倉庫、空港などでの活用が見込めるという。

 後にステージに登場したBrain CorporationのCo-Founder兼CEO・Dr. Eugene M. Izhikevich氏によると、同社の自動運転技術は、清掃機に限らず、なんでも自律的に動くように進化させられるという。ただ、決して万能ではなく、環境や状況を判断し、減速、停止させるという制御が得意であり、高速移動を伴う公道での使用などには不向きのようだ。現時点で最も能力を生かしやすいものが清掃機であり、海外では昨夏よりコストコやウォルマートなどで導入され、大幅なコスト軽減の実績を上げつつ、無事故を記録し続けている。

 最後のステップ3は「手」。ロボットが人間のものとそん色のない手、あるいは代替の機構を得て「細かい作業を伴う仕事」が可能となれば、その応用範囲は格段に広がる。しかし、スライドで示されたステップ3が実現する時期は「20XX年」。さすがにこのレベルの技術となると実現は難しく、具体的な時期の予想はつかないそうだ。

Brain CorporationのCo-Founder兼CEO・Dr. Eugene M. Izhikevich氏。同社が手がける「ICE RS26」は、まずは人が運転したコースを記憶させることで無人での自動巡回が可能になる
Brain CorporationのCo-Founder兼CEO・Dr. Eugene M. Izhikevich氏。同社が手がける「ICE RS26」は、まずは人が運転したコースを記憶させることで無人での自動巡回が可能になる

Boston Dynamics社のロボットは見られず

 そしてBoston Dynamics社のFounder兼CEO・Marc Raibert氏が登壇。この日の基調講演で来場者が一番期待していたものは間違いなく彼のスピーチだ。国防高等研究計画局(DARPA)による支援を受け、2005年にNASAやハーバード大学と共同開発した四足歩行ロボット「BigDog」で一躍有名になった同社は、2017年6月にソフトバンクグループによる買収が発表され、グループの傘下に加わる予定だ。

Boston DynamicsのFounder兼CEO・Marc Raibert氏。同社の開発理念や目標を語ったあとは、協業が決まっている3社の代表が舞台に登場
Boston DynamicsのFounder兼CEO・Marc Raibert氏。同社の開発理念や目標を語ったあとは、協業が決まっている3社の代表が舞台に登場

 Boston Dynamics社は、今月に入って「Bigdog」を大きく進化させた新たな四足歩行ロボット「Spot Mini」と、台の上に飛び乗ったり、バク宙まで決める二足歩行ロボット「Atlas」の動画を立て続けに発表。来場者の興味は当然のように「Spot Mini」と「Atlas」が稼働しているところを実際に見られるかもしれない、という期待に満ちていた。

 しかし結論から言えば、基調講演のステージにはBoston Dynamics社のロボットは登場しなかった。加えて、展示開場でも静止状態の「Atlas」と「Spot Mini」が展示されているのみ。稼働状態のものを見ることは叶わなかった。

展示会場に置かれていたBoston Dynamics社の二足歩行ロボット「Atlas」。残念ながら動いているところを観ることは叶わず
展示会場に置かれていたBoston Dynamics社の二足歩行ロボット「Atlas」。残念ながら動いているところを観ることは叶わず
11月に動画が発表された最新型とは違うが、Boston Dynamics社の四足歩行ロボット「Spot Mini」。「生き物を思わせる気持ち悪い動き」で一躍世界に名を轟かせた「BigDog」の後継
11月に動画が発表された最新型とは違うが、Boston Dynamics社の四足歩行ロボット「Spot Mini」。「生き物を思わせる気持ち悪い動き」で一躍世界に名を轟かせた「BigDog」の後継

 さて、Marc Raibert氏のスピーチは、Boston Dynamics社の概要説明からスタート。「人間の機能を持つロボット」を作ることを究極の目標とし、そこに至る道筋として、「将来的な展望」と「直近の目標」という2つの軸を持つことが大事と考えているという。

 「将来的な展望」とは、中長期的な計画で、ロボティクスにおける困難な問題を解決し、新機能へとつなげるための基礎的な研究。「直近の目標」とは、現在の技術を使って、今の世界に適用できる製品を開発することを指すという。

 例えば「Atlas」や「Spot Mini」でもカバーできる「直近の目標」としては、荷物の配送や警備、人々を楽しませるエンターテインメントでの利用が想定されている。さらに災害現場での作業、あるいは倉庫内での物流管理といったことがまもなく実現するそうだ。一方、「将来的な展望」は、建築現場での作業や、高齢者や障害者の介護に従事できる能力を獲得することだという。

Boston Dynamics社との協業する3社も登壇

 こうしたBoston Dynamics社の取り組みに対し、製品や技術の導入を早くも表明している企業が、セントラル警備保障、フジタ、竹中工務店の3社だ。

 セントラル警備保障の代表取締役執行役員社長・鎌田伸一郎氏は檀上で、「(同社は)Pepperもいち早く導入を決めるなど、ロボットへの関心は非常に高い」と話す。日本にある警備会社は、現在約9000社、54万人の警備員が働いており、2020年の東京五輪を控え、業界的には右肩上がりの状態だが、54万人全体の平均年齢が60歳を超えているのが現状だ。「Spot Mini」や「Atlas」のような高い機動性があれば、建物や施設内での巡回もこなすことができ、人手不足の解消に期待が持てる。

 セントラル警備保障が想定しているロボットの用途には、前述のステップ3「細かい作業をこなす手」をほとんど必要としない。しかも、既存のロボット技術、例えばPepperにBoston Dynamics社がすでに実現している高い機動力が加わるだけでも、警備の用途は実現できるのではないか。

 ただ歩き、動いているだけで人の目を釘付けにするBoston Dynamics社の技術が、Pepperのような実用製品として市場に投入される日は、おそらくそう遠くないはず。バッテリーの問題などはあるそうだが、人とロボットが協調して仕事をこなす――そんな時代の到来を予感させる基調講演だった。

(写真・文/稲垣宗彦)

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