ここ数年、アニメの舞台となった場所を“聖地”とし、そこを巡る“聖地巡礼”が珍しいことではなくなっている。以前は一部の熱狂的なアニメファンによる行動だったが、現在では大手旅行代理店がツアーを組むほどの人気だ。

 聖地巡礼を支援するためのアプリ「舞台めぐり」も話題となった。このアプリは、『ガールズ&パンツァー』『ラブライブ!サンシャイン!!』『ふらいんぐうぃっち』など、実際のアニメのシーンで使われた場所が地図上で表示される。アニメと同じ構図で写真を撮影したり、実際の場所にAR(拡張現実)のキャラクターを表示して撮影したりできる。

 しかも、アプリをリリースしているのは、ソニー企業。ソニー系列には、アニプレックスなど、アニメ関連の会社があるとはいえ、ソニーグループがこうしたアプリの配信をしていることから、聖地巡礼がいかに浸透し始めているかが分かるというものだ。また、昨年、出版業界、旅行業界の大手企業が参加し、アニメゆかりの地を観光誘致に活用する「アニメツーリズム協会」も発足している。

聖地巡礼支援アプリ「舞台めぐり」
聖地巡礼支援アプリ「舞台めぐり」
アニメの舞台となった場所に、ARでアニメのキャラクターを表示し、一緒に撮影ができる
アニメの舞台となった場所に、ARでアニメのキャラクターを表示し、一緒に撮影ができる
アニメツーリズム協会のウェブサイト
アニメツーリズム協会のウェブサイト
■変更履歴
「舞台めぐり」の運営会社の記載に誤りがありました。正しくは「ソニー企業」です。お詫びして訂正します。該当箇所は修正済みです。[2018/1/4 15:30]

聖地化の背景にあるアニメ本数の増加

 アニメを観光資源として活用することに成功している自治体の代表例が埼玉県だ。2007年に放映され、聖地巡礼ブームの先駆けとなった『らき☆すた』(舞台は久喜市から春日部市周辺)、映画化もされた『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(あの花)』(秩父市)や『心が叫びたがってるんだ。(ここさけ)』(秩父市、秩父郡横瀬町)などがある。

 2013年からは、アニメと観光事業の振興を図るイベント「アニ玉祭」も開催している。痛車の展示やアニソンライブ、アニメの舞台となった地域やアニメ制作会社、アニメ系専門学校の出展、コスプレなど、企業、地域、ファンが参加するイベントである。毎年開催されている「アニメの聖地サミットin埼玉」では、アニメ関係者がアニメと観光について議論した。

アニメの聖地サミットin埼玉で登壇した秩父観光課の中島学主幹と聖地会議の柿崎俊道社長
アニメの聖地サミットin埼玉で登壇した秩父観光課の中島学主幹と聖地会議の柿崎俊道社長

 この中で、フライングドッグの南健プロデューサーは「アニメの舞台が聖地化した背景は、現在のアニメ放送数によるところが大きい」と語った。現在テレビ放映されている新作アニメーションの数は年間200本を超え、年々増加している。そのため、架空の場所でゼロから背景を作成するよりは、特定の場所を舞台とし、その場所を取材して街並みや背景をそのまま使用したほうが効率がいい。

 町おこしとして、自治体から要望されて舞台にすることもあるが、どちらかというと、このような制作サイドの事情が大きいという。言い換えれば、アニメ制作においては、特定の場所を聖地とする意味合いはあまりないということだ。

偶然から始まった埼玉県のアニメ観光事業

 埼玉県も今でこそ、アニメの聖地となる場所が多くなったが、これはヒットしたアニメの聖地がたまたま埼玉県にあったのであり、狙ったものではなかったという。埼玉県は他県に比べ、観光事業にあまり力を入れてこなかった。埼玉県庁にある観光課も、発足は2009年4月。まだ8年しか経過していない。それ以前は観光振興室という名称で、課にもなっていなかった。

 埼玉県がアニメの聖地として注目されたのは、『らき☆すた』に登場する「鷹宮神社」が埼玉県久喜市にある鷲宮神社をモデルとしており、そこに多くのファンが訪れるようになったこと。それまでにも、『クレヨンしんちゃん』(春日部市)など、埼玉を舞台にしたアニメはあったが、決定的だったのは『らき☆すた』だ。最初の数年は一部のファンによる巡礼にとどまっていたが、年を追うごとにファンが増え、鷺宮も観光資源として扱うようになった。

 埼玉県庁に観光課ができた後には、2011年に『あの花』、2012年に『神様はじめました』(川越市)、2013年に『ヤマノススメ おもいでプレゼント』(飯能市)など、埼玉県を舞台にした作品が立て続けにヒットした。これらの場所はどれも聖地巡礼が盛んで、観光客も増えている。

埼玉県が観光課を設立したと同時に、埼玉県を舞台にしたアニメが立て続けにヒット。のちの観光資源として取り上げることになるが、当時はそういった意図は今ほど強くなかった
埼玉県が観光課を設立したと同時に、埼玉県を舞台にしたアニメが立て続けにヒット。のちの観光資源として取り上げることになるが、当時はそういった意図は今ほど強くなかった

 とはいえ、観光課ができたことで、埼玉県が舞台にしやすい土壌ができたということではなく、偶然にもヒット作に恵まれたといったほうが正しいようだ。

 例えば、最近、アニメの舞台にもよく使われる秩父市は、もともと、夜祭、芝桜、札所など観光資源に恵まれている。若い観光客こそ少ないものの、危機感はあまりなかった。『あの花』の放送が決まったときも特にチャンスとはとらえておらず、秩父市では秩父市報への情報掲載とキービジュアルポスターの掲示くらいしかしていなかった。

 それでも聖地巡礼をするファンが訪れるようになると、イベントを開催するようになり、アニメ制作会社の協力も得て聖地化が進んでいった。つまり、秩父市もアニメ制作会社も最初から聖地化を狙ってはおらず、いわば偶然の産物だったのだ。

 偶然といえば、埼玉県庁の観光課が発足したばかりというのも追い風となった。具体的な施策をまだ模索しているなかで、埼玉が舞台のヒット作が複数登場。「とりあえずやってみよう」と、さまざまな事案に取り組んで成功事例ができたことが、アニメを活用した観光事業を促進した。今では、スマートフォンを使ったデジタルスタンプラリー「埼玉×アニメ・マンガ横断ラリー」や、年に1度の「アニ玉祭」などを実施するに至っている。

アニ玉祭では、各自治体やアニメ制作会社、アニメ専門学校などがブースを展開。『あの花』『ここさけ』の秩父も埼玉県・秩父アニメツーリズム実行委員会として出展
アニ玉祭では、各自治体やアニメ制作会社、アニメ専門学校などがブースを展開。『あの花』『ここさけ』の秩父も埼玉県・秩父アニメツーリズム実行委員会として出展

 アニメの舞台になった場所は、アニメ作品の放送終了と同時に、観光資源としての価値が落ちてしまうことが多い。しかしながら、『あの花』『ここさけ』の舞台となった秩父、『らき☆すた』の鷲宮、『クレヨンしんちゃん』の春日部などは、最初の放送から数年たった今でもその価値をとどめている。はじめは偶然の産物だったとしても、その後、地域と制作側がファンをフォローするイベントや観光資源としての価値を維持する努力を続けているからだろう。

 また、『月がきれい』(川越市)のように埼玉県を舞台とするアニメが継続的に生まれていたり、アニメ化、さらには実写映画化された『斉木楠雄のΨ難』とアニ玉祭でコラボしたりすることで、埼玉県自体がアニメの聖地として見られるようになってきていることも大きい。

 アニメファンという一部の人たちに向けたコンテンツであるとはいえ、観光資源に乏しい埼玉県が、観光客誘致に成功していることは、今後観光立国を目指す日本において、ひとつのヒントになるかもしれない。

(文/岡安 学)

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