2016年2月13日に発売されたソニーのポータブル超短焦点プロジェクター「LSPX-P1」(9万2000円)の人気がとどまることを知らない。2016年1月20日の発表直後から予約が殺到し、発売前に増産が決定。発売後も好調をキープし、長い間品薄状態が続く人気ぶりだ。
2016年4月に起きた熊本地震で基幹部品を扱う工場が被災し、一部パーツが生産できず製品供給に影響が出てしまった点もあるが(2016年11月時点では既に安定化)、その注目度はいまだに高い。
いったいLSPX-P1の何が人々を引き付けたのか。今回は開発者のインタビューを交えながら開発経緯などをひも解くとともに、LSPX-P1の魅力を改めて探ってみたい。
壁に密着した状態で投影できる
LSPX-P1の詳細については、以前の記事「注文殺到で品切れに! ソニーの『画期的』小型プロジェクターを使ってみた」で詳しく紹介しているが、ここで簡単に振り返っておこう。
「超短焦点」の名前が示す通り、LSPX-P1の最大の特徴は焦点距離の短さだ。通常のプロジェクターと違って壁に密着した状態で投影できるほか、わずか28cmの距離から80インチの大画面を投映できる。
設置場所を選ばないサイズ感や空間にとけこむシンプルなデザインも重要なポイント。広いリビングだけでなくワンルームでも十分利用できるので、気軽に大画面を楽しめる。さらに、机や床へダイレクトに投写できるのも、これまでにない機能性のひとつだ。
実際の使い方としては、付属のワイヤレスユニットを接続してBlu-rayの映像や録画した番組などを大画面で楽しむのがメーンとなる。ただ、本体に内蔵されている画像を映し出す「ポスター機能」も意外に利用されていると、LSPX-P1を開発したソニー TS事業準備室の佐久間康夫氏は話す。
佐久間氏によれば、LSPX-P1は「最初から商品化が決まっていたわけではなかった」という。商品化が決まる前段階で、BDやDVDのレーザーピックアップを開発する部署が、レーザーとレンズの技術を生かして超小型プロジェクターモジュールを開発。これが2013年夏に同社の平井社長の目に留まったことが始まりだという。
そして2014年秋、空間を活用して新しい体験を創出することをコンセプトとした「Life Space UX」のラインアップとして、正式にLSPX-P1の開発がスタートした。
プロジェクターの「常識」にとらわれない
LSPX-P1のプロトタイプ第1号機がお披露目されたのは、2014年9月にドイツで開催された家電見本市「IFA」。開発当初からイメージしていた「ポータブル感」を表現した試作機ではあったが、この当時から「この小さいサイズ感で50インチの大画面を映せる」という点が海外メディアに評価されていた。
そこから、「小型サイズであれば部屋の中で持ち運びたい」という話になり、片手で握れるサイズに落とし込むための改良を実施。2015年1月に米国・ラスベガスで開催された家電見本市「CES」で第2号機を発表した。
そして、最終的な製品版ではガジェット感やプロジェクター感を出さないため、よりフラットなデザインで洗練された雰囲気へと改良した。
平井社長がその可能性に期待し、海外メディアも評価するLSPX-P1。「プロジェクターの専門家が心血を注いで開発したのだろう」と思いがちだが、実はそうではない。既存のプロジェクター事業部ではなく、全くの素人が担当者として開発に関わっている。
もっとも、この「素人だった」ことが、実はLSPX-P1の開発において重要な意味を持っている。というのも、素人だったがゆえに「既存のプロジェクター事業部であれば暗黙的に従ってしまう常識にとらわれることなく開発を進められた」(佐久間氏)からだ。それが、いままでにない画期的なプロジェクターを生み出す大きな要因につながっている。
例えば、LSPX-P1の明るさ100ルーメンは、2000~3000ルーメンが当たり前の普通のプロジェクターと比較すれば「規格外」。「プロジェクター事業部であれば商品化されなかったかもしれない」(佐久間氏)。
しかし佐久間氏は、プロトタイプ製品のテストで100ルーメンでも使い方次第で十分に利用できると実感。「100ルーメンだからと数字だけを見て拒絶するのではなく、何度もテストを重ね、しっかり使えると確信できたので商品化を進めた」と話す。
また、スクリーンを使わずに映像を直接壁に投影するというのも、通常のプロジェクターであれば、常識的とはいえない発想だろう。そのため、TS事業準備室の村澤佑介氏によれば、LSPX-P1の開発では「スクリーンのように白くない壁で、ユーザーにどう使ってもらうか?」という課題についても議論したという。
そして、この課題を解決するために、村澤氏がまずやったのは壁紙サンプルの取り寄せ。壁紙の専門会社に集合住宅でよく利用される壁紙などを教えてもらい、実際の映りや色の出方などを手探りでチェックしていったそうだ。
やることより、やらないことを話す
このほか、離れた場所にあるBDレコーダーなどの映像を楽しめるワイヤレスユニットも、LSPX-P1の大きな特徴のひとつだ。これが誕生したきっかけは、リビングなどに置いたときに、太いHDMIケーブルが本体から出ているビジョンをどうしても想像できなかったからだと言う。
つまり、ケーブルの出ない美しい本体のビジュアルを保持するために、ワイヤレスユニットを別途設計したというわけだ。
しかし、普通に考えればこれもなかなかの常識外れ。通常の事業部であればおそらく「ケーブルがさせないと不便。コネクタを付けておけ」と言われるはずだ。
もちろん、こういった声がなかったわけではないが、佐久間氏や村澤氏は普通の事業部ではできないことをやろうと考え、一番できるところまで振り切ったそうだ。本体に電源以外の操作ボタンが装備されていない点や、スマホがないと全く操作できないという仕様も、その振り切った考え方の結果といえる。
さらに、村澤氏は何でもやろうとすると、いままでと同じような物しか作れないので、「やることよりも、やらないことを話している時間の方が多かった」とも話す。この考え方にモノづくりの新しい発想を見た気がした。
スマホが人気を後押し
ここまで見て分かる通り、LSPX-P1は根本的にすべての人に受け入れられることを目指した製品ではない。そのため、「ここまで注目されるとは思っていなかった」というのが佐久間氏と村澤氏の率直な実感だ。
では、どうしてここまで受け入れられたのか。その要因を佐久間氏は「単に製品を提供するのではなく、『いままでにないプロジェクターでできる体験』を提供しようとしたからではないか」と見ている。「『自分も新しい体験をしてみたい!』という共感が、多くの人をひきつけたのでは」と語る。
筆者としては、スマホの存在がLSPX-P1の人気を後押ししているのではないかと分析する。LSPX-P1はスマホと簡単に連携でき、スマホに保存してある写真や動画などを手軽に机に映したり、あるいは大画面で壁に投影したりできる点が大きな魅力だ。
これについては佐久間氏も「現在、スマホにほぼすべてのコンテンツが集約されている。それらの出力手段としてLSPX-P1が魅力的に映っているのかもしれない」と賛同する。
もっとも、LSPX-P1はまた最終形の製品ではない。村澤氏は「LSPX-P1で提案した体験はこれから進化させていきたい」と意気込む。今後のバージョンアップや機能追加に期待したい。
(文/近藤 寿成=スプール)