富士フイルムが写真・動画に特化したSNS「Instagram」に対応したフィルム製品のラインアップを強化している。2017年10月23日にデジタルイメージセンサーを搭載したチェキ「instax SQUARE SQ10」の新色としてホワイトを、25日にはスマートフォンと連携した小型プリンターの新製品「instax SHARE SP-3」を相次いで発表した。

 SQ10、SP-3はいずれも正方形のフィルムに対応しているのが特徴だ。正方形の写真の投稿が一般的なInstagramを意識した製品設計と言えるだろう。SP-3は専用のスマートフォン向けアプリと連携して使うことで、スマホで撮影した写真を正方形のチェキとして印刷できる。一方、SQ10は撮影後に明るさの調整や、色味や彩度などの異なる10種類のフィルターを選んで適用できる。こちらもInstagramのフィルター機能を彷彿とさせる。富士フイルムはなぜアナログなフィルムカメラを、デジタルメディアであるInstagramに対応させるのか。

デジタルイメージセンサーを搭載したチェキ「instax SQUARE SQ10」の新色のホワイトを発売
デジタルイメージセンサーを搭載したチェキ「instax SQUARE SQ10」の新色のホワイトを発売
スマホで撮影した写真がInstagramのような正方形のチェキにプリントできる「instax SHARE SP-3」
スマホで撮影した写真がInstagramのような正方形のチェキにプリントできる「instax SHARE SP-3」

 スマホの普及とともに、カメラ市場に吹く逆風の強さが増している。カメラ映像機器工業会によると2016年のデジタルカメラ出荷台数は2418万9870台だった。前年比で68.3%と大幅に減少したことになる。デジタルカメラでさえこのありさまだから、フィルムカメラ市場はさらに苦境に立たされているに違いない。そう考えるのが当然だろう。ところが実態は異なる。富士フイルムのフィルムカメラの販売台数はむしろ年々増加しているのだ。

 「2004年から数年間はチェキの年間販売台数が10万台程度にまで低迷した。しかし、2007年ごろからアジア地域でチェキがはやり始めたことを機に上昇に転じた。2011年に過去最高の販売台数を記録すると、それ以降は右肩上がりが続いている」と富士フイルムイメージング事業部インスタント事業グループの高井隆一郎マネージャーは説明する。

 新たに投入したSQ10も「初回のオーダーが想定の倍以上も寄せられた。その後も計画数値を上回っている」(高井氏)と好調さをアピールする。これらにより、富士フイルムは2017年のチェキの販売台数を前年比13%増の750万台と予測する。

 フィルムカメラ伸長の原動力の1つが、Instagramの流行である。デジタルメディアであるInstagramとアナログなフィルムカメラ。一見すると相反する存在に思える。ところがInstagramで「#チェキ」と検索すれば13万件を超える写真が投稿されている。また、レンズ付きフィルム「写ルンです」で撮影された写真を投稿するときにつけられるハッシュタグ「#写ルンです」に至っては、投稿件数が31万件を超えているから驚きだ。Instagramの流行によってチェキや写ルンですといったフィルムカメラが売れる。そんな不思議な現象が起こっている。

チェキを使った新しい撮影手法が続々

 このような現象が起こる理由を高井氏はこう分析する。「チェキや写ルンですで撮影した写真は、デジタル特有のビビッドな色合いではなく独特の味わいになる。それが撮影者にとって写真の個性になったり、面白さの追求につながる」。Instagramの利用者が拡大する中で「人と違った写真を投稿したい」という欲求が生まれた。この欲求に対して、チェキや写ルンですで撮影した写真の特徴が合致したようだ。

 実際、Instagram上ではユーザー主導でフィルムカメラを使った新しい撮影手法が日々生まれている。「フォト・イン・フォト」と呼ばれる手法もその1つ。その名の通り写真の中に、写真を写す手法を指す。例えば、海岸線の写真を撮影する際、画角に入る灯台を事前にチェキで撮影する。次に印刷したチェキを手で持ち、背景と一体化させて撮影することで、対象物の存在を際立たせる。そんな手法だ。アナログであるフイルム写真とデジタルメディアを組み合わせることで、新しい価値が生まれている。こうした現象がフィルムカメラの販売台数の増加につながっているわけだ。

Instagramではチェキを使った撮影手法「フォト・イン・フォト」が人気に。自社で運営するチェキの情報サイト「Cheki Press」でも紹介している
Instagramではチェキを使った撮影手法「フォト・イン・フォト」が人気に。自社で運営するチェキの情報サイト「Cheki Press」でも紹介している

 ユーザー主導でInstagramを軸としてフィルムカメラが若者のライフスタイルに根付く中で、富士フイルムもこれを商機と捉えた。「Instagramがこれだけ普及すると、市場にも大きな影響を与える。そうしたサービスを積極的に使う世代が楽しめるように流れにしっかりと乗っていくことが重要と判断した」(高井氏)。その具体的な策の1つが正方形フィルムの採用だ。より個性豊かな写真を投稿したい。そんな消費者心理に、Instagramに最適化された正方形のフィルムが受け入れられると踏んだ。

 「これまでのチェキは財布に入れられる手軽さがあるので、リプリントしてカップルで所有するなどコミュニケーションツールとしての価値が高い。一方、正方形のフォーマットは90年代から写真愛好家に支持されてきた。より芸術性を求め、見られるために工夫をしている層を意識して開発した」(高井氏)。こうしてSQ10とSP-3が誕生した。

アパレルチェーンでもチェキを販売

 富士フイルムは新製品の開発に加えて、新たな販路の開拓にも乗り出している。Instagramの流行によって、チェキは「簡単に撮れるカメラ」から「おしゃれなカメラ」へと位置付けが変わっているからだ。例えば、国内では『ロフト』などでの販売を始めている。そうした店舗ではマスキングテープや文具と一緒に陳列しているという。複数のチェキを撮って、ペンやテープでデコレーションをした後に、スマホで撮影してInstagramに投稿する。そんな、若年層の利用シーンに即した展開をすることで販売の拡大を狙う。

 また、「米国ではチェキがクールな製品と捉えられている。そこで、アパレルチェーンの『アーバン・アウト・フィッターズ』で大々的に展開するなど、ファッションやライフスタイルと密接な業態の店舗へと販路を広げている」と高井氏は言う。

「写ルンです」もインスタ効果で売上増

 では、もう1つのフィルムカメラである写ルンですについてはどうか。実はこちらもInstagram効果で売り上げが伸びている。6月23日に3万個限定で発売した「写ルンです プレミアムキット」はすでに全数の出荷が完了するなど好調だ。

 写ルンですはチェキとは用途が少々異なる。先述した通りチェキはフォト・イン・フォトなど、スマホで撮影する際の工夫に使われることが多い。対して、写ルンですの場合は「写真をデータにしてスマホに取り込んでから、Instagramに投稿する人が多い」(高井氏)。

6月23日に発売した「写ルンです プレミアムキット」も全数の出荷が完了
6月23日に発売した「写ルンです プレミアムキット」も全数の出荷が完了
 

 「写ルンですで撮影した写真は、写ルンですでしか出せない色合いになる。それが個性になるので、アプリなどで加工せずにそのまま投稿している」

 都内で働く会社員の谷畑朋美氏は写ルンですの魅力をこう説明する。谷畑氏も半年ほど前から写ルンですを愛用しており、やはり撮影した写真をInstagramに投稿しているという。色合いだけではなく「旅行先や飲み会で撮影したときに、より自然な表情を撮れるのもポイント」だと谷畑氏は続ける。というのも、「スマホを構えたときの方が、写真を撮られるという意識が強くなっている」(谷畑氏)からだ。むしろ、写ルンですで撮影した方がカメラを意識されずに自然な表情を撮れるという。その味を生かすために加工はしない。

 こうした利用ニーズに合わせて富士フイルムが7月から始めたのが、写真のダウンロードサービスだ。写ルンですを現像に出すと、撮影した写真を直接スマホでダウンロードできる。「SNSで写ルンですを楽しんでもらいやすい環境を提供したかった」と高井氏はサービス提供の狙いを説明する。キタムラやプラザクリエイトといった大手プリント事業者が同様のサービスを相次いで始めていることも、市場の盛り上がりを示している。

 富士フイルムの取り組みは、Instagramにより良い写真を投稿したいという消費行動を指す「インスタ映え」をうまくマーケティングに取り込んだ格好だ。インスタ映えという言葉は、承認欲求の表れなどと揶揄されることも少なくない。しかし、そうひとくくりにして自分自身には無用と判断するのは早計だ。そこには新しいマーケティングのヒントが眠っている。それに気付かなければ、むざむざ大きなチャンスを逃しかねない。

(文/中村勇介=日経トレンディネット)

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