大手メガネチェーンのメガネスーパーがメガネ型のウエアラブルデバイスを開発。新会社Enhanlabo(エンハンラボ)を設立し、事業化を目指している。現在、ウエアラブルデバイスを手掛けているのは、多くがIT系企業だ。そんな中、“アナログ”なメガネを作ってきた同社がなぜ新規分野ともいえるウエアラブルデバイスに参入するのか。

 2012年にGoogle Glassが発表されたのを皮切りに、IT系企業からさまざまなメガネ型ウエアラブルデバイスが登場してきた。その中で異色な存在と言えるのが、長年メガネを手掛けてきた大手メガネチェーン、メガネスーパーが開発した「b.g.」(ビージー)だ。スマートフォンやパソコンなどに接続して使うメガネ型のディスプレーで、装着すると接続している機器の映像が目の前に現れる。見やすさや使い心地のよさを追求したのが特徴で、メガネメーカーとしてのこだわりが詰まっている。

メガネスーパーが開発した「b.g.」。現在はまだ試作品
メガネスーパーが開発した「b.g.」。現在はまだ試作品

 b.g.は、「beyond glasses」の略で、「メガネを超える未来のメガネ」という願いが込められている。コンセプトは「視覚拡張」だ。例えば、肉眼では見えない遠くのものを手元で見られるというように、視力を矯正する従来のメガネを超えて、視覚を拡張するメガネを作りたいのだという。今年5月にはb.g.などのウエアラブル事業を手掛ける新会社としてEnhanlabo(エンハンラボ)を設立して事業を本格化させている。b.g.のコンセプト、メガネを手掛けてきた企業ならではのこだわり、新会社の目的について、エンハンラボの座安剛史社長に話を聞いた。

エンハンラボの座安剛史社長
エンハンラボの座安剛史社長

メガネ屋ならではの“見やすさ”が強み

 b.g.の開発において、メガネを長年手掛けてきた企業としてこだわったのは「見え方」と「掛け心地」だった。これまでさまざまなメガネ型デバイスが主に産業用途向けに発売されてきたが、まだブレークしていない。その理由を、座安社長はメガネとして捉えたときの見え方や掛け心地が悪いことにあるとみている。

 「多くのメガネ型デバイスは表示が見づらい。メガネ型デバイスを使ったソリューションが高く評価されていても売れないのは、この見づらさや掛け心地の悪さにあるのではないか。そこに、われわれ“メガネ屋”が持つメガネ作りの技術や、“見る”ことに関するノウハウを活用できる余地があると思った」(座安社長)。

 見やすく掛け心地のいいメガネ型デバイスさえあれば、使用するときの障壁がなくなり、ソリューションの活用も増えるはず――そう考えたことが参入のきっかけになったという。

 見やすくするための具体的な工夫が、“両眼視”と“ノンシースルー型ディスプレー”だ。現行のメガネ型デバイスは、片側のレンズに映像を投影する仕組みが一般的だ。しかし人間は左右の目で見たものを脳内で処理して1つの像として捉えている。b.g.は同じ映像を左右の有機ELディスプレーに表示して両目で見るようにすることで、見やすさを改善した。

 加えて、ディスプレーを向こう側が透けていないノンシースルー型にすることで、明るい場所で見やすくした。現実と映像が重なって見えるAR(拡張現実)の表現はできないが、その分映像が見やすい。メガネ型デバイスとしては解像度の高い、XGA(1024×768ドット)のディスプレーを採用することで表示の精細さも確保した。

b.g.は、メガネのレンズの外側にディスプレーが付いている。左右それぞれの目でディスプレーを見ることで、見やすさを改善した
b.g.は、メガネのレンズの外側にディスプレーが付いている。左右それぞれの目でディスプレーを見ることで、見やすさを改善した
b.g.で地図を見たときのイメージ。背景が自分の目で見ている街頭の景色、四角く表示された部分が液晶に映った画面。自分の目で見る景色とディスプレーの中の映像が重なるように見える(メガネスーパーの動画より)
b.g.で地図を見たときのイメージ。背景が自分の目で見ている街頭の景色、四角く表示された部分が液晶に映った画面。自分の目で見る景色とディスプレーの中の映像が重なるように見える(メガネスーパーの動画より)
カメラとb.g.を連動させれば、見ている景色の一部だけを拡大して見るといったこともできる(メガネスーパーの動画より)
カメラとb.g.を連動させれば、見ている景色の一部だけを拡大して見るといったこともできる(メガネスーパーの動画より)

 掛け心地を左右するデザインには、社内のデザイナーや福井県鯖江のメガネの技術者の知恵が生かされている。b.g.では、フレームにデバイス部分を脱着できる構成にした。着脱式にしたのは、生産効率と掛け心地の両面を考えてのことだ。

 デバイス部分は特定の種類のものを大量に生産。一方で、フレーム部分は、使い方などに合わせて多品種小ロットで作る。こうすることで、通常は一般的なメガネのフレームにデバイスを取り付け、工場内では防護用のゴーグルに付け替えるといったことが可能になる。また、かける人の顔の造形や大きさに合わせたフレームを選んでもらうこともできるだろう。「人によって目と目の距離なども違う。そうしたノウハウを持っているのは、メガネ屋ならでは」と座安社長は語る。

音声入力との組み合わせでもっと便利になる

 実際に、b.g.を着用させてもらった。b.g.はメガネのレンズの下側にディスプレーが取り付けられており、視線を正面に向けると外の景色が、視線を少し落とすとディスプレーの情報が見えるようになっている。b.g.のノンシースルー型ディスプレーは、ディスプレーの情報と現実の景色が重ならないので、文字などが鮮明だ。実際の景色とディスプレーの情報が重なって見えるシースルー型と比べると、視線を動かして見るものを切り替える必要はあるものの、ディスプレーの情報は別次元の見やすさだ。メガネの範囲内でスマートフォンの画面を見ている感覚と言えばいいだろうか。

 「シースルータイプだと、文字などを表示した場合、景色と重なると非常に読みにくくなる。また、細かい文字や画像を見ながら作業しようとすると、解像度が高くないとよく見えない。こうした問題がノンシースルーで解像度の高いb.g.では解決できる」(座安社長)。

 産業用途でマニュアルなどを表示して使うときは、b.g.のようなノンシースルー型が現実的だ。表示情報の鮮明さが求められる医療分野や、CADデータを扱う分野などでも強みを発揮できると自信を示す。

 人間の目では「見えない」ものを可視化することにも挑戦したいという。一例がサーモグラフィーだ。熱は肉眼では見えないが、サーモグラフィーで事前に察知できれば、工場や研究所で機器の異常による加熱を事前に察知し、危険を回避できる。センサーで収集した情報を見ながら作業するといったことも可能だ。

農業などでの利用も想定している(メガネスーパーの動画より)
農業などでの利用も想定している(メガネスーパーの動画より)
農場の各地に取り付けたセンサーの情報などをb.g.の画面に表示して確認しながら作業するイメージだ(メガネスーパーの動画より)
農場の各地に取り付けたセンサーの情報などをb.g.の画面に表示して確認しながら作業するイメージだ(メガネスーパーの動画より)

 今後、注目しているのは、音声入力技術との組み合わせだ。検査や設備点検などでメガネ型デバイスを使うユーザーには、前述のように表示が鮮明で見やすいことがまず評価されている。そして将来的には音声入力と組み合わせて、ハンズフリーで作業できるようになることが期待されているという。

 これまで情報を見たり入力したりするためには、タブレットなどの機材が必要だった。だが、情報を見ることはb.g.のようなメガネ型デバイスで受け持ち、情報の入力は音声でできるようになれば、タブレットは不要になる。食品メーカーや精密機器メーカーのクリーンルーム、工場などでは、作業効率や安全性、セキュリティーの問題から手に触れるものを極力減らすことが求められるため、ハンズフリーの需要は大きく、ビジネスチャンスがあると見る。

「メガネ型デバイスと音声入力は非常に相性がいい。人間のインターフェースが視覚中心なのはこれからも変わらないが、入力は音声が伸びていくだろう。これから数年で大きな変革がやってくる」(座安社長)と予測する。

これは新しいディスプレーでありプロジェクター

 これまで展示会に出品して、体験した人からは「ここまでよく見えるメガネ型デバイスは初めてだ」といった反応が多くあった。掛け心地も好評だったという。

「展示したプロトタイプではまだ重さの問題が解決しきれていなかったが、それでも“やはりメガネ屋が作ったものは掛け心地がいい”という意見を多くいただいた」(座安氏)。

 特に高く評価してくれた業種は、建築業、製造業、メンテナンス業、医療分野など。いずれももともとメガネ型デバイスに関心の高い業種だが、そうした業種の人たちに見え方と掛け心地にこだわるというコンセプトが十分伝わっていると、手ごたえを感じているという。

 b.g.のバッテリーは本体ではなく、スマートフォンを取り付けて本体と接続する箱型のユニットの中にある。本体に入れなかったのは、大きいバッテリーを積めないことや顔の近くに発熱するものを置きたくないといった理由による。箱型のユニットはプロトタイプでは大きいが、製品版ではポケットに入るぐらいに小型化する予定だ。本体とユニットはHDMIケーブルで接続している。HDMIで接続できる機器なら、なんでも接続できるようにしたいという。

b.g.をスマートフォンと接続する場合、バッテリーはスマートフォンを取り付ける箱形ユニットの中にある
b.g.をスマートフォンと接続する場合、バッテリーはスマートフォンを取り付ける箱形ユニットの中にある

「b.g.はプロジェクターやディスプレーのようなもの。HDMIで接続すればなんでも映るようにしたい。ユーザーとなる企業はすでに様々なデバイスを使っている。そこにb.g.を接続して活用できるようにしたい」(座安氏)。

 例えば工場では、作業スぺースの脇にディスプレーを設置して、それを見ながら作業する場合がある。そのディスプレーをb.g.に置き換えることで、前述の安全確保などのメリットとともに、生産ラインの省スペース化といったメリットも得られるというわけだ。

 エンハンラボによると、b.g.は2018年中に量産体制を整える計画だ。製造業や医療業界などからの期待を収益に結び付けられるのか。まずは、来年の展示会に向けて準備しているという製品版に期待したい。

(文/湯浅英夫=IT・家電ライター)

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