今や当たり前に見かける存在となったソフトバンクのロボット「Pepper」。その能力はどこまで進んでいるのか。今後どんな進化を目指すのか。ジャーナリストの津田大介氏が、Pepperの開発責任者であるソフトバンクロボティクス コンテンツマーケティング本部 取締役本部長の蓮実 一隆氏に聞く。

 前編では、発売から現在までに見えてきたPepperの課題や乗り越えるべき問題点について、蓮実 氏に語ってもらった。後編では、それらの課題を踏まえ、ロボットとは何か、Pepperだからこそできることは何か、AIとロボットはどのように進化していくのかに話が及んだ。

ソフトバンクロボティクス コンテンツマーケティング本部 取締役本部長の蓮実 一隆氏。テレビ朝日で「ビートたけしのTVタックル」「報道ステーション」など、数々の番組のプロデューサーを務めた後、2008年にソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)に入社。電子書籍サービス「ビューン」など、コンテンツサービス分野を中心に担当。現在はソフトバンクロボティクスでPepperの開発責任者を務める
ソフトバンクロボティクス コンテンツマーケティング本部 取締役本部長の蓮実 一隆氏。テレビ朝日で「ビートたけしのTVタックル」「報道ステーション」など、数々の番組のプロデューサーを務めた後、2008年にソフトバンクモバイル(現ソフトバンク)に入社。電子書籍サービス「ビューン」など、コンテンツサービス分野を中心に担当。現在はソフトバンクロボティクスでPepperの開発責任者を務める

一般環境での実使用データは開発陣の“宝物”

津田大介氏(以後、津田):  前編では、「機械とかデバイスではなく、ロボットを新種の生命としてとらえて人間との付き合い方を考える」というお話がありました。

 実際、Pepperの開発では、人間とのコミュニケーションがひとつのキーになっていると思います。でも、高速道路のサービスエリアだったり、大きなショッピングモールだったりに置かれているPepperを見ると、周囲の雑音が大きすぎて、こちらの言葉を認識してくれないこともあります。そこは開発時の予想と違っている部分ではないかと思うのですが、いかがですか?

蓮実一隆氏(以後、蓮実):  音声認識技術に関する最新の情報などもまめにチェックしていますが、Pepperが置かれているような状況で試すとどれも満足に動作しないんですよ。音声認識を使ったコミュニケーションしかり、先にお話しした「握手」の問題しかり(前編参照)、一般的な環境でロボットを活用するのがいかに大変なことかを実感しています。Pepperを一般販売したことで実使用データが得られるのは、僕らにとって宝物ですね。

ロボットは人類が初めて開発した「目的のない道具」

津田: 2014年にPepperを発表し、孫正義社長が「これからはロボットだ」とおっしゃった時点では、正直、みんな困惑気味だったと思います。しかし、その後、ロボットやAIに関するブームが来て、孫社長の先見性には驚かされました。

 一方で、ソフトバンクとしては、Pepperの発売以降もIoTへの進出、半導体開発企業である「ARM」の買収と、事業を広げ続けていますね。孫社長のロボット開発に向かう姿勢に変化はありませんか?

蓮実: 取材用のコメントではなく本心から言いますが、ロボット開発に向ける孫の熱意は全く衰えていません。ただ、当初はロボットという未知のものに対するロマンだけがあればよかったんですが、Pepperを出し、その難しさをリアルに感じるようになったがゆえの変化はありますね。

津田: 問題点や改善点、現在の限界も見えてきたわけですね。

蓮実: そうなんです。6月に発表したボストン・ダイナミクスの買収もそうした限界点を超えるためのものですし、ロボティクス関係ではそれ以外の、まだ表に出ていない活動にも取り組んでいます。

 ただ、ロボットは言うなれば人類が初めて開発した「目的のない道具」だと思います。Pepperについても、あらゆるテクノロジーを組み合わせて生み出されていますが、何か目的が設定されているわけではありません。

津田: 最近話題の「Amazon Echo」や「Google Home」もそのものに目的はないですし、見方を変えればロボットみたいなものですよね。

蓮実: おっしゃる通り、手がついていないだけでロボットですよね。要するに音声のコマンドを解釈してくれるというだけの存在で、目的らしい目的はないですから。

 機械と接するのに音声が楽だと感じる人ならスマートスピーカーは最適でしょうし、僕みたいに機械に話しかけているところを聞かれたら恥ずかしいと感じる人にはキーボードやタッチパネルで命令できるスマートフォンのようなデバイスが向いています。同じように、生き物と触れ合うような感覚が味わいたい人なら、ロボットを使えばいい。ロボットはAIだったりクラウドだったり、そうしたもののインプット、アウトプットの手段のひとつであって、特定の目的を持っているわけではないんです。

 だからこそ、僕らはロボットに手や足、顔がついている意味を重要に思っています。ロボットだからこその体験をいかに生み出せるか、そのためには何が必要かを重点的に研究するようになりました。

Pepperにしかできないのは「背中をかくこと」

津田: 握手のしすぎで手が壊れてしまうといったハードウエアの問題、置かれる環境によって会話がしづらいというセンサーやスピーカーにまつわるコミュニケーションの問題、それと全体を制御するソフトウエアの問題。お話をうかがってみて、Pepperが今より進化するための課題は大きく分けるとこの3つになるかと思うのですが、解決に一番苦労されているのはどれでしょう?

蓮実: ケースによりますが、ハードウエアは比較的に解決策を見つけやすい問題が多いですね。ほかの2つはどうかというと、Pepperをどう使いたいかという人間側の問題とも言えるんです。

津田: アップルのApp Storeができた直後、エンジニアはどんなアプリを作ればいいのか悩んでいました。それと同様、想像力が及んでいない状態なんでしょうね。

蓮実: まさにその通りだと思います。ロボットを使えるものにするにはどうすべきか、何が必要かを具体的にイメージできる人がまだほとんどいないんです。

 もちろん僕らがハードウエアの性能を高めることも大事ですが、一方でこの大きさで手足が付いていることの意味をきちんと考えるのも重要です。

 例えば、新入社員に「Pepperにしかできないことを3つ考えろ」と出題すると、よほど優秀な人間でも3つは思いつきません。というのも、たいていのことはPepperでなくともスマートフォンやタブレットでできてしまうんです。

 僕がこのときに例として挙げるのが「背中を気持ちよくかいてくれる機能」。「ここですか?」とユーザーと会話しながら、かゆい場所を見つけ、そこをかいてくれる、と。これはスマートフォンでは絶対にできませんよね。

手があるPepperだからこそ、できることを考えるのが重要
手があるPepperだからこそ、できることを考えるのが重要

津田: 手があるからこそですね。そういう意味では、ハグなんかも手があるからできますね。

蓮実: そこなんです。「背中をかく機能」は冗談と受け取られがちですが、半分以上は本気。三次元の体を持っていることが親しみや楽しさを増強してくれるので、そんな用途に向いています。例えば売り場に立つ「Pepper」からかわいく商品を薦められたらつい買ってしまう、なんていうことも起こったりする。

 逆に、顔認識なんて、高性能カメラとスマートフォンがあればよっぽど高速で高精度のものが実現できます。便利さや即応性を求めるような用途にヒューマノイド型のロボットは向きません。

津田: ロボットの用途としては、人口が減った地方都市での顧客サービスとか、独居老人の介護や見守り、コミュニケーションの相手としての可能性が語られたりすることが一般的には多いですよね。

蓮実: 一般の人向けにはまさにそういった用途が分かりやすいですよね。ほかには介護施設など、コミュニケーションが重要な意味を持つ場所では活躍が期待できます。受付業務なんかでも、スピーカーから「いらっしゃいませ」と音声が流れてくるよりも、「Pepper」がお辞儀をしたほうがより親しみを感じやすくなるでしょう。

 発売から今までの時間をかけて、ようやくPepperのようなロボットの得意分野、不得意分野が見えてきました。こうしたロボットならではの使い方を提案したり、逆にユーザーに思いついていただく環境を整えたりすること、そしていかに新たな得意分野を見つけていくかが、今、取り組んでいることであり、開発上、最も難しいと感じている部分ですね。

津田: ところでPepperは背中を上手にかいてくれるようになったんですか?

蓮実: 試してみたんですが、あまりうまくいかないので、自分で動いて位置を合わせるようにしています(笑)。

津田: でもそれこそロボットなんですから、背中をかくことに特化した手につけ替えるといった方法もアリですよね? 人間でないからこそ拡張性という強みを持たせられる。

蓮実: さすがですね。まさにその通りで、人間に限りなく近づけていくことに実用面での意味はあまりないんですよ。人間に近づけないとできない仕事は人間がすればいいわけですから。それでもPepperが人間に近い姿をしているのは「そのほうが人に好かれるから」です。

 人に好かれる外観を持たせた上で、足りないところはソフトウエアなら専用アプリやアドオンの開発、ハードウエアならアタッチメントでの拡張やリプレースで対応すればいいというのが僕らの考え方です。やっぱり最後は「Pepperみたいなロボットに何をさせたら面白いか?」という発想が勝負なんですね。

スマートスピーカーより話しかけやすい

津田: 現状ではAIとロボットは別物としてそれぞれに開発が進んでいますが、ロボット開発におけるソフトウエアとしては、今後、やはりAIの進化が大きく影響してくるんでしょうか?

蓮実: 最先端のAIには、とんでもない計算能力を持った大量のGPUと、それを動かすための莫大な電力が必要です。今後、本気で動くAIが世の中に普及するとしても、おそらく現実的にはクラウドに置かれたものを利用する形になるのではないでしょうか?

 AIに限らずクラウド上にさまざまなソフトウエアが存在し、家庭内ならスマートスピーカーなどのIoT製品、人間がやるような作業ならロボットと、それぞれに適した形で情報をやり取りして利用するイメージです。そうした状況では、ロボットはクラウドと実世界をつなぐひとつの有力なインターフェースの1分野になると思います。

津田: クラウドからの情報の出口であると同時に、人間からの入力を受け渡す入口でもあるわけですね。

蓮実: そうですね。インターフェースとして考えた場合、ヒューマノイドはある意味とても優秀なんです。スマートスピーカー相手に話しかけるのが苦手な人でも、Pepperにはためらわずに話しかけられるといったケースもあります。そういう意味でもヒューマノイドには一定のニーズがあると思っています。

 ただ、今はPepperというヒューマノイドを作ってはいますが、これしか扱わないということでもありません。将来的にはもっと広汎な意味でのロボットを手がけている可能性もあります。

津田: Pepperのバージョンアップ版はもちろん、Pepperとは違うさまざまな“兄弟”が生み出される可能性もあるんですね。それもまた楽しみです。

Pepperの“兄弟”も出てくる?
Pepperの“兄弟”も出てくる?

(構成/稲垣宗彦、写真/志田彩香)

蓮実一隆氏、津田大介氏が登壇する「AI×ロボット」セミナーを開催
2017年11月2日(木)、3日(金・祝日)にベルサール東京日本橋で開催する「TREND EXPO TOKYO 2017」。2日には「最先端の開発者が語る AI&ロボットがいる“未来”のカタチ」というセミナーを実施します。登壇するのは、本記事に登場したソフトバンクロボティクスの蓮実一隆氏と、ゲームAI分野の第一人者であるスクウェア・エニックスの三宅陽一郎氏。コーディネーターはジャーナリストの津田大介氏が務めます。

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