実写にしか見えない、謎の3DCGキャラ「Saya」。写真やスキャンを使用せず、手描きで作り込まれたCGは、もはや実写に見えるほどの緻密さ。15年に発表されると、大反響を呼んだ (C)2015-2017 TELYUKA
実写にしか見えない、謎の3DCGキャラ「Saya」。写真やスキャンを使用せず、手描きで作り込まれたCGは、もはや実写に見えるほどの緻密さ。15年に発表されると、大反響を呼んだ (C)2015-2017 TELYUKA

 「テクノロジーはどこまでヒトに迫れるか」。そんな問いに真っ向から挑む開発者がいる。三宅陽一郎氏はスクウェア・エニックスでゲームキャラクターに「命」を吹き込む人工知能(AI)開発の第一人者。一方、CGでバーチャル女子高生「Saya」を生み出したのがTELYUKA(石川晃之氏、石川友香氏)だ。AIとCGが融合した「バーチャルヒューマン」誕生への道のりを語り合った。

三宅陽一郎氏(左)はスクウェア・エニックステクノロジー推進部リードAIリサーチャー。TELYUKAは石川晃之氏(右)、石川友香氏(中)によるデジタルアーティストユニット
三宅陽一郎氏(左)はスクウェア・エニックステクノロジー推進部リードAIリサーチャー。TELYUKAは石川晃之氏(右)、石川友香氏(中)によるデジタルアーティストユニット

三宅陽一郎(以下、三宅): ゲームの世界では今、AIの活用が進んでいます。それはつまり、ゲームの中に生き物を再現することだと思っています。キャラクターには、環境に応じた動きを取れるよう、目や耳のようなセンシング機能を持たせています。目の場合は、視野の幅(角度)と距離を設定し、その範囲にあるものを認識する仕組み。弊社のゲーム「FINAL FANTASY XV(以下FF 15)」では、状況に応じて、ユーザーの操作と無関係に、キャラクター同士が会話をすることもあります。例えば、歩いているときに軽い雑談を始めたり。会話中は発言しているキャラクターに他のキャラクターが目を合わせるなどの、自然なしぐさができるのです。そこに確かにいる「実在感」を得るには、キャラクターには「演技」をさせないといけません。

「FF15」ではAIがプレーヤーの動きを予測して先回りし、前に出るなどの自然な行動もする(C)2016 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA
「FF15」ではAIがプレーヤーの動きを予測して先回りし、前に出るなどの自然な行動もする(C)2016 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA

TELYUKA 石川友香(以下、友香): 私たちもゲームは好きで遊んでいますが、AIってかなり以前からゲームの中に導入されているものだと思っていました。近年、話題になってきたのが不思議なぐらいで。

三宅: 実は日本のゲーム用AIは、つい最近まで弱い分野だったんです。伝統的に日本のゲームは、技術よりもゲームデザインを重視してきました。簡単に言えば、非常にクオリティーの高いお化け屋敷を作って遊べるようにする感じです。キャラクターは高度なことをしなくてもいい。作り手と遊び手がゲーム特有の「作法」みたいなものを共有しているので、キャラクターが多少不自然なことをしても、「ゲームだから」と受け入れてくれるんです。例えば、キャラクターが真正面から攻撃してきても、許してもらえるというところがあります。

モンスターが攻撃する場合、例えば腕がどこまで届くかをモンスター自身が知っておく必要がある。FF15では、開発段階で実際に腕を動かして認識させた。(C)2016 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA
モンスターが攻撃する場合、例えば腕がどこまで届くかをモンスター自身が知っておく必要がある。FF15では、開発段階で実際に腕を動かして認識させた。(C)2016 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved. MAIN CHARACTER DESIGN:TETSUYA NOMURA

 海外のゲームは逆に、ゲームデザインは不器用だけれど、技術は早くから高度なものが使われていました。世界を丸ごとゲームに取り込んで再現する発想なんです。AIをゲームに取り入れたのもその流れ。欧米では日本のようなゲームの作法は理解してもらえない。敵が毎回前からやってくるなどという、現実にはあり得ないようなことは受け入れられないんです。

「もの」に知能を感じる日本

三宅: このように、文化によってAIに対する温度は異なります。そもそも「知能」の捉え方からして、国や宗教によって異なりますから。日本では、何にでも命が宿っているという感覚が一般的だと思います。「初音ミク」にも、「たまごっち」にも、命や知能があると認める人は少なくないですよね。

 他方、欧米では宗教的な価値観が強く、「神>人間>機械」という序列が厳然として存在します。本来知能がないものに、知能が宿っていると認めることのハードルは非常に高い。

友香: わかります。日本には古くから「八百万(やおよろず)の神」という考え方があるせいか、人間に限らずいろいろなものに魂が宿ると、多くの人が自然に受け入れていますよね。私たちがCGで開発したバーチャルヒューマンの「Saya」は、もともと自分たちの技術を紹介するための存在でしたが、発表すると大きな反響がありました。皆さん、彼女に「命」を感じ、生きている背景を想像してくださるんです。「おばあちゃんっ子なんじゃないか」とか「下北沢や神戸っ子の雰囲気がある」とか。皆さんのそんな想像を聞いて、私たちで消化しながら成長させてきました。

三宅: (Sayaの映像を見ながら)まばたきのタイミングもリアルですね。

TELYUKA 石川晃之(以下、晃之): 動きは、パフォーマンスキャプチャーを使って実際の人間の動きを取り込んでいます。ただ、人間の動きをキャプチャーの技術だけで再現するのは、現時点では難しいと感じています。

東映ツークン研究所とともに、実際の人間の顔や体の動きをキャプチャーして、「動くSaya」の開発も進めている
東映ツークン研究所とともに、実際の人間の顔や体の動きをキャプチャーして、「動くSaya」の開発も進めている

 実在感を出すには、「中身」も重要です。例えば、見えない部分は用意しないのが一般的です。最終的な衣服を着た状態を1枚の絵で描けば済むかもしれませんが、その方法だと実在感のあるディテールは出ません。ベースとして衣服を着せるための体を用意し、現実と同じように型紙から作った衣服のモデルを幾重にも重ねていきます。

骨格に加え、それを覆う筋肉、脂肪、皮膚など、見えない部分までモデルを作り、徹底的にシミュレートしている
骨格に加え、それを覆う筋肉、脂肪、皮膚など、見えない部分までモデルを作り、徹底的にシミュレートしている

三宅: 肌を表現するのに、レイヤーをいくつも重ねていますよね。メラニン色素や汗腺、毛穴、潤い、反射……。

友香: 素肌も多数のレイヤーで表現しており、生々しい表現までだいぶ近づいてきています。ただ、一般に公開する本番用の肌は、女性の肌への理想を意識してナチュラルメークで整えた表現をしています。

三宅: Sayaのように、現実の中にぽんと置かれたCGの女の子がリアリティーを持つことって、すごいことだと思います。映画やゲームのように、背景やストーリーの補完があるわけではないですし。

友香: 生きている背景が想像しやすいキャラクターなんでしょうか。SayaにAIを組み込んでほしい、話をしたいという要望を多くいただきます。

三宅: Sayaに釣り合うAIとなると大変ですね。ここまでリアルなキャラクターには、「ここまでの知性があるはず」と期待が高まりますから。僕から見ると、AIの技術はまだまだ。CGのほうがかなり先を行っていると感じます。人間の脳って神経細胞(ニューロン)が1000億個超あるといわれるけれど、今、ディープラーニングでシミュレーションできているのは、たかだか数千程度のレベル。僕がやっているゲーム用AIはさらにその下で、レベルがあまりに違います。

AIから世界はどう見えるか

三宅: SayaにAIを入れるなら、身体性が重要になってくるでしょうね。自分の体をどう感じているか。簡易的なものはFF 15のAIにも取り入れています。例えば、モンスターが腕を振り下ろしたときにその攻撃がどこまで届くのか、影響の及ぶ範囲を開発段階でAIに認識させます。赤ちゃんがするみたいに、単純な動きをくり返すなかで自分の運動が及ぶ範囲を、AIは理解していくんですね。

 Sayaが10代の女の子だとすると、特有の身体感覚があるだろうし、それが決まると世界の見え方も変わってきます。喉が渇いているか、暑いと感じているか、周りに嫌いな人がいるか、そういうことと世界の見え方はリンクしている。だから、Sayaを人間に近づけようと思ったら、内臓や筋肉をCGで作る必要はないけれど、生体情報をパラメーターとして備えるべきだと思います。呼吸をしたり、何かを食べたり、生き物はそういうことで世界と強く結び付いていますから。

晃之: そうですね。実在感を高めるには、見えない部分も重要だと思います。

三宅: 動きもそう。人間って身体感覚を大事にしていて、ただ座っているときも、自分の体を確認するように無意識に細かな動きをしています。朝、目を開けて最初にするのもそれ。生物のそうした無意識のしぐさがないと、AIは人間らしくなりません。だから僕は今、AIの専門書より動物園や街の雑踏を参考にしています。生物の無意識の動きを観察できるから。

晃之: Sayaに関して、僕らも少し似たアプローチをしています。ハイフレームレートカメラで撮影された動画を見ると、虹彩などは目を動かすたびにぷるぷる動いているように見えたりします。実際に意識して見て取れるわけではありませんが、そういった細部を感じ取って、人間を人間だと察知するのではないでしょうか。Sayaは虹彩の動きまでは反映していませんが、微細な動きは取り入れています。こうして細かい情報を付与することの積み重ねが、さらなる実在感を与えることにつながると思っています。

三宅: つくづく、Sayaは瞳の力が強いですね。人間って、自分を見てくれる、理解してくれる、覚えてくれる相手に愛着を持つものです。

友香: 私たちも、Sayaが人を癒やせる存在になれるといいなと思っています。かわいいって、それだけで癒やされるようなところがありますよね。人々の心の隙間を埋める存在として、Sayaのような存在が活躍できる可能性を感じます。パーソナルスペースにすぐに他人を入れるのはハードルが高いけれど、作られた存在(CGやAI)なら裏切ることもないので安心だという感覚もあるのではないでしょうか。

三宅: CGとAIの融合が進み、Sayaが限りなく人間に近い存在になる頃には、誰もがパーソナルなパートナー(AIを組み込んだキャラクター)を連れて歩くようになるでしょう。ユーザーの好みや行動パターンを学習し、さまざまなサポートをしてくれるはず。その次に、みんなが自分のアバターを持ち、アバター同士でコミュニケーションを取る時代が来ると思います。

「エンタメ+AI」で日本に勝機

三宅: 日本の競争力という意味合いでも、CGとAIを融合して仮想世界にキャラクターを生み出す分野には期待が持てそうです。日本人は命のないものに命を与えるのがうまいですから。欧米では膨大な量のデータを取って、完璧な(人間の)再現を目指すのが主流になると思いますが、僕らはもっとアーティスティックにやれると思います。

友香: キャラクターに命を感じてめでることができる民族ですもんね。そういう意味で、日本が一番、強みを出せるのがこの領域かもしれません。

三宅: エンタメ以外のAIは欧米が先行していますが、機械に人間の知能を丸ごとまねさせようという西洋流のAIは、いずれ行き詰まるはずです。そのときは、自然の中から浮かび上がってくるような、より生物的なAIを日本から提案していかないといけない。ゲームやエンタメの分野で、先述のように身体性を加えながらAIを育てていくことが必要になると思います。その土壌は日本にしかないので、Sayaが世界を驚かせたように、また必ず世界を驚かせることができるはずです。

(日経トレンディ編集部)

三宅陽一郎氏、TELYUKAがそれぞれセミナーに登壇
2017年11月2日(木)、3日(金・祝日)にベルサール東京日本橋で開催する「TREND EXPO TOKYO 2017」。この記事に登場した三宅陽一郎氏、TELYUKAがそれぞれセミナーに登壇します。

三宅陽一郎氏
「最先端の開発者が語る AI&ロボットがいる“未来”のカタチ」

三宅氏と、ソフトバンクのロボット「Pepper」の開発責任者であるソフトバンクロボティクスの蓮実一隆氏。産業界で、ロボットとAIの研究・開発の最前線を突き進む2人が、ジャーナリストの津田大介氏と共に、AI&ロボットの未来を語ります。
三宅陽一郎が登壇する講演に申し込む

TELYUKA
「りんな×Saya、2人の“女子高生”に見るAIとCGの未来」

実写並みにリアルなCG女子高生「Saya」を生み出したTELYUKAと、人間のような自然な受け答えができる女子高生AI「りんな」のプロジェクトを手掛けるマイクロソフトディベロップメントの藤原敬三氏が、バーチャルな“ヒト”が生活に溶け込むであろう“ちょっと先の世界”について語ります。モデレーターは「ロボスタ」編集長の望月亮輔氏。
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