新しいiPhoneとともに発売される「Apple Watch Series 3」は、iPhoneのときと同様、日本でも普及する可能性を秘めている。ケータイジャーナリストの石野純也氏が分析した。
9月12日(米現地時間)にアップルが発表した3世代目の腕時計型端末「Apple Watch Series 3」は、これまで販売してきたApple Watchの中で、もっとも意欲的な製品に仕上がっていた。
ついに「LTEケータイ」になった
サイズや外観は既存のApple Watchとほぼ同じだが、その中に、スマートフォンでおなじみの高速通信技術のLTEを内蔵。LTE上で音声の通話が可能になるVoLTEにも対応した。これだけの規格をサポートしながら、サイズや外観が変わっていないことが、むしろ驚くべき点といえるだろう。
つまり、Apple Watch Series 3は、これまでにない「超小型のLTE対応携帯電話」なのだ。
といっても、もちろんこれは魔法ではなく、きちんとした技術の裏打ちがある。その秘密の一端は、発表会で明かされたが、Apple Watch Series 3は、ディスプレー全体をアンテナとして活用している。これによって、別途スペースを確保してアンテナを埋め込んだりする必要がなくなった。金属素材のボディーに樹脂素材のアンテナラインを埋め込むといった、デザイン変更も避けることができた。
LTEの通信速度はどのぐらい?
また、Apple Watchの小さな筐体には、現在、ほとんどのスマートフォンで採用される、「nano SIM」のカードサイズですら大きすぎた。
そこで、Apple Watch Series 3には、ソフトウエア的にSIMカードの情報を読み書きできる埋め込み型の「eSIM」に対応。スペースの削減に成功した。eSIMはちょうど標準化が終わったばかりで、小型の端末を中心に、徐々に採用が増えると見込まれていた。例えば、ドコモは夏モデルとして用意した「dtab Compact」がeSIMを搭載している。
Apple Watch Series 3のeSIMが標準規格に完全準拠しているかどうは現時点では不明だが、まだスマートウオッチでの採用例がサムスンやファーウェイなど、一部に限られる中では、かなり挑戦的な取り組みだ。
さらに、半導体の集積化が進んだこともプラスの影響があり、Apple Watch Series 3に搭載されるデュアルコアプロセッサは、コンパクトながらSeries 2比で70%もパフォーマンスが向上しているという。
もっとも、LTEは、スマートフォンに搭載されるようなフルスペックのLTEではなく、アンテナの数を絞り、使える帯域も限定した「カテゴリー1」と呼ばれるものだ。カテゴリー1はいわゆるIoT(モノのインターネット)向けの規格で、下りの速度は最大で10メガビット秒。IoT向けセルラー通信規格の中ではかなり高速なほうだが、できることはある程度限られてくる。逆にそのぶん省電力で、スマートフォンほどの通信速度が必要ないスマートウオッチには最適な規格といえる。
またデータ通信が主体のIoT用通信規格の中では、カテゴリー1は珍しく音声通話に対応しているのも、スマートウオッチ向き。既存のLTEネットワークとも互換性が高いため、ドコモやau、ソフトバンクをはじめとした大手通信事業者(キャリア)も導入しやすいのがメリットになる。
世界各国のキャリアが一斉にApple Watch Series 3を販売できた背景には、iPhoneの販売で培ってきたアップルの強力な交渉力に加えて、こうした技術的な理由もありそうだ。
新規ユーザーにもおすすめ
eSIMやLTEを搭載したことで、Apple Watchはさらに本来アップルが目指していたコンセプトに近づくことができた。
単独で通信が可能になるため、例えば、ジムなどでiPhoneをしまっておいたままフィットネスする際には、Apple Musicでクラウド上の音楽を聴くことができる。Apple Watchだけで電話を着信することも可能なため、iPhoneを持たずにランニングしてもいい。
もちろん、スポーツやフィットネスだけでなく、日常的な場面でスマートフォンをわざわざ持ち歩くのが面倒ということもある。そのようなときでも、Apple Watchだけ身に着けていれば、最低限の電話やメッセージは確認できる。後述するようにキャリアとの契約が必要になるため、追加の料金はかかってしまうが、その価値は十分ありそうだ。既存のApple Watchユーザーにとって買いなだけでなく、これまでApple Watchを使ったことがないiPhoneユーザーにもおすすめできる。
販売競争が激化か
Apple Watchが与えるモバイル業界への影響という点では、キャリアを巻き込んで販売できることのインパクトが大きいだろう。
これまでのApple Watchは、通信事業者にとっては単なる「携帯電話の周辺機器」でしかなかった。単独で通信できないため、いくらがんばって売っても、通信料収入のような、継続的な収益を得られえるわけではない。あくまで副業的な物販の1つにしかならないというわけだ。
これに対し、Apple Watch Series 3は、LTEを内蔵した、文字通りの携帯電話だ。ここには大きな違いがある。通信事業者はApple Watch Series 3を携帯電話――つまりメインの商材として売れる。こうした回線から得られる継続的な収入も、魅力になりそうだ。
日本では、iPhoneに加えてApple Watch Series 3を契約すると、ドコモで500円、KDDIとソフトバンクで350円のサービス料金がかかる。Apple Watch Series 3はあくまで副回線という位置づけにはなるが、ARPU(1人の利用者から得られる平均収入)を上げるための武器にはなりそうだ。3キャリアが同時に扱うことで、iPhoneのときと同様、キャリア間での販売競争が激化し、その結果、普及が進む可能性もある。
(文/石野純也)