今年3月、東京・豊洲に、アジア初の回転する劇場「IHIステージアラウンド東京」がオープンした。運営はTBSテレビ。赤坂ブリッツ、赤坂アクトシアターに次ぐ劇場として、この風変わりな劇場を作った理由やオープンから半年たった現在の状況を支配人の松村恵二氏に聞いた。

 「IHIステージアラウンド東京」はアジアで初めて建設された回転する劇場だ。劇場中央には、1300人以上の観客を乗せて360度回転する円形の客席を設置。舞台とスクリーンがその周囲を取り囲む。芝居の進行に合わせて、座席全体が回転し、正面が変わる演出だ。このような機構を取り入れた劇場は、2010年にオランダ・アムステルダム郊外に建設された「Theater Hangaar」に次ぐ2つめとなる。

豊洲ふ頭地区にできた「IHIステージアラウンド東京」。2020年10月まで運営の予定(撮影/志田彩香)
豊洲ふ頭地区にできた「IHIステージアラウンド東京」。2020年10月まで運営の予定(撮影/志田彩香)

 こけら落とし公演は、ダイナミックな演劇作品で知られる、劇団☆新感線の「髑髏城の七人」。キャストと脚本・演出が異なる「花」「鳥」「風」「月」「極(ゴク)」の5つのバージョンを制作し、約1年間にわたって上演している。小栗旬主演の「Season 花」、阿部サダヲ主演の「Season 鳥」を終え、松山ケンイチ主演の「Season 風」を11月3日まで上演中。その後、11月23日~2018年2月21日の「Season月」(上弦の月/下弦の月)、2018年3月下旬からの「Season極」と続く。

こけら落とし公演は劇団☆新感線の「髑髏城の七人」。2カ月強ごとにキャストと脚本が変化する。写真は「Season 風」
こけら落とし公演は劇団☆新感線の「髑髏城の七人」。2カ月強ごとにキャストと脚本が変化する。写真は「Season 風」

映像と客席の動きが連動する“体感型”シアター

 同劇場には通常の劇場にあるような幕がない。代わりに4枚のスクリーンが客席と舞台を遮るようにぐるりと設置されており、これらが開閉することで舞台が見える。つまり、スクリーンのどこを開閉するかで、場面が転換していく構造だ。

IHIステージアラウンド東京は、円形の客席を舞台が取り囲むような構造
IHIステージアラウンド東京は、円形の客席を舞台が取り囲むような構造
客席と舞台の間には4枚のスクリーンがあり、これらが開閉して舞台が見える(写真はオランダの劇場)
客席と舞台の間には4枚のスクリーンがあり、これらが開閉して舞台が見える(写真はオランダの劇場)

 また、このスクリーンにはプロジェクターで様々な映像が投影できるため、今までにない演出を取り入れられるのも特徴だ。筆者は実際に『髑髏城の七人 season花』『同season鳥』の2シーズンを観劇した。『season 花』では、城の最上階に向かって進んで行くシーンで、廊下の映像をスクリーンに投影。その映像と連動して客席を回転させ、同時に出演者が舞台上を走ることで、観客が出演者と同じように上階へ向かって螺旋階段を駆け上っていくような錯覚を起こす演出が取り入れられていた。また『season 鳥』での同シーンでは、城をまっすぐに昇っていくような映像演出によって、実際にエレベーターを昇っているような浮遊感を味わうことができた。

 近年、映画では映画のシーンと連動して座席が前後、上手、左右に動いたり、水や風が観客に吹き付けられたりする「4DX」対応の劇場が登場している。また、アミューズメント施設ではVR(仮想現実)を活用したアトラクションも増えつつある。このような“体感型”エンターテインメントが流行しているが、スクリーンに投影された映像と回転する客席の相乗効果で劇中の世界に入り込んだような感覚になるという意味で、この劇場もその一例と言えるだろう。

TBSが好調の劇場ビジネス拡大のために建設

 IHIステージアラウンド東京を運営するのはTBSテレビだ。同社は赤坂ブリッツや赤坂ACTシアターなど、今までにも劇場ビジネスに積極的に取り組んできた。IHIステージアラウンド東京も、同社の劇場ビジネスの一環だ。

 同社が劇場ビジネスに力を入れる背景には、近年、テレビ業界で重視されている放送外収入の拡大という狙いがある。広告費などテレビ放送による収入が下降傾向にある中で、テレビ局は自社の敷地を使った各種イベントやネットでの動画配信など、放送以外のビジネスでの収入を増やそうとしている。

 そんな中、TBSテレビにおいて成功しているのが、劇場ビジネスだ。8月に発表した2018年3月期第1四半期決算によると、劇場ビジネスを含む事業(興行)部門の第1四半期(4~6月)の収入は、前年比6億3100万円増の21億3200万円。劇場は、自社企画の演目を上演するだけでなく、外部の企画や劇団にも貸し出す。TBSテレビ事業局事業部担当部長で、IHIステージアラウンド東京の支配人を務める松村恵二氏は、「赤坂ブリッツや赤坂ACTシアターは稼働率が90パーセントを超えている」とその好調ぶりを語る。このビジネスをさらに伸ばそうと、新たに建設したのがIHIステージアラウンド東京というわけだ。

「Season 鳥」は主人公の捨之介役を阿部サダヲが演じた。舞台も衣装も派手なのが劇団☆新感線の持ち味
「Season 鳥」は主人公の捨之介役を阿部サダヲが演じた。舞台も衣装も派手なのが劇団☆新感線の持ち味
悪役の天魔王は森山未來、天魔王、捨之介と縁の深い蘭兵衛は早乙女太一という配役
悪役の天魔王は森山未來、天魔王、捨之介と縁の深い蘭兵衛は早乙女太一という配役

 新たな劇場を作るにあたり、重視したのがロングラン公演ができることだと松村氏は言う。「ロングラン公演は劇場収入の面で安定性があるのはもちろん、お客さんにとっては『いつ行っても何かしらの公演をやっている』という存在感がある。だが、現在の日本ではロングラン公演の成功例は劇団四季しかない。それは悔しい」(松村氏)。

 また、これまでにない新しい劇場を作りたいという思いもあったそうだ。「ACTシアターをもう1つ作るという考えもあるが、それでは夢がない」(松村氏)。そんな中、TBSテレビが目を付けたのが、オランダにある客席が回転する円形劇場、Theater Hangaarだった。

 松村氏自身、「オランダの劇場に行ったときは、没入感、浮遊感に感動した。30年間演劇を観てきたが初めての感覚だった。会社のビジネスとしてはもちろんだが、個人的にもこの感覚を観客に味わってもらいたいと感じた」と振り返る。しかも、Theater Hangaarには、オープン以来7年上演している記録的なロングラン公演があり、のべ200万人を超える観客も動員している。

円形劇場はかなり大規模な施設。写真は建設途中のオランダの劇場
円形劇場はかなり大規模な施設。写真は建設途中のオランダの劇場

体感系のエンタメは今のトレンド

 「今のエンターテインメントにおいて、体感型は1つのキーワード」と松村氏は話す。前述のVR、4DXはもちろん、最近は一般的な映画館でも、映画に合わせて観客がケミカルライトを振ったり声を出したりする「応援上映」を実施したり、ライブ会場でみんなでLEDライトを点灯させる演出をしたりしている。「観客が参加している感覚を味わえる、これもある種の体感型エンターテインメントでは」と松村氏は指摘する。

TBSテレビ事業局事業部担当部長で、IHIステージアラウンド東京の支配人を務める松村恵二氏(撮影/志田彩香)
TBSテレビ事業局事業部担当部長で、IHIステージアラウンド東京の支配人を務める松村恵二氏(撮影/志田彩香)

 IHIステージアラウンド東京で上演が始まって、約半年が経つが、チケットはほぼ完売。実際に来場したお客さんの反応も「全く新しい体験ができた」と上々だ。

 それらに加えて多い意見が「初めて劇団☆新感線のお芝居が観られた」というもの。一般に、コンサートに比べて収容人数が少なく、上演が東名阪などの一部都市に限られがちな演劇は、チケットが取りにくい。人気の劇団、演出家、俳優による公演となればなおさらだ。それなのにこういった声が聞かれるのは、「この劇場のキャパシティーが1300席と大きく、ロングラン公演であるからこそ、チケットが取りやすくなっているのではないか」と松村氏は話す。

 「髑髏城の七人」の公演にあたっては、はじめから1年間のロングラン公演を前提に計画していた。元々の劇場のコンセプトに加え、かなり大がかりな演出、製作費の都合上、採算をとるには1年は同じ演目を上演したいという理由もある。

 ここで気になるのは、今後、この劇場でこれだけの公演が打てる劇団、演目は限られるのではないかということだ。どんな演目を想定しているのか。松村氏は「客席が回転するという機構の特性上、ミュージカルなどが合うと思う。走る・踊る・歌うと相性がいいと感じる」と話す。ミュージカルのように、歌や音を使う演出は段取りがきっちり決まっており、拍と機構が動くタイミングを合わせやすい。

 また、「髑髏城の七人の公演は、一般の公演以上に多くのアーティストが観劇してくれている。『ここで何かできそう』と言ってくれる人も多く、ライブにも向いているのでは」と期待を込める。

 「IHIステージアラウンド東京は、演劇の新しい形を提供できていると感じている。ここが一番ということではなく、この劇場ならではの、ここでならできることが選択肢のひとつになれば」と松村氏。この新しい劇場から、新しいエンターテインメントが生まれる可能性を感じさせられた。

(文/志田彩香)

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