近年、音楽配信の中でも「ハイレゾ音源」市場が右肩上がりの成長を続けている。GfKジャパンの発表によると、2017年上半期のハイレゾ音源のダウンロード数は前年比62%増、金額ベースでは同31%増となった。
ハイレゾ音源とは、アーティストが制作または収録した高音質なマスター音源を、CDや音楽配信向けの音質へ落とさずに、そのまま配信できる規格だ。高音質なうえに、アーティストの要求も反映しやすい。だが、聴く側もハイレゾ対応の高音質なオーディオ機器やプレーヤーが必要となる。楽曲の価格も1曲あたり500円前後と、一般的な音楽配信より高い。
このハイレゾ市場の伸びを牽引しているのが「アニソン」だ。ハイレゾ音源配信ストアの国内大手「e-onkyo music store」では、現在約33万曲が配信されており、アニソンが占めるのはそのうちの約15%だが、ランキングの上位にアニメ関連楽曲がズラリと並ぶことは多い。近年はJ-POPのハイレゾ音源も増えているとはいえ、アニソンは根強い強さを示す。
だが、ハイレゾ音源はもともとクラシックやジャズ楽曲が中心で、少し前まではコアなオーディオファンが高額な専用機器で楽しんでいた文化だ。なぜ近年になって、ハイレゾ音源がアニソンを起爆剤に注目され、J-POPもハイレゾ音源の配信を開始する動きが生まれたのだろうか。
楽曲ファイル形式 | 主なストア | 金額 | 特徴 | |
---|---|---|---|---|
ハイレゾ音源 |
FLAC形式など おもに96kHz/24bit 可逆圧縮 |
e-onkyoやmora、OTOTOYなど一部の取り扱いサイト | 1曲500円前後 | 制作楽曲をCD音質に落とす前のマスターデータを使える。広い音域と繊細さが特徴。高音質オーディオでの再生が前提。 |
通常の音楽配信 |
AACまたはMP3形式 44.1kHz/16bit 非可逆圧縮 |
iTunes Storeやレコチョクなど大半の音楽配信サイト、定額配信サイトなど |
1曲250円前後 または月1000円前後の定額 |
CD品質の音をさらに圧縮で削っている。低価格機器で聴きやすいよう、音の繊細さよりも音圧重視のミックスが多い。 |
そこで今回、オンキヨー&パイオニアイノベーションズで、ハイレゾ音源配信ストアの国内大手「e-onkyo music store」を手掛けるプロダクトプランニング部音楽コンテンツ課ディレクターの祐成秀信氏と、イノベーション事業本部マーケティング部マーケティング課 課長 家倉宏太郎氏に、ハイレゾ市場やオーディオ機器市場の現状について聞いた。
きっかけは「ラブライブ!」と「エヴァ」
――ハイレゾ音源の販売サイト「e-onkyo music store」では、近年アニソンがランキング上位を占めています。
祐成秀信氏(以下、祐成): アニソンが人気を集めたのは、2013年10月の「ラブライブ!」と、12月の「新世紀エヴァンゲリオン」の配信開始がきっかけですね。それまでe-onkyoではアニソンを配信していなかったのですが、ここまでインパクトのあるものだと想像していませんでした。
e-onkyoは2005年にオープンましたが、当初はアーティストが制作した高品質なマスター音源をそのまま再生できる、PCオーディオ環境での利用を想定していました。まだハイレゾ音源という言葉がなく、「ロスレス」とか呼ばれていたころですね。
ただ、当時はオーディオとPCの両方に詳しい人が少なくて、利用者は限られました。最初の配信はglobeの楽曲が11曲。その後はクラシックやジャズなどアコースティックが中心でした。
販売が伸びてきたのは2012年ごろから。各メーカーから購入しやすい価格帯のハイレゾ対応ハードが出てきたのがひとつのきっかけです。
ソフト面では、ワーナーミュージックがDRMフリーのハイレゾ音源の配信を開始して、好みの機器で自由に聴けるようになったことが大きいです。イーグルスやドナルド・フェイゲン、80年代ですがマイルス・デイヴィスなど洋楽のカタログが一気に充実しました。この後、e-onkyoでもすべての取り扱い楽曲をDRMフリーの配信に切り替えました。
アニソンはハイレゾ用にリマスターし直すこだわりよう
――ハイレゾが聴きやすくなったタイミングで、アニソンの取り扱いが始まったわけですね。
祐成: それまでも、ハイレゾ関連のハードメーカーや評論家の方から「アニソンをやりましょうよ」という声はありましたが、僕らはクラシックやジャズなどを中心に扱っていたので、方向転換に不安があったんです。でも、実際に配信を開始すると、「待ってました!」という声が多かったです。そこからのアニソンの勢いは凄くて、曲のカタログ数に対する売り上げ比率が非常に高くなりました。
――アニソン配信で、これまでと異なるユーザーが増えましたか?
祐成: 平たくいえば、若くて知識がある人が増えました。当時はヘッドホンブームで、そこからハイレゾ対応の高音質なポータブルオーディオプレーヤーに興味を持つ人が増えていました。だから、ハイレゾ音源の再生方法や必要な機器を理解している人が多かったのですね。
――なぜ、ハイレゾでアニソンが支持を集めているのでしょう。
祐成: アニソンは各レーベルが音にこだわりを持ってるんですね。「ラブライブ!」の楽曲では、ランティス(アニメ・ゲーム・声優関連を中心とする音楽制作会社)のプロデューサーの佐藤純之介さんがハイレゾ用に音作りをされましたし、エヴァンゲリオンのサウンドトラックでは、音楽、作曲を担当された鷺巣詩郎さんの意向で、配信予定を延期してリマスターし直しています。2013年に24bitのハイレゾ環境で聴くには、今の時代の音を意識する必要があるということで。そうした作り手のこだわりをファンも分かっているのではないでしょうか。
――こだわりが強いのは、昔ながらのファンと似た傾向ですね。
祐成: アニメをきっかけに入ってきた新しいオーディオファンは、一見、昔ながらのオーディオファンと違うように見えて、実はマインドが同じなんですね。今の人は、CDとハイレゾ音源を聴き比べて、音の違いをTwitterなどで熱心に語ります。これは昔ながらのファンが、電源ケーブルのレベルから音の違いを話していたのと同じじゃないのかなと思います(笑)。
「いい音」だけでは興味を持ってもらいにくい
――オンキヨー&パイオニアでは、アニメとのコラボヘッドホンなども数多く手がけています。ハイレゾ楽曲配信との相乗効果はありますか。
祐成: 「アイドルマスター」「ラブライブ!」「マクロスΔ」などが大きいですね。アニメファンには、CDのパッケージ音源も欲しいし、ハイレゾ音源とも聴き比べて違いを楽しみたい。好きな作品の関連グッズも欲しいと、とことん追求する人が多いのだと思います。
こうしたハードとソフトの連携に積極的に取り組み始めたのは、オンキヨー&パイオニアイノベーションズに統合してからです(注:オンキヨーは2015年3月にパイオニア子会社のパイオニアホームエレクトロニクスと事業統合。ホームAV関連の事業を含めて承継した)。この統合で、ソフト(音源)から、プレーヤー、スピーカー、ヘッドホンまでトータルに扱えるようになりました。
――最近、ハイレゾ機器やヘッドホンの市場では、コラボのほか量販店などの店頭でもアーティストのお薦めといった広告を見かけることが増えました。こちらも意識的なものでしょうか。
家倉: 店頭だと「いい音がします」だけでは一般のお客さんには興味を持ってもらいにくいということがあります。アーティストのポップや楽曲があれば親しんでもらいやすくなりますからね。
店頭のハイレゾ機器に入れるデモ音源も、私たちはe-onkyoとしてレーベルと交渉できるので、アーティストの豊富なハイレゾ音源を使わせてもらっています。量販店などおよそ1500のロケーションがプロモーションの場となるので、レーベル側にとっても魅力的なようです。CDショップには昔から試聴機がありますが、そのラインアップに入れてもらうのもなかなか難しいと聞きますから。
――現在、ハイレゾ音源やコラボというとアニメが目立つ状況です。一般アーティストとの取り組みなどはありますか。
家倉: オンキヨー&パイオニアとして、ハイレゾを含めて楽しい提案をしたいと考えています。コラボもアニメだけでなくアーティストにも幅を広げていて、最近では聖飢魔IIコラボやQUEENコラボなども手がけていますし、かなり先のものも企画を進めています。
◇ ◇ ◇
音楽配信サービスなどが広がり、多くの人にとって音楽が気軽に楽しめるようになる一方で、こだわり派のファンの要求はより高いものへと変わりつつある。ハイレゾ音源やコラボ製品は、より深くアニメ作品を楽しみたい、アーティストと同じ体験を追求したいといった人の思いが生んだ市場といっていいだろう。新しいファン層を、ハイレゾ音源など高音質オーディオ市場がどう受け止めるのか今後が楽しみだ。
(文/島 徹)