エイベックス通信放送(以下、エイベックス)が運営する動画配信サービス「dTV」(サービスの提供会社はNTTドコモ)が、スマートフォンでVR映像が楽しめるアプリ「dTV VR」をリリースした。同時にミュージックビデオを中心にオリジナルの360度映像などのVRコンテンツの配信も開始。今後は、音楽ライブなどを360度映像のVRコンテンツとして収録・配信する計画で、8月27日、28日に味の素スタジアムで開催される音楽フェス「a-nation stadium fes. powered by dTV」(以下a-nation)の模様をVR作品として今秋に配信する。
すでにYouTubeには360度映像のチャンネルが存在するなどブームとなりつつあるVRコンテンツ。とはいえ、大手動画配信サービスとして対応するのはdTVが初だ。dTVはVRをどのように活用するのか? エイベックス通信放送の取締役、村本理恵子氏にVR対応の狙いを聞いた。
VRブームに乗ったわけではない
実はエイベックスは、2014年から360度映像の制作に取り組んでいる。2016年3月には、dTVで360度映像を使ったリアル脱出ゲーム「サイコルームからの挑戦状」を配信。“史上初360度体感ドラマ”と銘打った同作品には、たくさんの反響があったようだ。
「今、VRがブームになりそうだから、その波に安易に乗ったわけではない。きちんとして準備段階を経てdTV VRの提供を開始した」と村本氏は力説する。
今後、どのような映像をVRで配信するかについても、「これまでと同様に、ユーザーの方に新しい映像体験を提供する手段のひとつとしてVRを活用する」(同氏)とのこと。そうした中でVR向きでdTVの強みを生かせるコンテンツとして、音楽フェスのa-nationのVR配信に挑戦することを決めた。それに先駆けて、dTV VRではa-nationに出演するアーティストのVR作品を週に1~2本のペースで増やしている。「アーティストのファンを中心に、普段は味わえないアーティストの至近距離にいる感覚や臨場感が楽しめるといった反応が多くあり、十分に手ごたえを感じている」(同氏)という。
多くの人は「VR」をまだ知らない
VRは、視聴用のVRスコープを使って実際に体験してみないとその魅力が分かりづらい。a-nationの会場では来場者全員にdTVオリジナルVRスコープを配布。その場でdTV VRをダウンロードすればVR作品を体験できるようにする。さらに会場内に設置するdTV特設ブースでもdTV VRをダウンロードしたスマートフォンを用意し、VR作品を楽しめる体験コーナーを用意する。
「dTVユーザーの方やa-nationに来場される方全員がVRという言葉を知っているわけではない。だからまずVRスコープを配って手にしてもらい、“これは何だろう?”と興味をもってもらうことから始めようと考えた」(同氏)という。
配布するVRスコープは5種類あり、どれも凝ったデザインを採用している。
「VRスコープをただの段ボールの箱ではなく、持ってみたい、使ってみたいと思えるアイテムにしようと、デザインに力を入れた。アニマル柄をあしらったカラフルなオリジナルデザインで、自宅に飾ったりSNSに投稿できるようなデザインになっている。こうしたちょっとした工夫が普及のカギになるはず」(同氏)
dTV VRのアプリ自体の使い勝手についても、誰でも簡単に楽しめるように工夫した。「広く一般の方に使ってもらえるように、説明書などがなくても直感で手軽に使えるようなアプリを目指した」(同氏)。実際に使ってみると、すっきりとしたシンプルな画面構成で操作が分かりやすかった。動作もスムーズだ。
dTVの強みを生かしたコンテンツを
今秋に配信されるa-nationのVR映像は、客席の最前列やステージ上のアーティスト目線で楽しめるものになるようだ。これを皮切りに、音楽ライブを中心にさまざまなVR映像を提供していく。
「音楽ライブを中心に、例えばホラーやガールズ向けのVR作品などを想定している。アニメを手がけている部署からはアニメの世界に没入できるVR作品など、いろんな部署からVRコンテンツの提案をいただいている。dTVだからこそできるVR作品を制作していきたい」(同氏)という。
現在のVRコンテンツは、ゲームやグラビアアイドル番組などゲーム好きのマニア層や男性利用者に向けたものが中心だ。女性向けのものは少なく、そうしたVR映像はほかの動画配信サービスにはない強みになりそうだ。
新鮮さや驚きを作り出せるかどうかがカギ
では、dTVはVR向きのコンテンツをどのように考えているのだろうか? 例えば普通のテレビドラマをVR映像にしても、視聴者はどこを見ればいいのか分かりにくくて混乱するだけだろう。
この点については村本氏は「もっと近くで見たいとか、自分のいるシチュエーションをもっと理解したい、と思うタイプのコンテンツではないか」と話す。
一例として村本氏が挙げたのが、大人数のグループのミュージックビデオだ。現状のミュージックビデオだと、一部のメンバーが映っている間は別のメンバーは映っていない。これをVR映像で提供すると、視聴者が見たいメンバーだけをずっと追えるようなミュージックビデオが作れる。「新鮮さや驚きを作り出せるかどうか。それがVRが広く普及するかどうかにつながると思う」(同氏)。
またVR映像では、その長さも大切と考えている。あまり長時間の作品だとVRスコープで視聴するのがつらいこともあるからだ。その点、dTVでは「BeeTV」などの経験から短い映像の企画・制作に慣れており、「利用者が楽しめる短尺の映像を作るノウハウは蓄積されている」(同氏)と話す。「寝る前のちょっとした時間で楽しめるというのがVRの理想なのかもしれない」と村本氏は話してくれた。
VRコンテンツは、今はまだ物珍しさが先に立っていて、これぞVR向けのキラーコンテンツというものが存在しない。ゲームではすぐにキラーコンテンツが登場するかもしれないが、それはあくまでゲーム愛好者向けのコンテンツにとどまってしまうかもしれない。
VRが一般に広く普及するには、誰もが手軽に楽しめるコンテンツが必要だ。ミュージックビデオや音楽ライブをVR時代のキラーコンテンツにできるのか? あるいは、これまでの経験から導きだされたノウハウから新たなVRコンテンツが生み出せるのか? エイベックスとdTVの挑戦に注目したい。
(文/湯浅英夫=IT・家電ジャーナリスト)