「約30%で売り上げ約10%」――この数値が何を意味しているのか、お分かりいただけるだろうか(答えは後述)。

 7月26日~28日に開催された「D3 WEEK 2017」(日経BP社主催、六本木アカデミーヒルズ)では、「デジタル時代のヒット商品づくり」をテーマにしたパネルディスカッションが実施された。

 モデレーターにはエステー執行役エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏。パネリストはマーケティングの専門家である以下の4人だ。

・木村美代子氏:アスクルCMO(最高マーケティング責任者)
・奥谷孝司氏:オイシックスドット大地COCO(最高オムニチャネル責任者)
・土屋義徳氏:キリンビールマーケティング本部マーケティング部商品開発研究所
・越尾由紀氏:True Data 執行役員リテールマーケティング部 部長

左から鹿毛氏、越尾氏、奥谷氏、土屋氏、木村氏
左から鹿毛氏、越尾氏、奥谷氏、土屋氏、木村氏

 「約30%で売り上げ約10%」は、True Dataの越尾氏がパネルディスカッションの冒頭に示した問いかけである。その意味は、世の中で販売されている商品の約3割を新商品が占めるものの、それらの商品が売り上げに占める割合はわずか1割にとどまっていることを表している。

 True Dataは、ポイントカードなど複数の会員組織を横断した約5000万人の購買履歴のデータを取得し、企業向けにマーケティングデータとして提供している。「約30%で売り上げ約10%」は、True Dataの持つデータから導き出されたもの。ヒット商品を生み出すことの難しさを端的に物語っているデータと言えよう。

 ヒット商品が少なくなった理由は、消費者が利用するデバイスや接する情報源、嗜好の多様化だ。テレビCMを大量投下すれば、誰もが同じ商品を購入するような時代は終わりを告げた。

 パネルディスカッションでは、多様化が進んだデジタル時代において、ヒット商品を生み出すために必要なポイントについて議論を深めた。その結果、「チャネル」「体験」「ブランド」という3つがポイントとして浮かび上がった。

オイシックスドット大地の奥谷氏
オイシックスドット大地の奥谷氏

 まず、「チャネル」について。リアル店舗とネット通販の2つが消費者が商品を購入する主なチャネルだ。オイシックスの奥谷氏は、前職で良品計画のネット事業部門の責任者を務めていた。その時の経験から、リアル店舗とネットで売れる商品に違いがあると説明する。

 例えば、ビー玉のような丸い氷を作れる製氷皿「シリコーントレー/ビー玉」もその1つ。この商品、当初は店舗で販売したものの売れなかったため、すぐに販売を中止した。ところが中止後に、意外な用途で愛用していた顧客から再販を求める声が寄せられた。

 その用途とは、「ジュエリーのデザイナーが、きれいな玉を作ること」(奥谷氏)だった。しかも、重宝していたが、耐久性が低いので買い足したいとのことで、リピートも期待できる。とはいえ、一部のニーズのために店舗の棚を割くのは効率が悪い。

 そこで、ネット限定で販売したところ、これが売れた。「売れる量だけで見た場合は不人気商品だが、本当に欲しい人が買うため、値引きをしなくても済むので利益率が高い」(奥谷氏)。このように特定の顧客からのニーズがはっきりと見える商品は、ネットでの販売に向くという。

 ネット通販サイト「LOHACO」を運営するアスクルは、メーカーと共創したオリジナル商品の開発に力を入れている。なかでも店頭販売では実現が難しい商品デザインに注力している。

 「これまでの商品デザインは、店頭でいかに目立つかが重要だった。一方で、もっと生活に溶け込むデザインの商品も求められているのではないか」(木村氏)。そんな仮説から、メーカーと共同で「暮らしになじむデザイン」をコンセプトとした「暮らしになじむロハコ展」を実施した。

 この展示会を通じて、花王と開発したのがLOHACO限定デザインのハンドソープ「ビオレu」だ。花王では従来、商品をデザインする際に「店頭での存在感」や「商品の特徴」を特に重視していたという。

 共同開発したビオレuは「自宅に置きたくなる」ことを重視。「陶器に詰め替えて使用している人が多い」というビオレu購入者の行動をきっかけに、有田焼を彷彿(ほうふつ)とさせる商品デザインを採用した。

有田焼をイメージしてデザインされた「ビオレu」
有田焼をイメージしてデザインされた「ビオレu」

 通常デザインの商品より70円近く高いにもかかわらず、共同開発したビオレuは4.6倍売れているという。店頭のように商品を見比べることがほとんどないネット通販だからこそ、既成概念にとらわれないデザインでもきちんと購入につながることが実証された。

店舗では「体験」がより重要に

 一方、ネットで売れている商品を、そのまま店舗に持ち込んだ場合には苦戦を強いられることがある。オイシックスで人気を集めている「Kit Oisix」は、献立に必要な食材がセットになっており、「20分で主菜と副菜が完成」することをウリにしている。

 ところが「これを店頭に置くと違和感がある。時間がない人はKit Oisixを買ったほうが便利なはずだが、商品を見ただけでは、その機能性が伝わらないため、なかなか売れない」(奥谷氏)。この課題を払拭する鍵を握るのが「体験」だ。

 「実際に作る工程を見せる」「オイシックスの食材を使った商品を食べてみる」といった体験を提供することが求められるという。さらに「購買履歴のデータなどから、普段家で何を食べているのかがあらかじめ分かっていれば、好みに合わせた献立を提供することで、より価値ある体験になる」(奥谷氏)。パーソナライズされた体験は、その価値はさらに高められるという。

キリンビールの土屋氏
キリンビールの土屋氏

 キリンビールの土屋氏は「そうした体験の積み重ねによって、『ブランド』を顧客に刻んでいくことに取り組んでいくべきだ」と主張。その取り組みの例が、47都道府県ごとに異なるコンセプト、味、商品デザインのビール「47都道府県の一番搾り」という。

 47都道府県の一番搾りの開発では、地域活性化という目標を掲げ、地域ごとに食や文化に精通したキーパーソンとプロジェクトチームをつくった。地域ごとのコンセプトづくりの段階から顧客と共同で取り組むなど、商品開発という「体験」を顧客と共有した。

顧客と共同開発した「47都道府県の一番搾り」
顧客と共同開発した「47都道府県の一番搾り」

 だが、開発の道は平坦ではなかった。都道府県ごとに異なる商品を販売するため、商品を取り扱う流通・小売り企業との窓口となる営業部門などからは反発の声も少なくなかった。

 この高い壁を乗り越える原動力となったのも顧客の声だった。「発表の瞬間からリアルタイムに顧客の喜びの声がTwitterに投稿された。そうした声を流通・小売り企業のバイヤーに紹介すると、流通側も地域活性化という課題を認識していたため、協力を得ることができた」と土屋氏は振り返る。

 顧客の生の声は、社内での説得材料としても強力な武器となる。「顧客のリアルな声を見せるほうが、社内で作った資料よりもダイレクトに経営陣に“価値”として伝わる」(土屋氏)。

 キリンの取り組みについて奥谷氏は、「顧客との共同開発にまで踏み込むことで、一番搾りを自分のブランドと思ってもらえた。こうしてブランドを“自分ごと化”できたからこそ売れる。だからこそ、味やパッケージが違うだけでも購入したくなる」と分析する。

 一方、鹿毛氏は「キリンにとってブランドは長らく自社の物という印象が強かった。ところが、この取り組みでは顧客とともにブランドをつくり上げることに挑戦した。大きな変革だ」と驚きの声を上げた。

 「顧客とブランドにフォーカスすることで、環境の変化に対応できる」と土屋氏は言う。さまざまな情報であふれるデジタル時代であっても、顧客とブランドというモノづくりの原点に立ち戻ることがイノベーションを起こし、ヒット商品の開発につながると言えそうだ。

(文/中村勇介=日経トレンディネット)

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