「日経デジタルマーケティング」「日経ビッグデータ」「日経デザイン」の3誌は7月26日~28日にかけてマーケティングイベント「D3 WEEK 2017」を共催する。本イベントの初日には、エステー執行役エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏をモデレーターに迎え、アスクル、オイシックス、キリンビール、True Dataといった企業のマーケティング専門家が「デジタル時代のヒット商品づくり」をテーマに議論を交わす。

 D3 WEEK 2017に登壇するキリンとアスクルの共同開発で生まれたヒット商品の1つが、キリンビバレッジの健康麦茶「moogy」(ムーギー)だ。アスクルの日用雑貨を扱うEC(電子商取引)サイト「LOHACO」専用商品として開発された。

 同商品のパッケージはコンビニエンスストアなどで売られている一般的なキリンの商品とは、全く異なるプロセスでデザインされた。例えば、イラストをベースにしたパッケージは全部で16種類と豊富だ。キリンのロゴも手描きされているなど、同社商品としては、常識外のデザインが起用されている。さらにデザイナーが自らSNSを活用して情報を発信するなど、マーケティング施策においてもユニークな手法が取られている。

エステー執行役エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏
エステー執行役エグゼクティブ・クリエイティブディレクターの鹿毛康司氏

 そこでエステーの鹿毛氏が、moogyのデザインが生まれた背景や、通常の商品とどのように異なるプロセスでデザインされたのかなどについて、moogyのデザインに携わったキリンビバレッジのマーケティング本部マーケティング部デザイン担当の水上寛子氏、同寺島愛子氏、同遠藤楓氏の3人に聞いた。

鹿毛康司氏(以下、鹿毛): 「moogy」のパッケージを初めて見た時にとても前向きにデザインを楽しんでいる様子が思い浮かぶようなパッケージだと感じました。これは自分たちで手を動かしてデザインしたのでしょうか?

寺島愛子氏(以下、寺島): 開発の打診を受けた当初は、私たちがディレクションを担当して、実制作は外部のデザイン会社に依頼することを前提としていました。LOHACOが「東京デザインウィーク」に出展するブースにキリンからも商品を出してほしいと要請を受けたことが開発のきっかけです。これに声を上げたのが私たち3人でした。

水上寛子氏(以下、水上氏): 私は普段は「生茶」を担当しています。寺島は「世界のKitchenから」、遠藤は「午後の紅茶」を担当しています。それぞれ異なるブランドを担当するデザイナーが有志で集まって、moogyのデザインを担当し始めました。


キリンビバレッジのマーケティング本部マーケティング部デザイン担当の寺島愛子氏
キリンビバレッジのマーケティング本部マーケティング部デザイン担当の寺島愛子氏
キリンビバレッジのマーケティング本部マーケティング部デザイン担当の水上寛子氏
キリンビバレッジのマーケティング本部マーケティング部デザイン担当の水上寛子氏

寺島: ところが担当したはいいものの、開発にかけられる時間がとても少なかった。そこで、3人でデザイン案を2つ考えて当時の社長(前社長の佐藤章氏)に提出したところ、自分たちでデザインを手掛けてみてはどうかと提案されました。

 自分たちで商品コンセプトを考えていたので、これをそのままデザイナーに渡しても、単にデザインに落とし込むだけの作業になってしまう。また出来ることなら自分たちでデザインを手掛けたいと思ってもいました。ですから、社長に背中を押されたこともあり、自分たちでデザインを手掛けることへの挑戦を決めました。

キリンビバレッジのマーケティング本部マーケティング部デザイン担当の遠藤楓氏
キリンビバレッジのマーケティング本部マーケティング部デザイン担当の遠藤楓氏

鹿毛: 商品のパッケージを作る時、商品名やウリとなるポイントなど、伝えるメッセージの優先順位を考えることで凝縮したパッケージが出来上がります。ところが、自由にデザインができるとなった場合には、どのような考え方で進めたのでしょうか?

遠藤楓氏(以下、遠藤): おっしゃる通り、パッケージは普通、使っていただくと同時に、既存の売り場で買っていただくことを重視してデザインしなければいけません。例えば、商品名を大きく表示したり、ブランドを立たせたり。ですがmoogyの場合は、ネット通販独自の商品紹介ができるため、パッケージそのものが生活にどう溶け込ませるかを重視できました。そのため、徹底的に工業製品っぽさを払拭することを目指しました。


手描きの許可を社長に直談判

寺島: 飲料は喉が乾くから飲む、そして飲んだら捨ててしまう。お客さんと一緒にいる時間がとても短い、究極の消耗品だと思っています。ところが、お客さんとそれほど短時間しか接しない商品をデザインするために、クリエーターと議論をしながら、膨大な時間をかけて作り上げています。そうした仕事を新商品が企画される度に担当する中で、どこか心で切なさを感じていました。

 中身が美味しいから選んでもらう。それは食品の基本的な価値ですが、それだけではなくて、その人の暮らしの一部になって、一緒にいられるようなデザインの商品を作りたいと思っていました。

 通常の飲料商品は中身の安心感が伝わるとか、味が想像できるといったことがひと目で分かるパッケージを求められます。ですが、moogyをデザインするうえで、そういった飲料商品のデザインの"掟"をすべて捨て去ることから始めました。例えば、ロゴ。主張の強いロゴの使用を止めたかったので、社長に3回も交渉しに行きました。

遠藤: 自分で手描きをしたロゴを、社長も参加する飲み会の席にも持ち込んで交渉することもありました。デザインをする上では、描いたイラストをスキャンして取り込むなど、結構アナログに進めました。バーコードも手描き風のデザインバーコードを採用しています。

飲料商品のデザインの常識を打ち破る「moogy」
飲料商品のデザインの常識を打ち破る「moogy」
「LOHACO」限定商品として販売
「LOHACO」限定商品として販売

寺島: 最初はペットボトルでの開発を求められたのですが、描いたイラストをそのまま、はめ込んでもしっくり来ませんでした。そこで思いついたのがペットボトルではなく缶を使い、かつ中身を見せずに、全体を包装で覆うデザインです。この手法で、16種類ものデザインを作ったのは、LOHACOで購入した時にどのデザインが届くか分からない、そんなワクワクを感じてもらいたいからです。

鹿毛: ワークショップなども開催していますが、これは自分たちで企画しているのでしょうか?

寺島: そうですね、moogyの世界観に共感をしてくれそうな来場者が多くいそうなイベントを見つけ出しては、企画書を持参して自ら説明に行っています。例えば、手紙社(東京都調布市)が開催している布の展示イベント「布博」に飲料ブランドとしては初めて参加しました。服を選ぶような感覚て、好きなパッケージを手に取ってもらいたいと思って、出展をしました。

 ブランドサイトを作る上でも、ファッション誌のような世界観を目指して制作会社にデザインを委託しました。飲み終えた後も、長く手元に置いておいてもらいたいので、サイト上には「DIYコーナー」を設けて、moogyのパッケージを筆立てや花瓶として使うための工夫の方法を載せて、提案をしています。

 (写真・動画に特化したSNS)「Instagram」のブランド公式アカウントも自分たちでコンテンツを作っています。投稿した写真にフォロワーからコメントが寄せられれば、それに対して自分たちでコメントを返します。マーケティングや宣伝も自分たちで取り組むのは初めてのことです。

moogyのブランドサイトのDIYコーナー
moogyのブランドサイトのDIYコーナー
「Instagram」の公式アカウントも自ら運営
「Instagram」の公式アカウントも自ら運営

水上: こうした結果、結婚式の最後に来場者へのちょっとしたギフトとしてもmoogyが選ばれるようになるなど、これまでの飲料とは異なる買われ方をされています。

左から水上氏、寺島氏、遠藤氏
左から水上氏、寺島氏、遠藤氏

鹿毛: moogyは自分たちでデザインを手掛けた商品ですが、普段はデザイン会社と一緒に仕事をしていますよね。その場合、クリエイティブをディレクションする上でどの段階から、商品開発に関わっていますか?

水上: 当社では商品開発の最初の段階から関わっています。キリンビバレッジはキリンビールとは組織体系が異なっていて、各ブランドのマーケティングチームにデザイナーが所属しています。

遠藤: ですから、顧客のインサイトの分析やどんな価値を提供するのかといった、商品開発のかなり上流からデザイナーも関わっているのが特徴です。

鹿毛: そういった場合、チーム内で意見がぶつかり合うことは少なくないのではないでしょうか。

水上: 意見のぶつかり合いはかなりありますが、チームよりも営業部門や生産管理といった他部署とぶつかり合うことの方が多いですね。コストの問題などで、生産部門と折り合いがつかないといったことも1つです。ただ、そのぶつかり合いがあるからこそ現実に商品ができあがりますからとても重要なステップだと思っています。

 「赤い帯を入れてほしい」といった、具体的な要望をもらう場合には、まずはなぜ入れたいと思っているのか、といった意見の裏側を考えるようにします。例えば、手に取った人が他の商品と勘違いしてしまうため、より明確にしたいという課題であれば、その課題を解決する手段を提案する。そのようなソリューションをデザイン面から提案することを心がけています。

遠藤: それでも、どうしても入れたいという場合には実際に作ってみることが最も説得力があります。一度、トライしてみることで、本当に必要であるかどうかを判断するようにしています。

(構成/中村勇介)

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