料理の全ての手順を1分程度の動画で説明する、レシピ動画を視聴する人が増えている。クックパッドが投稿レシピを元にした動画を配信したり、海外のレシピ動画が日本でもサービスを開始したりする中、人気をけん引しているのが、エブリーが運営する「DELISH KITCHEN(デリッシュキッチン)」とdelyが運営する「Kurashiru(クラシル)」だ。

 DELISH KITCHENは2015年9月にサービスを開始し、現在はFacebook、Instagram、Twitter、Youtubeのフォロワー数合計が約270万を突破。2016年2月にスタートしたkurashiruも、4サービスのフォロワー数合計が226万を超えている。実際に試したことがなくても、SNSで友達が「いいね!」をしていたり、タレントの木下優樹菜さんや女優の木村文乃さんが出演するCMを目にした人もいるだろう。

DELISH KITCHENのレシピ動画
DELISH KITCHENのレシピ動画
Kurashiruのレシピ動画
Kurashiruのレシピ動画

アプリやサイトは持たず、SNSからスタート

 レシピ動画が人気の理由は、見て、作って楽しく、SNSなどで拡散させやすいことだ。テンポよく1分にまとめられた料理の動画は、見ているだけでも楽しい。また、食材を切ったり炒めたりする様子が動画で見られるので、文章で説明するレシピよりも手順や流れが分かりやすい。このため、普段料理をする人はもちろん、単身赴任で自炊する必要に迫られた男性や、料理をすることに慣れていない若者など、幅広い世代に受け入れられているという。

 そんな中、人気をけん引してきた両社に共通するのが、Facebook、Instagram、TwitterといったSNSをサービス拡大の原動力にしてきたことだ。両社とも、当初は自社サイトやアプリを持たず、SNSで毎日数十本のお薦めレシピを公開する分散型メディアの形を取ってきた。DELISH KITCHENの編集長を務める菅原千遥氏は、「今のユーザーはスマートフォンを使用している時間の多くをSNSに費やしている。日常生活や移動時間などにSNSで動画を見てもらうことで、こんなレシピがあるんだと提案したい」と話す。

DELISH KITCHEN編集長の菅原千遥氏。料理研究家の肩書きも持つ
DELISH KITCHEN編集長の菅原千遥氏。料理研究家の肩書きも持つ
DELISH KITCHENのFacebookページ。Facebookは同社が運営するSNSの中でも最もユーザーが多く、145万人が「いいね!」している
DELISH KITCHENのFacebookページ。Facebookは同社が運営するSNSの中でも最もユーザーが多く、145万人が「いいね!」している

 SNSでの拡散力を最大限に生かすため、両社とも各SNSの利用者の傾向に合わせて投稿内容を分けている。比較的若い世代が多いTwitterは簡単なレシピ、「インスタ映え」という言葉があるように見た目が重要視されるInstagramには見た目にインパクトがあるレシピといった具合だ。さらに、Facebookはタイムラインで後追いしやすいので5時間おきに、Twitterは情報の流れが速くて埋もれがちなので、1回に3本ずつアップするというような工夫もしている。

 SNSでの利用者が増えてからアプリの運用を始めたのも両社に共通する点。Kurashiruは2016年5月に、DELISH KITCHENは同年12月にアプリを公開した。Kurashiruの広報を担当する田中聡子氏は「サービス開始当初は、元々人が集まっているSNSに質の高いコンテンツを投稿することで利用者を増やしてきた。しかしSNSは情報がすぐに流れてしまうので、過去のレシピを探しにくい。SNSに投稿したレシピを集約し、データベース化するためにアプリを作った」と経緯を説明する。

 見て終わりではなく”実際に作る”という作業が発生する点に、レシピというコンテンツの特性がある。両社とも、SNSをきっかけにレシピ動画サービスを知り、レシピを探すためにアプリを活用する人が増えており、現在はSNSとアプリ、両輪で成長しているという。

Kurashiruの広報を担当する田中聡子氏
Kurashiruの広報を担当する田中聡子氏
Kurashiruではアプリの利用が最近伸びているという
Kurashiruではアプリの利用が最近伸びているという

レシピは料理のプロが考案、調理

 もう一つの共通点が、全てのコンテンツの企画、制作を社内スタッフが行っていることだ。元々、レシピはネット上で人気が高いコンテンツだが、従来は、クックパッドのようなユーザー投稿型のサービスが人気を集めてきた。だが、DELISH KITCHENの場合、レシピを考案しているのは、管理栄養士やフードコーディネーターなど食のプロ。Kurashiruには主婦や学生のスタッフもいるが、Kurashiruの選考基準を満たした人のみを採用している。このように、料理に精通したスタッフがレシピを考案し、編集部が選定、社内のスタジオで調理、撮影することで、公開までのスピードとレシピの質のコントロールを可能にしているのだ。

DELISH KITCHENの撮影の様子。作業台の真上にカメラが備え付けられていて、スタッフはディスプレーで映りを確認しながら一人で調理、撮影する。時には編集まで行うこともあるという
DELISH KITCHENの撮影の様子。作業台の真上にカメラが備え付けられていて、スタッフはディスプレーで映りを確認しながら一人で調理、撮影する。時には編集まで行うこともあるという
ディスプレーにはマスキングテープでまな板を置く場所の目印が付けられている。また、出来上がった料理とレシピ画像が近くなるよう、ライティングなどは最小限に抑えている
ディスプレーにはマスキングテープでまな板を置く場所の目印が付けられている。また、出来上がった料理とレシピ画像が近くなるよう、ライティングなどは最小限に抑えている
Kurashiruでも料理スタッフが調理から撮影まで行っている
Kurashiruでも料理スタッフが調理から撮影まで行っている
Kurashiruでは、カメラの液晶画面を見ながら調理、撮影していた
Kurashiruでは、カメラの液晶画面を見ながら調理、撮影していた

 では、人気を集めるレシピはどんなものなのか。衛生面で問題がないのは前提として、重要なのは「誰でも簡単に作れること」。具体的には、材料の入手性や調理のしやすさ、どの家庭にもある調理道具で作れるかに気を配る。

 一方で、チャレンジしてみたいという気持ちにさせる要素も必要だ。DELISH KITCHENでは、「例えば、レシピにすり鉢が登場した場合、すり鉢を買いたくなるほど魅力的なレシピなのかという観点でチェックする。利用者の料理の幅を広めていくことも私たちの大切な役割だと思っている」(菅原氏)。

 Kurashiruは、「レシピはトップダウンで決めるのではなく、スタッフのアイデアを積極的に採用している。それを管理栄養士などがチェックすることで、レシピの質を維持している」(田中氏)。また、コンテンツチームがテーマを決め、そのテーマに沿ったレシピを集める特集にも注力しているそうだ。

Kurashiruで好評だった豆苗を使ったレシピの特集。コンテンツチームが利用者のニーズを汲んで、特集テーマを決定している
Kurashiruで好評だった豆苗を使ったレシピの特集。コンテンツチームが利用者のニーズを汲んで、特集テーマを決定している

それぞれの利用者層に応じた動画作り

 このように両サービスには、共通点が多い。レシピ動画制作においては、全体を1分ほどにまとめて手順を簡潔に説明。動画の再生回数が重要となるため、再生にカウントされる最初の3秒間に魅力を詰め込み、フル再生を目指しているのも、共通している。半面、利用者層やニーズが微妙に異なるため、制作上の独自の工夫もある。

 DELISH KITCHENの場合、利用者のメインは20~40代の女性。日常的に料理をする人がいる一方で、料理に対して苦手意識がある人も多いという。そんな人たちにとっては、レシピが分かりやすいことに加え、「きちんとできた」という実感も大切だ。そこで、カメラの位置は俯瞰で固定し、演出よりも分かりやすさを優先。ライティングなどで仕上がりを美しく見せることよりも、実際の色に近くなるようなライティングにしている。

 これに対し、Kurashiruの場合、利用者のメインは同じ20~40代の女性だが、ほとんどが普段から料理をする人だという。「(夫や子供など)誰かのために料理を作る人が多いので、レシピ動画では料理への期待感を高めることを意識している」(田中氏)。カット割りを工夫し、映像から“シズル感”を感じられる演出がある。

DELISH KITCHENの動画は俯瞰でカメラを固定
DELISH KITCHENの動画は俯瞰でカメラを固定
Kurashiruは手順によって、俯瞰にしたり横から撮ったりとカット割りが変わる
Kurashiruは手順によって、俯瞰にしたり横から撮ったりとカット割りが変わる
Kurashiruでは、利用者を惹きつけるため、編集者が手をかけて動画編集を行う
Kurashiruでは、利用者を惹きつけるため、編集者が手をかけて動画編集を行う

 レシピ動画サイトの中には、ユーザーが投稿したレシピを企業で動画にして公開しているところもある。だが、両社がこだわるのはプロのレシピ、プロの手順だ。DELISH KITCHENの菅原氏は、「ユーザーが投稿するレシピには、一般の人ならではのアイデアもあるが、具材の分量や手順の書き方がざっくりとしていて、料理をしない人にとっては分かりにくい。失敗すると、料理への苦手意識がより強くなってしまう」と指摘する。Kurashiruの田中氏も「一般の人がレシピを発信するのが当たり前になった今、レシピの質が求められるようになっていると感じる」という。両社とも、人気の背景にはプロによる「きちんとしたレシピ」がほしいというニーズがあると見る。

 これまでは両サービスとも利用者を増やすことに力を注いできたが、今後は、無料のサービスを主体に、いかに利益を出すかを視野に入れている。DELISH KITCHENでは、食材や調理グッズといった商品の販売や、料理教室、イベントなどにもサービスを拡大したいという。また、Kurashiruは、既に始めている有料のプレミアム会員制度にも注力していく考えだ。

(文/大川晶子=スタジオノラ、写真/志田彩香)

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