中国と言えば、違法コンテンツがあふれているという印象が拭えない。しかし、その事情は変わりつつある。中国政府の規制で米Netflixや米Amazon.comといった外資のサービスこそ参入していないものの、有料動画配信サービスが独自に発展しているのだ。そこには、権利処理をクリアしたコンテンツが並ぶ。中国の動画カルチャーの最先端をリポートする。

動画配信サービス利用者は5億7900万人

 数年前まで中国の動画配信サービスは、違法コンテンツだらけだった。それが今や、資金力のある中国トップIT企業が正規ルートでアニメなどのコンテンツを買いそろえ、オリジナルのドラマやバラエティーを手がける配信サービスに主流が移りつつある。中でも、アリババ傘下のアリババ・メディア&エンターテイメント・グループが運営する「Youku」、テンセントの「V.QQ.com」、バイドゥの「iQIYI」の3つが中国三大オンラインサービスとしてシェアを伸ばしている。

アリババ傘下のアリババ・メディア&エンターテイメント・グループが運営する「Youku」(同サイトから)
アリババ傘下のアリババ・メディア&エンターテイメント・グループが運営する「Youku」(同サイトから)
テンセントの「V.QQ.com」(同サイトから)
テンセントの「V.QQ.com」(同サイトから)
バイドゥの「iQIYI」(同サイトから)
バイドゥの「iQIYI」(同サイトから)

 これらの動画配信サービスに世界の映像取引市場が注ぐ視線は熱い。海賊版問題は過ぎ去ったこととして、香港、台湾、韓国のスタジオから、米国の主要5大ネットワークであるNBCまで、手を組む企業が次々と現れている。日本のNHKの番組なども正式取引されて配信されている。テンセントのV.QQ.comでは「関口知宏の中国鉄道大紀行」など、NHKの番組が人気という。

 先月フランス・カンヌで開催されたテレビ見本市「MIPTV」では、アリババ・メディア&エンターテイメント・グループのプレジテント、Yang Weidong(ヤン・ウェイドン)氏がキーノートのトップを飾り、自国の動画配信サービス市場の盛況ぶりを報告した。

MIPTVのキーノートに登壇したアリババ・メディア&エンターテイメント・グループのYang Weidong氏 (c)S. d’HALLOY - IMAGE & CO
MIPTVのキーノートに登壇したアリババ・メディア&エンターテイメント・グループのYang Weidong氏 (c)S. d’HALLOY - IMAGE & CO

 「中国の動画配信サービスは巨大化し、なかでも有料会員数は急速に伸びている。中国インターネット情報センター(CNNIC)によれば、中国の動画配信サービスを利用するユーザー数はインターネットユーザー全体の75%を占める5億7900万人に達し、有料定額制サービスは全体で前年の2倍の伸びを示している」(Weidong氏)

 注目すべきは、有料会員数の増加だ。中国人ユーザーの間でコンテンツにお金を払う意識が高まっている。わずか数年前までは、違法動画を試聴することに抵抗がなかったユーザーの情報リテラシーが急激に向上しているのだ。

 このトレンドを作っているのは若年層である。米国では1980年代から2000年代初頭に生まれたデジタルネイティブの若者を「ミレニアル世代」と呼んでいるが、中国では「ミレニアル世代」を「80後(バーリンホウ)=1980年代生まれ」や「90後(ジョウリンホウ)=1990年代生まれ」と表す。その世代が5億人強のユーザー数を抱える動画配信サービスの成長をけん引している。中国経済の成長発展と共に育った若者の多くは、お金にも時間にも余裕を持ち始め、趣味のためにお金を使うことをいとわない。自分が見たいアニメやドラマを探し求めて、テレビよりもバラエティーに富んだ動画配信サービスを選んでいる。

今、中国の若者に刺さるのはトレンディードラマ

 では、「90後」世代の若者はどのようなコンテンツを欲しているのだろうか。Weidong氏は先のキーノートで、「90後」世代の視聴トレンドについても触れていた。

 「90後世代は常に新しい番組を求めている。これまで知らなかった世界を広げるストーリーが特に人気だ。ハリウッドのドラマよりも自分たちの文化になじんだものをより好む傾向が強く、それに応えるため、Youkuでは5年前からオリジナルコンテンツを制作し始めた。この2年間でドラマやバラエティーなどオリジナルコンテンツのラインアップは一気に増えている」(Weidong氏)

アリババ・メディア&エンターテイメント・グループのYang Weidong氏(右)
アリババ・メディア&エンターテイメント・グループのYang Weidong氏(右)

 Netflixなど動画配信サービスの多くと同様、人気があるのはやはりドラマだ。過去1年間で、中国本土で制作されたドラマの数は約1万6000本。配信ドラマの数は既存のテレビ局が制作する本数を上回るほど伸びている。

 人気のジャンルは主に歴史、サスペンス、ラブロマンスの3つ。中国で2017年に最も話題になったドラマは『人民的名義』というもので、Netflixで配信され、プライムタイム・エミー賞を受賞した『ハウス・オブ・カード 野望の階段』に影響を受けたのか、政治汚職を描いたものだった。また2018年の注目作は、過去にヒットした『我的男神』のスピンオフ版。日本で1990年代に多く作られたトレンディードラマのような、都心を舞台にした男女のラブストーリーが「90後」世代の中国の若者に刺さるという。

 バラエティー番組も定着しつつある。世界中でヒットしているオランダ発の音楽オーディション番組『The Voice』の中国版が火付け役となり、海外テイストの番組が次々と「90後」世代に向けて作られるようになった。Youkuでは、米NBCのダンスバトル番組の中国版の注目度が急上昇。参加希望者が殺到している。

 日本では若者の支持を得にくいドキュメンタリーに、中国の「90後」世代が注目していることも分かった。特に経済や人物にフォーカスした内容が人気だ。北京発の『DOCO』というドキュメンタリー専門プラットフォームは、あえて若い女性層を狙い、女性受けするブランディング戦略で攻めている。

 さらに、有料会員向けには「ネット映画」といわれる新たなジャンルも流行し始めた。ネット限定で配信され、YouTuberのようにネット上で顔が売れている出演者がキャスティングされることが多い。映画館では配給されないが、映画並みの2時間程度のオリジナル作品で、日本を舞台にした任侠ものまである。日本のマンガで育った「90後」世代の一定層にニーズがあるという。

「90後」世代の興味を引く仕組みを採用

 中国の動画配信サービスでは、サイトのトップに「90後」世代の興味を引くようなショートビデオクリップを並べ、それが気に入れば、フル尺を有料でダウンロードできるスタイルが増えている。気に入った番組をSNSなどで手軽にシェアできる仕組みも若者の心をつかんだ要因だろう。

 一方で、見せかけだけのショートクリップが多く出回っていることやドラマ人気によって出 演者のギャラが高騰していること、常につきまとう中国政府の規制方針変更など、問題を指摘する声もある。だが、目が肥え始めた中国「90後」世代は量より質への転換も早いはずだ。

 Weidong氏は「オリジナルコンテンツの制作クオリティーを上げたい。海外パートナーを広く求めている」と公言している。このことからも、日本を含む海外企業の中国市場進出の動きは、今後一層活発化するだろう。

長谷川朋子
長谷川朋子 テレビ業界ジャーナリスト、コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した記事を多数執筆。最も得意とする分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIPを約10年にわたって現地取材し、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界権威の「ATP賞テレビグランプリ」の「総務大臣賞」の審査員や、業界セミナー講師、行政支援番組プロジェクトのファシリテーターなども務める。
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