テキサス州のオースティンで毎年開催される国際フェスティバル「SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)」。日本での関心も年々高まっている。主にITテクノロジーを扱うインタラクティブの展示会やカンファレンスが終わり、後半は映画と音楽をテーマにしたイベントへと表情を変え、街の雰囲気もすっかり変化する。海外展示会の最新事情に詳しいフリーランスライターの野々下裕子氏に、日本ではあまり報道されないSXSWの後半戦について解説していただいた。

深夜まで街中に音楽と人があふれかえる

 SXSWは、元々才能のあるミュージシャンを世界に紹介するイベントとしてスタートした。10日間にわたる長いイベント期間中、後半は本来のSXSWの姿に街の雰囲気はすっかり変化する。昼間からあちこちで大音量の音楽が響き、通りは若者たちでいっぱいになる。1000ドル以上もするSXSWのバッジをぶら下げた人よりも、1日だけ入場できる代わりに価格が安いリストバンドを付けている人が多くなり、夜になるにつれ街のカオス度が上がっていく。

SXSWは前半と後半とでは街の雰囲気も歩いている人たちも大きく変化する

 基調講演が行われていたオースティン・コンベンションセンターでは、スピーカーのセッションに変わってライブが催される。オースティン出身のインディ・ロックバンド、Spoon(スプーン)や、イギリス・ミッドランズ出身のサイケデリック・ロックバンドのTemples(テンプルズ)といった世界的に有名なミュージシャンから、各国の大使館やプロモーション団体が一押しする新進気鋭のミュージシャンまで、有名無名を問わずあらゆるジャンルのアーティストが出演し、会場内はさながらコンサートホールのよう。会場の片隅にはバーコーナーが設けられ、パイプイスがあったスペースはスタンディングで盛り上がる参加者であふれ、その周りに置かれたソファでくつろいだり、思い思いのスタイルでパフォーマンスを楽しむ。

 後半もカンファレンスや展示会が開催されるが、テーマはクリエイティビティにシフトする。デヴィッド・ボウイの空前の大ヒット作『レッツ・ダンス』のプロデューサーとしても知られる、ニューヨーク出身の音楽プロデューサーでギタリストのナイル・ロジャースをはじめ、著名なアーティストやクリエーターが自身の経験を共有し、音楽や映像の作り込みについての意見を交わしたり、新しいツールを紹介したり、ファンとエンゲージメントするアイデアを提示する。つまり、クリエイターをバックアップする人たちをも対象としていて、特定のツールやサービスを勉強する1日コースも設けられ、春休み中の学生たちが参加できるようにしている。

前半、基調講演が行われていた場所で後半はライブが開催される
前半、基調講演が行われていた場所で後半はライブが開催される
後半もカンファレンスはあるがハウツー的な内容が多く、1DAYスクールなども開催される
後半もカンファレンスはあるがハウツー的な内容が多く、1DAYスクールなども開催される

音楽や映像分野のスタートアップが参加

 SpotifyやPANDORAは、会場周辺に企業ブースを出展していた。加えて“未来のSpotifyやPANDORA”を目指し、音楽市場で新規ビジネスを狙うスタートアップも増えている。今年、スタートアップのための展示&パーティスペースになっていたヒルトンホテルで開催された「Music Startup Spotlight」では、さまざまなアプリが展示されていた。例えば、世界各地を巡業するミュージシャンに対してライブを行うスペースやスタッフなどの宿泊場所を支援する「everywhere roadie」や「RoadNation」といったシェアリングサービスや、さまざまなソーシャルネットワークサービスをニーズに合わせて適切に活用する「REQUESTIFY」のようなアプリが注目されていた。音楽業界でもオンラインの積極的な活用が進んでいるようだ。

 VR(仮想現実)を活用するものも多く、360度のミュージックビデオを集めたライブラリー「OnlyInVR」や、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着してヴァーチャルに楽器演奏ができる「RIFF」といったサービスが出展していた。また、リストバンドに搭載したLEDを体の動きや音楽に合わせて点滅させたり、色を変えたりできるシステムを開発している「nymbus」のようなところもあり、出展者はすでに日本からも問合せがあると話していた。

音楽分野のスタートアップを集めた展示があり、ミュージシャンを支援するソーシャルやクラウドサービス、VR関連のツールなどが目立った

 さらにVRに関しては、JW MARRIOTTホテルで「Virtual Cinema」コーナーも設けられていた。エンターテインメントやゲーム、教育やジャーナリズム、そして音楽プロモーションなどさまざまなコンテンツが展示され、来場者はそれらを次々と体験することができた。短いものでは5分、長いものでは40分という本格的な作品もあり、VRコンテンツが本格的に浸透しつつあることが分かった。同じくVRが話題だったCESと異なるのはHMDやデバイス側にはあまり注力しておらず、コンテンツ重視だったこと。作品のストーリー性にはこだわっているが、デバイスの使い方やシステムは数年以上前からある“枯れた”ものが多く、遠くの部屋にいる女の子とインタラクティブに会話できるVRシステムもあったが、これといった目新しさはなかった。

Virtual Cinemaには30を超える作品が展示され、多くの人がさまざまなコンテンツを体験していた
Virtual Cinemaには30を超える作品が展示され、多くの人がさまざまなコンテンツを体験していた

親子連れで参加できるプログラムも

 新しい要素を次々と取り入れているSXSWは、ターゲットについてもどんどん幅を広げ、今年は前半と後半の週末に親子連れで楽しめるイベントが用意されていた。前半に開催される「SXSW Create」はものづくりを楽しむイベントで、メーン会場から離れたところにあるもう一つのホールで行われ、事前に無料のパスを手に入れれば誰でも入ることができた。米国で始まり、世界各地で開催され、日本でも人気がある展示会「Maker Faire」のような内容で、大人と子どもが一緒になって電子工作に挑戦したり、スマホを顕微鏡代わりに使う学習キット、身の回りのものを何でも楽器にできるオモチャなどが楽しめた。

家族連れでいっぱいだったSXSW Create
家族連れでいっぱいだったSXSW Create

 後半には2年前からSXSWと同時開催になった「Gaming Expo」がコンベンションセンターで行われ、こちらは3日間通しで参加できるリストバンドが49ドル(早割は39ドル)で購入でき、12歳以下の子どもたちは無料になっていた。会場内は薄暗く、東京ゲームショウとよく似たような雰囲気で、アーケードゲームやクリエイターがこれから売り込むインディーズゲームを楽しむことができる。また、今年は任天堂がSwitchの体験コーナーを大々的に出展していたのが印象的だった。

東京ゲームショウの縮小版のようなGaming Expoでは、任天堂がSwitchの体験コーナーを大々的に出展していた

 「Marketplace」は、いわゆるフリーマーケットスペースで、手作りのジュエリーやファッションアイテム、Tシャツやポスターの直売が行われていた。このスペースは無料で自由に入れるうえに、ミュージシャンのライブも行われていて、オースティン市民の交流の場にもなっていた。

無料で入れるMarketplaceの中にもライブスペースが設けられていた

視聴スタイルの変化に合わせたアイデアは見られず

 今回の取材では時間の都合で映画(Film)に関するものはあまり取材ができなかったが、例年通り話題の作品の先行試写会がいくつか行われ、今年は「攻殻機動隊」が話題となっていた。元々ハリウッド映画よりも、ショートムービーやストリーミング向けの作品が注目を集めるSXSWでは、Vimeoが専用のシアターを設け、YouTubeも出展していたが、そこで何か目新しい提案は特に見られなかった。巨大な展示会場なので見落としがあったのかもしれないが、ここ数年でユーザーの映像視聴スタイルが大きく変化しているものの、それにあわせた新しいコンテンツがまだそろっていないというのが全体に対する感想だ。

YouTubeは前半に来場者のコミュニティスペースを提供、後半はライブハウスを出展していた。写真は前半の展示スペース
YouTubeは前半に来場者のコミュニティスペースを提供、後半はライブハウスを出展していた。写真は前半の展示スペース

 そういう意味では、SXSWは最先端というよりは、やはり「今」を捉えるイベントであることがあらためて分かった。SXSWで見て、体験したものを次のイノベーションを生み出す糧にするため、まずは自身がイベントを楽しむことが大事なのだ。来年はどのようなイベントへと進化するのか注目したいところである。

(文・写真/野々下裕子)

野々下裕子
フリーランス・ライター・ジャーナリスト
神戸市在住。デジタル業界を中心に国内外のイベント取材やインタビュー記事の執筆を行う。掲載媒体「WIRED Japan」「CNET Japan」「DIME」ほか。著書に『ロンドンオリンピックでソーシャルメディアはどう使われたのか』などがある。
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