5Gの商用化を前に盛り上がりつつあるのがインターネットにつながるクルマ「コネクテッドカー」の技術。スペイン・バルセロナで毎年開催される世界最大級の携帯電話・通信の展示会「MWC(Mobile World Congress)」では近年、自動車メーカーの出展やコネクテッドカーに関連する展示が増えている。
モバイル通信業界では、次世代高速通信技術「5G」の商用化を2019年にスタートすることを目指している。5Gが普及すると、スマートフォンなどのデータ通信速度を高速化するだけでなく、IoTデバイスやクルマなどより多くの“端末”がインターネットにつながっても安定して通信できるようになる。そこで注目されるのがコネクテッドカーだ。
想定されるコネクテッドカーの恩恵は、完全自動運転車とその安全走行を支えるクラウド交通管理、道路・パーキングの混雑を緩和するマネージメントシステム、ストリーミング配信される車載エンターテインメントなど、多岐にわたる。MWCや年初に開催される「CES」のようなIT系の展示会では、モーターショーと違い、クルマと通信が融合して生まれる最新製品やサービスを一望できるのが特徴だ。
メルセデスはAI搭載のコックピットシステムを採用
今年のMWCに出展した自動車メーカーの中で最も勢いを感じたのは独ダイムラーのメルセデス・ベンツのブースだった。欧州で5月に発売を予定している新しい「A-Class」の車両と、日本国内でもサービスが始まっている「Mercedes me Connect」の新たな展開が明らかになった。新しいA-Classにはデジタルコックピットシステム「MBUX(Mercedes-Benz User eXperience)」が搭載されるという。
MBUXのシステムには4G LTEの通信機能と機械学習エンジンが搭載されている。メルセデス・ベンツが独自に設計した車載向けAI(人工知能)のプラットフォームも統合したぜいたくなシステムだ。タッチ操作に対応したディスプレーはサイズを自由にカスタマイズできる。
MBUXは、ドライバーの行動履歴を学び、さまざまな提案をする。例えば、いつも決まった時間に車で帰宅するドライバーが、乗車後すぐに家族に電話で一報する習慣があるとしたら、クルマがその習慣を学んで決まったタイミングで「家族に電話をかけましょうか?」と通知してくれる。あるいは、朝の通勤時間をクルマが把握して、リラックスできる音楽を配信サイトからピックアップしてかけてくれたり、安全・快適なドライブのコンシェルジュとして機能したりするのだ。
ブースでMBUXのプロトタイプを体験したところ、自然言語による音声操作、大画面のタッチパネル、ハンドルに配置したボタンを組み合わせたユーザーインターフェースは、ドライバーの安全走行を妨げないようにうまくレイアウトされていると感じた。クルマを運転する家族ごとにプロファイルが登録でき、それぞれにAIが行動履歴を学習していく。乗車時にプロファイルを選択しておけば、「母に電話して」と話しかけたときにも、夫と妻のどちらの母なのかをクルマが的確に判断してくれる。
残念ながら、日本では新A-Classの導入、MBUXの上陸ともに時期は未定。音声操作にも対応するデジタルコックピット体験のインパクトはそれなりに大きく、もしこれが日本に上陸すればコネクテッドカーの普及にも弾みを付けるのではと思う。
電話番号をスマホとクルマでシェアするBMWのサービス
BMWは日本で販売しているクルマのほぼ全車種で、数年前から「BMWコネクテッド・ドライブ」に対応してきた。BMWのコネクテッドカーはSIMを搭載しており、クルマ単体で通信できる。このため、事故などのトラブル発生時に緊急通話発信などをするスタンダードサービスは無期限・無料で使える。3年単位で契約する有料のプレミアムサービスなら、オペレーターによる情報検索コンシェルジュサービスや、車内でのニュース・天気予報の確認、SNSのチェックなど、よりエンターテインメント性が高いコンテンツも利用可能だ。
筆者が昨年、MWCに出展していた欧州の自動車メーカーを取材した感覚では、まだ4G LTEと3G対応のコネクテッドカーが混在していたように思う。それが今年になって、国や地域によって対応状況は異なるものの、各社の4G LTE対応が一気に加速している印象だ。この差はコネクテッドカーに対する日本と海外での関心の高さ、あるいはクルマと人との関係の密接さの違いと受け止めて良いのかもしれない。ある日本の自動車メーカーの担当者は、スマホに加えて、コネクテッドカーのための回線をユーザーに契約してもらうのはハードルが高く、このことが国内でコネクテッドカーに関連するサービスが思うように普及しない理由だとつぶやいていた。
この課題に対してスマートな解となりそうなのが、BMWが今年のMWCで発表したソリューションだ。コネクテッドカーにeSIMを埋め込むというもので、近く欧州から商用化をスタートすべく、開発が進められている。MWCでそのプロトタイプがお披露目された。
仕組みは、アップルのiPhoneと「Apple Watch Series 3」の連携によく似ている。ユーザーはモバイル電話回線を契約し、オプションとしてコネクテッドカーの分を申込むと、1つの電話番号を携帯電話とクルマの両方で使えるのだ。通信にかかる総ランニングコストを抑えられるだけでなく、コネクテッドカーへの取っつきやすさも増しそうだ。
アップルの「CarPlay」やアンドロイドの「Android Auto」などに対応する車載ナビゲーション製品の中には、スマートフォンをWi-Fiまたはケーブルでクルマにつなぐことで同様の使い方ができるものもあるが、BMWのスタッフいわく「スマートフォンの通信機能とスクリーンミラーリング(スマートフォンの画面を車載端末などの画面に表示する機能)を組み合わせて使うより、車載専用に開発された感度の高いアンテナを使ったほうが快適に、かつ安定して利用できる」という。
イベント会場に展示されていたBMW 5シリーズは、緊急通話発信などに使うためのeSIMと、コネクテッドカー向けのプレミアムサービスなどを使うためのeSIMが搭載されたデュアルスロット仕様になっていた。走行時はそれぞれがアクティブになっているイメージだ。なお駐車場に停まっている時など、その場所に無料で使えるWi-Fiスポットが見つかれば、自動でモバイル通信からWi-Fiにハンドオーバーするので、通信量の負担を抑えられるそうだ。
また、片方のeSIMスロットは乗車するユーザーの電話番号(プロファイル)に即座に書き換えられるため、家族でクルマを共用する場合や、カーシェアリングサービスで活用する場合も便利。BMWのスタッフは「ユーザーのプロファイル切り替えに声紋認証や顔認証を使うことも考えられる」と、未来の展望を語っていた。
オンキヨーが車載用スマートスピーカーの試作機を開発
最後にオンキヨーが開発を進めているAIプラットフォーム「ONKYO AI」の車載展開に関連する動向も紹介しよう。
同社は、米フォード・モーター、トヨタ自動車、マツダ、スズキ、スバルなどの自動車メーカーが2017年の1月に設立したコネクテッドカーのためのオープンソースプロジェクト「スマートデバイスリンク(SDL)」のメンバーである。今回のMWCでは、コネクテッドカーの音声周辺サービスを提供するベンダーとして、車載用スマートスピーカーなどを展示した。
車載用スマートスピーカーは、2017年秋に同社が発売した家庭用スマートスピーカーの使い勝手やデザインを単にアレンジしたものではない。オンキヨー独自の音声アシスタント「ONKYO AI」を作り込んで搭載し、車載スピーカーに求められる機能に合わせてカスタマイズしている(ONKYO AIについてはこちらの記事を参照)。
音声で操作できるスマートスピーカーは、登場したころから車載との相性が良く、車載が普及の鍵を握っていると言われてきた。オンキヨーが試作した車載用スマートスピーカーのプロトタイプはペンケースほどのサイズで、音声操作によって音楽の検索・再生、地図のナビゲーションの操作、交通・天気などの情報の確認ができる。騒音に囲まれがちな車内空間でも、音声を正確に認識できるように、オンキヨーの高精度なマイクによる集音技術が搭載されている。
実際に車の中にスマートスピーカーを配置するとしたら、今回の試作機のようにボンネットの上に軽く固定して置くわけにはいかない。同社のスタッフは「今回のモデルはあくまでONKYO AIのポテンシャルと当社の提案を形にして紹介するためのもの。実際の商品化の段階では、AI部分とスピーカーを別々に分けて車内にインストールすることも含めて、使いやすさと安全性も含めたデザインのクオリティーを突き詰めていきたい」と語っていた。
インターネットにつながるコネクテッドデバイスの中でも、クルマは最先端の通信技術とつながるメリットが明快なものの1つだ。また、実際に体験してみるとその便利さを痛烈に実感できる。今年のMWCの展示を見る限り、便利な機能やサービスを1つずつ着実にものにしてきたコネクテッドカーの魅力が花開く日は近いと感じた。
(文/山本敦)