映像配信サービスのNetflixは2017年2月10日から、石ノ森章太郎原作で知られる「サイボーグ009」シリーズの最新作『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』(COJ)の全世界独占配信を開始した。サイボーグ009シリーズの前作『009 RE:CYBORG』の監督だった神山健治氏が総監督を、アニメ制作会社のプロダクション・アイジーと石森プロが製作を担当したオリジナル作品だ。

Netflixはパソコン、スマートフォン、タブレットなどで視聴できる
Netflixはパソコン、スマートフォン、タブレットなどで視聴できる

 Netflixによると、「原作の石ノ森章太郎氏、総監督を務める神山健治氏は世界的にも知名度が高く、決め手になった」(広報)という。プロダクション・アイジーとは、新作アニメ『パーフェクト・ボーンズ』の企画も進めており、2017年中にNetflixで独占配信する予定。同作は、日本のアニメとして初のNetflix共同製作作品となる。このように、Netflixは近年、日本製アニメの世界配信に強い意欲を示している。

『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』は「サイボーグ009」シリーズの最新作。シリーズ前作『009 RE:CYBORG』や「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」シリーズで海外にも知られる神山健治氏が総監督を務めた。2月10日から全世界独占配信<br>(C)2016「CYBORG009」製作委員会
『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』は「サイボーグ009」シリーズの最新作。シリーズ前作『009 RE:CYBORG』や「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」シリーズで海外にも知られる神山健治氏が総監督を務めた。2月10日から全世界独占配信
(C)2016「CYBORG009」製作委員会

日本法人立ち上げ時から日本のアニメに期待

 Netflixといえば、世界最大級の映像配信サービスで、現在、190以上の国で動画配信サービスを行っており、登録ユーザー数は9300万人に上る(2016年第4四半期末時点)。躍進の原動力になっているのは、既存の映画、ドラマ、アニメと並んで配信されるオリジナルタイトルだ。その数は、2017年だけで400タイトル以上を数える。

 しかも、オリジナルタイトルは質の面でも評価が高い。例えば、ドナルド・トランプ大統領就任劇ともシンクロするような米国の政治をリアルに描いたドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』は、製作総指揮を映画監督のデヴィッド・フィンチャーとハリウッド俳優のケヴィン・スペイシーが、主演をスペイシーとロビン・ライトが務め、ゴールデングローブ賞やプライムタイム・エミー賞など、数々の賞を受賞した。こうして、映像配信事業者でありながら、オリジナルのコンテンツ製作にも力を入れるソフト屋として成功したことでも注目され、ユーザー数を伸ばしてきたのだ。

 日本では、定額&見放題の動画配信サービスとして、米国系の「Hulu」(HJホールディングス合同会社)、「Amazonプライム・ビデオ」(アマゾン)と肩を並べ、日本系の「dtv」(NTTドコモ)や「U-NEXT」とも競合するような位置づけである。これらのサービスの中では後発だったため、2015年のサービス開始当初こそ知名度で劣っていたが、米国市場と同様、オリジナル作品を売りにし、存在感を示しつつある。第153回芥川賞を受賞したお笑いコンビ・ピースの又吉直樹の初小説『火花』のドラマなどが注目された。

オリジナルドラマには、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹の芥川賞受賞作『火花』をドラマ化した作品などが並ぶ<br>(C)2016YDクリエイション
オリジナルドラマには、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹の芥川賞受賞作『火花』をドラマ化した作品などが並ぶ
(C)2016YDクリエイション

 そのNetflixが、日本でのサービス立ち上げ当初から期待を寄せてきたのが日本のアニメ作品だ。日本でのサービスローンチ前から『シドニアの騎士』を世界向けに配信。その反応に手ごたえを感じたのか、最高コンテンツ責任者のテッド・サランドス氏は2014年10月にカンヌで開催されたテレビ見本市MIPCOMのキーノートスピーチで「日本のアニメにはとても興味ある。グローバル市場の展開に期待できる」と語っていた。世界190カ国にも上るサービス提供国のなかで、米国以外でコンテンツチームを設置しているのが日本だけというのも、アニメに対する期待が大きいからだ。

 「日本ではやはり日本のコンテンツの人気が高い。また、海外でも日本のアニメのファンはいて、それらの人たちにとっては、日本での公開と同時に見られることが喜ばれる」(広報責任者の中島啓子氏)。このため、日本法人を立ち上げる準備段階から、アニメ制作会社などとコンテンツ制作について話をしてきたそうだ。

『シドニアの騎士』
『シドニアの騎士』
テレビ放映後にNetflixで配信。弐瓶勉の同名漫画が原作。日本でのサービス開始前からNetflixで海外向けに配信されていた
(C)弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局
■変更履歴
初出では「U-NEXT」(USEN子会社のU-NEXT)と記載しておりましたが、U-NEXTはUSENの子会社ではありませんでした。お詫びして修正いたします。

Netflix配信後にテレビ放映する例も

 これらの作品に対するNetflixの基本方針は、世界独占配信権を獲得することだ。Blu-rayなどのパッケージやキャラクターなどの権利はこれまで一切持たないでいる。例えば、『COJ』はNetflixでの配信を前提に製作された作品だが、製作費は石森プロダクションとプロダクション・アイジーが折半し、Netflixは出資していない。持っているのは、世界に向けての独占配信権のみだという。実際、Netflixでの配信に先行して、2016年11月に劇場で期間限定のイベント上映が行われたが、このようなNetflix以外の“出口”へのハンドリングも、Netflixとの契約に抵触しない限り、石森プロとプロダクション・アイジーの2社で行えるということだ。

 さらにNetflixは世界独占配信権を購入に加えて、製作費の一部を投じるなど作品を共同製作するケースもある。ドラマでは前述の『火花』や『TERRACE HOUSE BOYS & GIRLS IN THE CITY』『深夜食堂 -Tokyo Stories-』などがそうだ。その場合でも、Netflixが押さえるのは配信権だけだ。

TBS系で深夜に放映されて人気だった連続テレビドラマシリーズ『深夜食堂』も配信。最新シリーズ『深夜食堂 -Tokyo Stories-』はNetflixで独占配信された。海外でも人気という<br> (C) 2016安倍夜郎・小学館/ドラマ「深夜食堂」製作委員会
TBS系で深夜に放映されて人気だった連続テレビドラマシリーズ『深夜食堂』も配信。最新シリーズ『深夜食堂 -Tokyo Stories-』はNetflixで独占配信された。海外でも人気という
(C) 2016安倍夜郎・小学館/ドラマ「深夜食堂」製作委員会
3月17日には、人気ドラマ『孤独のグルメ』のスタッフが製作した『野武士のグルメ』もNetflix独占で配信する予定。主演は竹中直人、玉山鉄二、鈴木保奈美
3月17日には、人気ドラマ『孤独のグルメ』のスタッフが製作した『野武士のグルメ』もNetflix独占で配信する予定。主演は竹中直人、玉山鉄二、鈴木保奈美

 例えば『火花』はNHK総合テレビで2017年2月に放送されることが決定した。映像配信サービス向けに製作されたオリジナル作品が配信後に地上波のタイムテーブルに並ぶ珍しいケースともみられているが、Netflix側は「十分あり得ること」と捉えている。「Netflixの基本方針は、まずはどこよりも早く、一気に視聴できる配信権を獲得すること。その後、テレビやDVD、映画館など、どのタイミングでどの媒体に展開するかは作品次第になる。テレビや映画といった既存メディアとも競合するのではなく、互いに共存しながら、ファンを広げ、最終的にNetflixに帰ってきてもらえればいい」(中島氏)と説明する。

8割以上が利用するレコメンド機能で潜在視聴者を捕まえる

 Netflixのこのやり方は、これまで権利の主導権を握れなかった日本のコンテンツ製作会社が、ワールドワイドでビジネスを展開し、製作費を回収、利益に還元していく戦略を自ら立てやすい形とも言える。プロダクション・アイジーの取締役企画室担当の森下勝司氏も、NetflixでCOJを全世界配信するに当たり、「世界に向けて作品を発信していく方法として、映画よりもハードルが低いのではないか」として、新たな“出口”としての期待を示した。

 同時に、Netflixは従来とは異なる形で世界的なファン拡大の足がかりにできるのも魅力である。かねて、米国やフランス、ブラジルなどでは日本のアニメの人気が高いと言われているが、知っているのはごく限られた“アニメファン”のみ。ファンのすそ野を広げるのは難しかった。その突破口として期待されているのが、Netflixが持つ強力な「レコメンド機能」である。米国では85%のNetflix利用者が、レコメンド機能によって薦められた作品を視聴しているという。自ら検索するよりも、レコメンド機能に頼っていることがわかる数字だ。実際、海外では「アニメは子どものもの、大人が観るものではない」という固定概念があるなかで、『シドニアの騎士』はこのレコメンド機能によって視聴数を伸ばし、実績を作ったとされている。

 Netflixがオリジナル作品に求めているのは「作家性と、10年後も存在し続けるような普遍性」という。一度ネットで公開されたコンテンツは、そのままネット上にあり続けるからだ。この作家性や普遍性は、日本のアニメが得意としているところではないだろうか。質の高さを評価されながらも、世界展開には苦労してきた日本のアニメ業界にとって、新たな足がかりにしたいところだ。

(文・長谷川朋子=テレビ業界ジャーナリスト)

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