「人はなぜ贅沢な買い物をしたくなるのか」

 11月2から3日にかけて東京・日本橋で開催された「TREND EXPO TOKYO 2017」では、こんなテーマのパネルディスカッションが実施された。

 デフレが続き、人口減少で消費は縮小トレンドにある。このように企業にとって苦境とも言える日本市場において、常識を超えた高額商品をヒットさせた企業や売場作りの工夫で売り上げを伸ばした企業が一堂に会した。

 パネリストにはソニーの事業開発プラットフォームTS事業部門の斉藤博副部門長、ロフト執行役員の藤野秀敏銀座ロフト館長、九州旅客鉄道(JR九州)森亨弘旅行事業本部長の3人を迎えた。そしてアジャイルメディア・ネットワーク取締役CMOの徳力基彦氏がモデレーターを務め、消費者の心を動かす商品設計や売場作りについて議論を交わした。

 本格的な議論に先駆けて、日経BP社が9月に実施した「贅沢消費調査」の結果が発表された。本調査は「日経ビジネスオンライン」「日経メディカル」「日経ウーマンオンライン」「日経DUAL」の会員のうち、世帯年収が1000万円以上の会員を対象に実施したもの。322件の解答を得た。

 調査の中の「あなたが自分のお金で購入したり利用したりしたときに『贅沢した!』と感じたものがあればお選びください」という設問では、44.7%が「旅行・レジャー」と解答。次いで「お菓子・スイーツ」(32.9%)「飲料・アルコール」(33.2%)が多かった。この結果から、食品など日頃の買い物でも贅沢を感じていることが明らかになった(関連記事)。

 この結果を受け、モデレーターの徳力氏は「消費者はブランド品を購入することだけが贅沢と考えているわけではない。ちょっと高価なお酒を買った、外食をしたことも贅沢消費と考えている」と説明。この考えを前提として、本題へと進んだ。

モデレーターのアジャイルメディア・ネットワーク取締役CMOの徳力基彦氏
モデレーターのアジャイルメディア・ネットワーク取締役CMOの徳力基彦氏

 ディスカッションでは「どうやって消費者に贅沢消費をしてもらうか」に焦点が当たった。パネリスト3者の共通点は「自己否定」から始まったことだ。自己否定といっても、決してネガティブな考え方ではない。消費者の心をつかむ新しい発想を生み出すためにも、まずは固定観念にとらわれることを止めることが重要であることを言い表している。

家電に見えない家電作り

 ソニーの斉藤氏は所属する部門の取り組みを「各所で自己否定プロジェクトだと言い切っている」と明かす。斉藤氏が否定するのは家電のあり方そのものだ。

 斉藤氏が所属するTS事業部は、新規事業の開発を目的に社長直下に設置された。「Life Space UX」をコンセプトに、住空間を豊かにする新しい体験を家電製品で生み出すことを目指している。斉藤氏はTS事業部の設置後、製品の開発方針を決めるために部内で家やインテリアのカタログに目を通していた。そこである違和感を感じたという。

ソニーの事業開発プラットフォームTS事業部門の斉藤博副部門長
ソニーの事業開発プラットフォームTS事業部門の斉藤博副部門長

 その違和感とは「どの写真にも家電がまったく写っていない。テレビもパソコンもオーディオ機器もない」(斉藤氏)ことだった。ショックだった。洗濯機、エアコン、テレビ、新しい家電が家に増えることがすなわち豊かさの象徴だと思いこんでいたからだ。だが、ショックを受けているだけでは何も進まない。こうした事実を受け入れ、家電メーカーの価値観を自己否定することが必要だと感じたという。家電は家を自分らしい空間に変えるためのサポート役。そんな家電製品の開発へとシフトすることを決めた。

 TS事業部ではこうしたコンセプトを念頭におき、家に溶け込む製品開発をしている。そのため「TS事業部の展示会では、来場者から何も家電が置いていないという反応をされることも少なくない」(斉藤氏)。例えば、「LSPX-S1」は一見するとただの照明器具にしか見えない。だが実はガラスを振動させることで音を発する技術を搭載したスピーカーなのだ。スマートフォンやパソコンとBluetoothで接続して利用する。

 同製品の販売価格は7万3880円。「Bluetoothのスピーカーは市場で5万を超えるものは少なくかなり高い。にもかかわらず品切れを起こすほどの人気となった」(斉藤氏)。家電のあり方という固定観念の自己否定が生み出したヒット商品と言えよう。

"雨を降らせた"ロフトの傘売り場

 「まったく新しい売り場を作ろうと思ったら、自己否定しかありえない」。銀座ロフトの藤野氏も斉藤氏の考えに賛同する。

 銀座ロフトでは今年、傘が大ヒットしているという。「傘の市場は、1万円を超えるブランド傘か、一時的にも雨をしのぎたいビニール傘と二極化している」(藤野氏)。ロフトではそのどちらでもない、中間的な価格帯の商品を販売する。まさに贅沢消費調査でも話題に上がった、ちょっと贅沢な傘である。

ロフト執行役員の藤野秀敏銀座ロフト館長
ロフト執行役員の藤野秀敏銀座ロフト館長

 そうした傘の売り場を作る場合、これまでは「機能」か「色」を来店者に訴えかけることが多かった。例えば、色や柄が豊富であることをアピールするために、たくさんの傘を広げて展示する。ビニール傘よりも少し贅沢をすることで、色とりどりの傘が手に入る。そんなことを伝える売り場作りを心がけてきた。

 ところが、今年の売り場作りはその真逆。綿で雲を作り、プロジェクションマッピングで雷と雨を演出した。クーラーを効かせ、周囲に比べて傘のコーナーだけ温度を下げた。照明を落とし、色が見えにくい売り場を作った。当然、商品を調達するバイヤーから反発の声があがった。「暗くて柄が見えなくなる、これでは売れない」。ごもっともだ。しかし、藤野氏は「これぐらい見えれば十分だ」と譲らなかった。

 結果としては、銀座店の傘の売り上げは全店で1位となる大成功につながった。藤野氏は「傘を売りたいなら、傘を買いたい気持ちを植え付ければいい」という。さながら雨中にいる錯覚を覚える売り場を作ることが傘を買いたい気持ちを醸成して、販売増加につながったのだろう。これまでにない全く新しい売り場作りも、自己否定があってこそ実現できた。

4年で40万円の値上げでも売れる

 JR九州が提供する高級列車の旅行商品「ななつ星 in 九州」も、わずか14室で乗客数は30人と、移動手段である列車の役割を自己否定した新しい取り組みだ。同商品の3泊4日コースでは博多を出発して、時計周りに大分、宮崎、鹿児島を巡る。船で世界を周る船旅のクルーズになぞらえて、「クルーズトレイン」という新ジャンルの商品として開発した。

 気になる価格は、最も高い「DXスイートA」が3泊4日で1人当たり最大95万円と破格だ。しかも、「運行開始当初から40万円も値上げしている」(森氏)。にもかかわらず抽選倍率は166倍とその人気は衰えることを知らない。平均倍率も16倍と高水準を維持する人気商品となっている。

九州旅客鉄道(JR九州)森亨弘旅行事業本部長
九州旅客鉄道(JR九州)森亨弘旅行事業本部長

 これには藤野氏も驚きの声を上げる。「小売りでは値上げをすると、翌日から顧客がこなくなるのが定説。当社では考えられない」。

 それを実現しているのが「他社にはない全く新しい概念である点と、徹底的な品質へのこだわり」(森氏)だ。乗車すると、すぐに博多の高級寿司店の職人が寿司を握ってくれる。乗務員はホテルの客室係や飛行機の客室乗務員など、徹底した顧客サービスを学んできた人材を採用している。さらに「地元とのコラボレーション」を目指して、ななつ星が通過する時には地元民が手を振ってくれるなど、さまざまな点でおもてなしを感じられる。

 こうした「ハードとソフトのオンリーワンへのこだわり」(森氏)が95万円という常識外の高額旅行商品のヒットにつながった。

 各社の事例を受け、モデレーターの徳力氏は「贅沢消費を促すにはメーカー、小売りにかぎらず顧客視点で物事を考えることが求められることがよく理解できた」と講演を締めくくった。

(文/中村勇介=日経トレンディネット)

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