人は五感を使ってさまざまなものを知覚している。その中でも動作に関わるのは視覚と聴覚、そして触覚だ。テレビで放送中の番組や録画した番組を見ること、ライブで音楽を聴くことや録音された音楽を聴くこと――「視覚(=見る)」と「聴覚(=聴く)」については、それを保存したり、遠隔地に伝えるといった技術はすでに実現している。

 ところが、「触覚(=触る)」ついては、保存したり、遠隔地に伝える技術が実用化に至っておらず、感覚技術最後の「ブルーオーシャン」とも言われ、産業界でも熱い期待がもたれている。慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 助教の野崎貴裕氏がTREND EXPO TOKYO 2017に登壇。「触る」技術についてのこれからを語った。

慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 助教 野崎貴裕氏
慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科 助教 野崎貴裕氏

 「現在、少子高齢化が進んでいます。若年労働力の減少や介護負担の増加、熟練技術者の喪失が起こっていく中で、人工的に労働力を創成していく必要があるんです」と、日本が抱える問題を改めて提言した野崎氏。

 そのうえで野崎氏は「どうやってこの問題を解決するか。その答えのひとつに必ず挙がるのがロボットです。しかし、現在のロボットではこういった問題を解決できません。例えば工場で使われているロボット。これらは『位置の制御』で成り立っています」と話し、ロボットに期待を寄せつつも、現状では解決策にならないことを示唆した。

 ここで問題となった「位置の制御」とは、例えば直径5cmの物体をロボットが持つ場合は、あらかじめアームが閉じる幅を5cmと覚えさせる必要があるということ。仮に直径6cmの物体を置いた場合は、機械か物体が壊れるという欠点がある。そのため、人の代替を務めるためにはロボットを位置の制御でコントロールするだけでは成り立たない。

 ここまで語ったうえで、野崎氏は人の腕の形をした装置を実際に公開した。

 「このロボットの説明にあたり、まずはこの映像を見てください。この装置でブルーベリーをつかんでいる映像です。従来のロボットではブルーベリーを持てないか潰してしまいますが、このロボットは潰さずに優しくつかんでいることが分かります」

 昨年開発されたこのロボットは、コントローラーで操作し、ロボットが物体をつかんだ瞬間に、その硬さをコントローラーに伝える。

 「スポンジをつかんだ際はそのボヨンとした感触が、アルミブロックであればカツンとした感触が(コントローラーに)伝わってきます。これを“力の伝達”といいます。また人間がコントローラーを持ち上げたときは、ロボットも上に位置を変える必要があります。これを“位置の追従”といいます。この両者が高精度に再現できるときに、“触覚の伝達”は成立します」

 それを具現化するのが、野崎氏を中心に開発された触覚を瞬時に伝えたり、保存したりする技術「リアルパブティクス」。そして野崎氏が取り出した人の腕の形をした装置こそが、リアルハプティクス技術を搭載した義手型ロボット「高性能パプティクス義手」だ。

 実際に、会場でもペットボトルをつかむ様子を披露。プラスチックを潰したり、落としたりすることなく、まるで人間が実際につかんでいるような柔軟さが伝わってきた。

義手型ロボット「高性能パプティクス義手」で、実際にペットボトルをつかうデモを披露した
義手型ロボット「高性能パプティクス義手」で、実際にペットボトルをつかうデモを披露した

約30社と共同開発開発するなど注目の技術に

 「感覚を伝える技術というのは冷戦時代から70年ほどの歴史がありますが、誰も成功することができませんでした。しかし、触る感覚を伝えることが可能になると、さまざまな産業に活用できます」と野崎氏。

 公演中に映像で映し出されたのは片腕を失くした女性。義手としてこの装置を装着し、コントローラーを足の指で扱うことで、ポテトチップスを割らないように移動させていた。

 こうしたケース以外にも、放射線環境、深海や高所など危険が伴う場所での繊細な作業、動作の記録を繰り返し行う作業に応用できるという。さらに、遠隔操作を利用して海外の医師による手術など、自宅にいながら遠方にあるものを触ったり、つかんだりしてその感触を体験するなど可能性は無限大だ。実際に、多種多様な企業、約30社と共同研究開発を行っている。

 企業と共同研究開発の成果も徐々に出始めている。例えば、農業関係の企業とは熟したみかんと傷んだみかんを硬さで選別、そして大きさを判断して箱に詰めるという、人間が行っていた作業ができるロボットを完成させた。

 さらに触覚技術の実用化に向けて「モーションリブ」というベンチャー企業を立ち上げた。力触覚技術をすぐに使えるチップも開発。公演終了後には、さまざまなメーカーや技術者などが野崎氏のもとへと行き挨拶を交わしており、この技術がどれだけの期待を背負っているのかがうかがえた。

(文/片山祐輔)

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