2016年、日本における在留外国人数は約238万人となった。その数は、日本の総人口(1億2693 万人)の1.88%という割合となり、過去最多となった。その中でも、過去4年で毎年1万人ずつ増加しているのがネパール人だ。去年の統計では6万7470 人のネパール人が日本に住んでいることが分かっており、その数は今も増え続けている(法務省在留外国人統計2016年度)。

 私自身、過去に2回ほどライフワークである、現地の家庭に滞在をしながら暮らしや生き方を伝える”定住旅行”をネパールで行ったことがあり、ネパールはとても親しみのある国の1つである。インドと中国に挟まれた南アジアの内陸国で、北海道の約2倍の面積に多様な民族が暮らしている。また、世界最高峰のエベレストがあることでも有名で、春の登山シーズンになると、世界中からトレッカーや登山家たちが集まる。ネパールにとって日本は初めて海外へ学生を送り出した国でもあり、ネパールにいると、この国が親日国であると感じる。

 現地でのネパール人の暮らしは体験しているものの、日本に暮らしているネパール人がどのような生活を送っているのか、これまで詳しく知ることはなかった。久しぶりに訪れた、通称“コリアンタウン”と呼ばれる新大久保は、”リトルカトマンズ”になりそうなほど、多くのネパール料理店やお店が軒をつらね、たくさんのネパール人とすれ違う。そこで、改めて日本で暮らす彼らの様子を知りたいと思った。

 近年、ネパール人が増加している大きな理由の1つとして、ネパール国内の政情不安が挙げられる。国内での仕事が不足しているため、多くのネパール人が中東やマレーシアなどへ出稼ぎに出ている。しかし、その出稼ぎ先で過労死するケースが後を絶たず、それも大きな問題になっている。多くのネパール人が海外へ出ていく中で、日本も人気の渡航先の1つとなった理由に、学生ビザの緩和がある。以前は、日本 へのビザを取るのはそう簡単ではなく、様々な手続きが必要であったが、日本がビザの緩和政策を始めたことが大きなきっかけの1つだ。こうして近年、日本にネパール人が急増しているのだが、彼らの多くは「出稼ぎ留学生」と呼ばれ、日本語学校で日本語を学びながら、アルバイトをして生活している。

 今回、”リトルカトマンズ”こと新大久保のネパールコミュニティーを紹介してくれた、スダン・ライ君(24歳)もその出稼ぎ留学生の一人だ。 ネパール人がどの民族かは、彼らの苗字を見れば判断できる。ライ族なら、苗字はライ。シェルパ族であれば、苗字はシェルパとなる。ライ族のスダン君の仕草や顔を見ていると、1996年に放送されていた、ベトナム人留学生を描いた恋愛ドラマ『ドク』を思い出す。その頃は日本で日本語を学ぶ外国人は圧倒的に少なかったせいで、とても新鮮だった。初対面なのに懐かしく感じるのはそのせいだろう。

 スダン君は、高田馬場駅からほど近いアパートに、3人のネパール人と暮らしている。月曜から金曜まで日中は日本語学校へ通い、学校が終わると夕方から夜遅くまで、「すき家」でアルバイトしている。土日の休みは、スダン君の友人が運営している、YouMeNepalというネパールの子どもの支援を行なっているNPO団体の手伝いをしている。スダン君が留学先に日本を選んだ動機はこうだ。

「ドク」にそっくり?なライ族のスダン君
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着ているのは、ライ族の民族衣装”ダウラ・スルワル”
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「僕は海外へ1度も行ったことがありませんでした。日本は交通機関や様々な設備が整っているイメージがあったので、そういった素晴らしい面を学んで、ネパールに戻ったときにそれを生かせたらと思い、日本へ来ることを決めました」