日経BPnet セカンドステージに「くるまのわざ」として連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2009年5月21日です。記事の内容は、執筆時点の情報に基づいています。

フェラーリを強く意識していたフェルッチオ・ランボルギーニ

ランボルギーニ400GTの個性的なフロント。2シーターと2+2が造られたが、これは2+2の方。当初楕円形だったヘッドランプは4灯式に変更
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 ランボルギーニというと、ミウラやカウンタックなどに代表されるスーパーカーが思い起こされ、現在でもフェラーリとともにスーパーカー・ブランドのイタリア代表として知られている。創業は比較的遅く、1960年代に初めての自動車生産に乗り出しているが、トラクターなどで財をなしたフェルッチオ・ランボルギーニが、フェラーリに勝る高性能車を作り出すことを目的に会社を興したというのだから、実にイタリア的な大らかさを感じてしまう。

 もう一つイタリア的な逸話として伝えられているのが、ランボルギーニの「打倒フェラーリ」精神だ。なんでもフェルッチオ・ランボルギーニは熱心なフェラーリ愛好者だったが、あるときフェラーリ車についていくつかのサジェスションをしたいと、フェラーリのボスに面会を求めた。ところが、硬骨のボスから返事がもらえなかった。それがきっかけとなって、自らの手でフェラーリに勝る高性能GTを作り出してやる、という目的に至ったという。

 したがって、フェラーリが数少ないV12気筒というマルチ・シリンダ・エンジンを売り物としていたことから、当然のようにランボルギーニも生産第一号車からいきなりV12気筒エンジンを引っ提げて登場してきた。それ以後も、フェラーリが4人乗りモデルを出せばランボルギーニも4人乗りエスパーダを、小型モデルを出せば小型のウラッコを、とフェラーリを大いに意識したラインナップを続けた。