日経BPnet セカンドステージに「くるまのわざ」として連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2009年4月2日です。記事の内容は、執筆時点の情報に基づいています。

日産“フェアレデー”の時代

全体が丸いスタイリングのダットサンSPL213。左ハンダーの輸出モデルとしてつくられたものだ
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 フェアレディではない。まだ日産フェアレデーの時代、このクルマは、型式名SPL213というところからも解るように、左ハンドル、輸出専用モデルであった。そういうことから、もっと正しくいえば、日産ではなくてダットサン・フェアレデーということになる。

 まだわが国の自動車メーカー全体が世界に「追いつけ追い越せ」と発展途上にあった1950年代のことである。世界最大の自動車マーケットである米国になんとか輸出できないものかという模索の中で、日産は既にライバルひしめく乗用車ではなく、スポーツカーというジャンルでの進出を試みた。

 1958年にはダットサンS211というスポーツカーを送り出した。それは、当時米国でヒットしていたコルベットのミニサイズというようなコンセプトを具体化したものである。最大の特徴は、ボディを当時の新素材であるFRP製にしたこと。ボディカラーもコルベットに倣って2トーンにするなど、狙いがそのまま形になったようなモデルであった。