日経BPnet セカンドステージに「くるまのわざ」として連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2006年8月31日です。記事の内容は、執筆時点の情報に基づいています。
お馴染みのVWビートルは、ドイツの国民車として、ポルシェ博士によって設計された。設計思想に個人の思いが強く反映されている
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 VW、すなわち「フォルクス(市民の)ワーゲン(のりもの)」というネーミングからも解るように、VWはドイツの国民車として戦後、一挙に繁殖したお馴染みのモデルだ。

 1967年には早くも1000万台、1972年2月17日にはフォードT型の量産記録を打ち破る1500万7034台目をラインオフした。その後も生産は続き、1978年にドイツ本国での生産が終了したのちも、ブラジルやメキシコで生産、最終的には、2003年7月、メキシコ・プエブラ工場でつくられた2152万9464台目が最後のビートルとなった世界のベーシックカーだ。

 このビートルの登場にはいくつかの政治的な背景もあるのだが、技術面からいうとひとりの設計者の個性の反映ということができる。その設計者の名はフェルディナント・ポルシェ。ご存知ポルシェにその名を残す人物である。

 1875年に生まれ1951年に75年の生涯を閉じたのだから、ポルシェは自動車の黎明期から技術の確立まで携わったようなものだ。彼にとって理想の自動車は「速い小型車」であった。

 スピードは自動車にとって本来的な目標の大きなひとつであった時代、小型で速いクルマこそが省エネルギーも考慮して、理想に近いと提唱したのだった。

 その具体的なかたちとしてつくり出したのがVW。ドイツの国民車として、コスト、経済性などに重きを置いて設計された。