日経BPnet セカンドステージに「くるまのわざ」として連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2006年7月13日です。記事の内容は、執筆時点の情報に基づいています。
パブリカはパブリック・カーを目指してつくられたが、人気がでたのはのちにデラックスやコンヴァーティブルなどが登場してからだった
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 お馴染みのドイツ車VWは「フォルクスワーゲン」つまり、国民のクルマという意味だが、同じように大衆のためのクルマ=パブリック・カーを目指してつくられたのが、トヨタ・パブリカだ。1961年に誕生して、途中から加わった姉妹車、スターレットに吸収されるかたちで1978年にフェードアウトした。

 つまり、その時期はわが国で自動車が広く一般家庭に浸透しようとしていた時期、ということである。しかしながら、パブリカは最初の思惑とはちょっとちがうマーケットであることも発見したのではないか。パブリック・カーの役を終えて、その名が消滅して30年、歴史を振り返るといろいろ面白いことが解る。

 技術的にも多くを切り詰めて、安価に経済性重視でつくられたパブリカ。だが、マーケットが期待するものは少しちがうところにあったようなのだ。