スターレットを加えるも命運は尽きる

「トヨタ博物館」にも、国民車を目指した多くの小型車などと一緒にパブリカの初期モデルが展示されている
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 パブリック・カーであっても、ミニや2CVのような思い切りよくベーシックに徹したものは受け容れられない。安価なのに、メッキのモールやホイールキャップの付いたデラックスなモデルでないと売れない。そういう日本的なマーケットの特質は早くも発揮されていた。

 同系のエンジンを使ったトヨタ・スポーツ800の登場を受けて、1966年からはパブリカ800、さらに 1969年からは水冷4気筒エンジン搭載のパブリカ1000、さらにパブリカ1200SLなどを加えるが、人気は前後して登場していたひとクラス上のカローラと日産サニーに奪われ、パブリカに大きなスポットライトが当たることはなかった。

 1973年に若者向けの要素を盛り込んだスターレットを加えるが、結局パブリカとしての存在価値は 1960年代で終わってしまっていた。経済性にも優れた空冷エンジン、軽量ボディといったところにパブリカ本来の美点があったが、それは少数の熱心家に理解を得るにとどまってしまったようだ。

著者/いのうえ・こーいち
理工系大学院修了。日本写真家協会(JPS)、日本写真作家協会(JPA)会員。 主な連載誌は小学館「ラピタ」、日本カメラ社「日本カメラ」、エイ出版 「東京生活」、サドルシューズ「ミニフリーク」など。クルマをはじめとして,乗り物全般を愛好する。著書には「客車好き」(JTBパブリッシング)、「ぼくの好きな時代、ぼくの好きな車たち」(エイ出版)、「クルマ好きはやっぱりフェラーリが好き」(二玄社)、「アルファ156」(経林書房)、「世界の自動車100点」(講談社)、「世界の名車」30巻(保育社)、「男の鉄道ホビイ」(エイ出版社)などがある。