日経BPnet セカンドステージに「くるまのわざ」として連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2006年9月14日です。記事の内容は、執筆時点の情報に基づいています。
後期型といわれる1969年式のトヨタ2000GT。デザイナーはこのかたちでデザインしたが、ドライビングランプが⼊手できず、前期型のフロントになった

 トヨタ2000GTはわが国の自動車史に残る一作品だ。一般には「ボンドカー」に使われた日本車というような取り上げ方をされたりもするが、小生は洋書に載ったひとつの小特集が忘れられない。それは「日の出る国で生まれたGTカー」としてトヨタ2000GTの誕生までのプロセスなどを記したもので、日本にもこんな意欲的なクルマづくりがあることを知らしめた。

 トヨタ2000GTは、トヨタが当時の「持てる技術」を駆使して世界に比肩する高性能GTとしてつくり上げたもの、といわれた。結果として、クラウンの倍以上、238万円という価格で1967年から市販され、わずか337台だけが手づくりされて終わった貴重な「幻の名車」だ。

 ちりばめられた「持てる技術」としては、直列6気筒DOHCエンジン、5段ギアボックス、全輪ディスク・ブレーキ、全輪独立懸架、マグネシウム・ホイールといったようなものが挙げられるが、決してこれらはトヨタ2000GTだけのもの、というのではない。日本では初めてだったり珍しかったりしたとしても、当時の、世界基準で最高レベルのGTカーにはすべからく用意されていたスペック。いってみれば、トヨタ 2000GTでようやく世界最高基準に達したというに過ぎない。