日経BPnet セカンドステージに「くるまのわざ」として連載していたものを再編集して掲載しました。初出は2007年1月25日です。記事の内容は、執筆時点の情報に基づいています。

62年のモーターショーに展示された2台のスポーツカー

ホンダの四輪車のはじまりは小さなスポーツカーだった。このホンダS600から本格的に量産がはじめられた
[画像のクリックで拡大表示]

 ホンダというブランドが四輪車の生産をはじめたのは、1960年代はじめのことである。国産メーカーの中では比較的後発になるのだが、それを小さなスポーツカーと商用車とで果たした、という話はホンダらしさを語る逸話のひとつとして残っている。

 ホンダは戦後間もなく本田技術研究所として本田宗一郎氏によって創設。ホンダと本田宗一郎の名は、1950年代末に英国のマン島レースなどで成果を上げ、二輪車の世界では日本よりもむしろ欧州で有名になっていた。そのホンダが四輪車生産に乗り出す。注目はクルマに興味のある者ほど自ずと高いものになっていった。

 そんな中、1962年のモーターショーのホンダブースに2台のスポーツカーが飾られた。それはホンダS360、S500と称する小さなオープン・スポーツカーであった。前者はいうまでもなく、当時の「軽」の枠に収められたもので、1気筒あたり100ccにも満たない超小型のDOHCエンジンが搭載されていたという。

 しかし、四輪車メーカーとしてスタートを切ったばかり、まだ生産設備もおぼつかないメーカーのこと、クルマ好き待望の中、ホンダS500のみが翌1963年に発売になる。

 だが、このS500とてまだ試行錯誤の部分が多く、結局、1年足らずの間に1300余台をつくっただけで、次のS600から本格的な量産に移された。