フィクションを真実らしく見せるコツとは?

栗俣: 時代設定はどうやって絞り込んでいったのでしょうか。

真刈: 歴史ものをやりたいという気持ちはもともと持っていたので、『勇午』の連載が終わった段階で日本を舞台にした作品と海外を舞台にした作品をいくつか考えました。

本当は、『イサック』の時代より100年くらい前にいた、トマス・ミュンツァーという宗教改革家の話を描きたいと思っていたのです。若干異常なユートピアを強烈に突き進めようとして戦ってひどい殺され方をした、ヨーロッパの宗教史上の極端な異端とされているグループが、当時のドイツには存在したのです。

 その時代が一番好きなのですが、日本とはどうしても合わないんです、歴史が。その点、ぴったり合うのはイサックの舞台となった三十年戦争(編集注: 1618年から1648年に、かつて神聖ローマ帝国だった現在のドイツを中心に行われた戦争)だった。三十年戦争は期間が長く、戦いと戦いの間に間隔がある(編集注:三十年戦争は休戦や和平によって何度か中断されている時期がある)という問題がありました。でも、(1615年の)大坂夏の陣が終わってから戦いにいくとすると、三十年戦争しかなかったんです。

栗俣: そうした歴史的事実が背景にあることが、『イサック』が“歴史好き”に愛される理由なんですね。

真刈: 歴史的事実は商売道具です。でも、歴史ものは『勇午』やほかの作品にはなかった不安を感じることはあります。おそらく、自分よりもはるかに詳しい人がいるだろうと。だから、ときどき自信をなくすこともあります。

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栗俣: フィクションをつくるときのコツのようなものはありますか?

真刈: 漫画の原作としてフィクションを手がけ始めて、何作目かで感じたことがあります。話の中心にできるだけ大きな嘘を1つ作り、史実や学術的な話などの事実で固めると、中心の一番大きな嘘が、さも真実のように生きてくるということ。いつも根本は「嘘」なんです。『勇午』もそうでしたが、単行本を出すときに講談社の校閲から問い合わせが来るんですよ。「この大事なところが、いくら調べても分からない」と。申し訳ないけれど、それは嘘なんですよと答えたことが何度もありました。

栗俣: 『勇午』を読むと、まるで全て事実であるかのように感じられます。

真刈: 『勇午 マグダラのマリア編』にはキリストのクローンをつくる場面がありますが、さまざまな酵素を入れて遺伝子の二重らせんを解き、また新しい酵素を加えてそのらせんを元に戻すという説明があります。校閲からは「そのなかの1つの酵素がいくら調べてもどこにも出てこない」と。実は、ほかの酵素は全部実際にあるもので、校閲が分からなかった1つの酵素だけが「嘘」。種明かしすると、ほかのエピソードも同じようなものです。