20年のCESAの歴史が行政との緊密化の一助に

――2016年に、CESA自体は設立20周年という節目を迎えました。この20年を振り返って、ゲーム業界での印象深い出来事としてどんなことが思い出されますか。

岡村氏: 当時は参加事業者の一責任者でしたが、東京ゲームショウ(TGS)には第1回から携わってきました。当初の会場は東京ビッグサイトでしたが、規模拡大に伴って現在の幕張メッセへと移ったという成長軌跡が思い出として浮かびますね。
 近年はJASGAとの合併によってスマートフォン関連の出展社が増えたという国内の動きに加え、海外出展企業の激増、つまりTGSの国際化が著しく進みました。今やTGSはコンピュータゲームのイベントとして世界でも有数の規模を誇り、アジアにおけるゲーム情報のハブとしての役割を担えるようになったというのは、非常に感慨深いものがあります。来場者数だけで見ればほかにも大きな展示会はありますが、TGSが持つイベントとしての艶やかさ、情報発信の場としての象徴性は、CESAの会長として世界に誇れるものです。
 TGSはCESAの主力事業で、その目的はゲーム産業全体の底上げです。コンピュータエンターテインメント産業の発展を掲げたCESAのコンセプトに合致したイベントに育ったと自負しています。

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――CESAが取り組むものとしてはTGSと並んでCEDEC(Computer Entertainment Developers Conference)も大イベントですね。

岡村氏: 海外にはGDC(Game Developers Conference)という大きな開発者向けのイベントがありますが、CEDECはそれに次ぐ世界でも有数の規模を誇ります。コンピュータエンターテインメントにおける開発技術の底上げや人材育成にCEDECが大きく寄与していることは、年々、参加者が増加していることが証明しています。

――イベント関連以外で思い出に残るようなことはありますか。

岡村氏: 20年というスパンで見た場合、政府が掲げた公益法人制度改革によってCESAも一般社団法人へと移行し、迅速な運営が可能になったことも印象深い出来事です。JASGAとの合併はそれを象徴する出来事だったと言えます。今では社会的責任を負う団体として、行政の関係省庁からしっかりとCESAが認知されるようになった点も、20年という歴史の重みがあってのことでしょう。家庭用ゲームとスマートフォンを合わせるとゲームの市場規模は1兆5000億円程度になります。その市場規模を背景としているからこそ、CESAはある種の公益性を生み出していると言えるのではないでしょうか。

――ではCESA会長を退任されるにあたってのお言葉をいただけますか。

岡村氏: 会長を務めたこの3年間は短かったですね。それだけ忙しかったということで、会長としての職務を十二分に楽しませていただきました(笑)。就任直後からバタバタと面食らうことも多々ありましたが、CESAとして各部署が起きた問題にきちんと対応できることを証明できたのは大きな成果でした。
 今後はJeSUとCESAとの緊密な関係を保つ意味もあり、CESAには顧問として関わってまいりますが、CESAの次期会長とは立場は違えどもゲーム業界の発展のため、ともに手を取り合って協力し合いたいと思っています。

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 就任早々のJASGAとの合併、そして「ガチャ問題」や資金決済法への対応、さらにJeSU設立。岡村氏が携わったこの3年間の仕事は、歴代のCESA会長のなかでも屈指の濃密さだったに違いない。過去を語るその口調からは、任期中に生じたさまざまな問題に的確に対応できたことへの自負がうかがえる。

 岡村氏にはJeSUの活動についても多くの話をしていただいた。次回掲載の「JeSU編」ではその模様をお届けする。